【前回】「SNSの「話題」から読み解く最新トレンド Vol.4 『100日間生きたワニ』は結局、炎上を乗り越えられなかった?(前編)」はこちら
桜美林大学准教授/マーケティング・コンサルタント
西山 守
前回は映画『100日間生きたワニ』の話題の推移を見ましたが、今回は、原点に立ち戻って、原作となったTwitterで公開された4コママンガ『100日後に死ぬワニ』の話題を見ていきましょう。
本作は2020年12月12日に連載が始まり、1日に1作品が投稿され、2021年3月20日に100日目で最終回を迎えました。図1は、連載開始から、最終回の数日後の2021年3月末までの、TwitterとWEB記事の話題量の推移を示したグラフです。
図1.『100日後に死ぬワニ』に関するTwitterの話題量(2020年12月12日~2021年3月31日)
最終回の日(3月20日)ツイート数は100万件を超えており、グラフ化するとそれ以外の日々はあまり話題になっていないように見えてしまいますが、決してそうではありません。本作は、連載開始後から徐々に話題が盛り上がり、いずれ1日の話題量は1万件を超え、最終回に近づくにしたがってさらに増え、最終回には爆発的な話題量を記録しました。
『100日後に死ぬワニ』は、連載終了直後に、映画化、複数社とのコラボ等の商業展開の発表が引き金となって「炎上した」というイメージがありますが、Twitter上の声は、それに対して必ずしもネガティブなものばかりではありませんでした。実際、多くリツイートを集めたのは、むしろ擁護的な意見の方が多かったのです。
100日目で死ぬワニ書籍化でやっぱり金儲けかよとか言ってる人は絵を本業にして食べてってる人に対して何言っとんじゃあんなすげー作品を100日以上無料で描いてたらワニの前に作者が死ぬだろ単行本を買ってワニくんの魂を側に置いてやれや!!!!
— やしろあずき (@yashi09) March 20, 2020
「生きるとは」というテーマを伝えるのに手塚治虫は何年もかけて『火の鳥』を描いてきたというのに、『100日後に死ぬワニ』は100日を通してそれを多くの読者に伝えることができて、たぶん天国の父は今猛烈に嫉妬してると思う?
— 手塚るみ子 (@musicrobita) March 20, 2020
一方で、連載終了後は、大々的な商業展開の発表とは裏腹に、話題は収束していってしまっています。
前回にも説明しましたが、多くのTwitterユーザーにとっては、連載終了の100日目で、すでに『100ワニ』は終わってしまっていたようで、その直後の多数の商業展開の発表は、彼らの「『100ワニ』は自分たちのものではなくなった」という意識を加速させたに違いありません。
拙著、「話題を生み出す『しくみ』の作り方」において、話題の「3要素」として、
1.What = 何を発信するのか?(ネタ、メッセージ)
2.Who = 誰が発信するか?(メディア、インフルエンサー)
3.How = いかに発信するか?(情報流通構造)
を挙げていますが、Twitter版の『100ワニ』は、これら3要素の相乗効果によって、大きな話題が生まれています。
Twitter版の『100ワニ』では、読者はワニが「100日後に死ぬ」ということを知りながら、ワニ自身はそのことを知らず、その日その日のワニの生活が100日間に渡って毎日投稿されるという、「しくみ」になっています。
「カウントダウン」という手法は、SNSに限らず、人の興味を惹きつける有効な方法です。実際、ハリウッド映画でも、昔から現在に至るまで、時限爆弾が爆発するのをヒーローが防ぐというフォーマットが延々と繰り返されています。
『100ワニ』の優れている点は、実時間に合わせて、SNSでそれを展開している点にあります。大まかな結末は示唆されつつも、100日目までは詳細が明らかにされないことで、多くの人に興味を抱かせ、一部の人は二次創作を行い、それがまた拡散しました。本作の「100日フォーマット」をまねて、毎日コンテンツを投稿する動きもあり、それがまた、話題の盛り上がりに一役買いました。
指原莉乃氏、有吉弘行氏などの芸能人、元ZOZO CEOの前澤友作氏などの有名人も、本作の話題を広げるインフルエンサーとなりました。
本作に関して、作品の質(What)について語る人も多く、なかには批判的な論調もありました。しかしながら、作品の内容について語るだけでは、本作の本当の価値は見えて来ません。
『100ワニ』という作品は、コンテンツ(What)だけでなく、情報の発信のやり方(How)や、本作について語ったり二次創作をしたりする人たち(Who)の存在も含めて、ひとつの作品として成立しています。
そうしたことを前提とすると、本作の商業展開や映画作品は、キャラクター、世界観、ストーリーは同一だったり、連続していたりしても、原作のファンにとっては、もはや同一のものとしては、捉えられなかったのではないでしょうか?
映画『100日間生きたワニ』の方の話題を見てみましょう。図2は、公開初日の日本映画のツイート数を比較したものです。
公開初日の日本映画のTwitterの話題量比較
たしかに、大作映画と比べると話題量は半分強ですが、本作より上映規模が大きい作品よりも話題量は多く、「話題になっている」と言っても良いと思います。
ただし、前回に論じた通り、ツイートの内容を見ていくと、企業のフォロー&リツイートキャンペーンの参加ツイート、「空席が目立っている」というツイート、作品に対する批判的なツイートが目立っています。
上田慎一郎氏が本作の監督を務められるという発表があった時、再びSNSで話題化するのではないか?という期待もありました。というのも、拙著で論じたように、上田監督の『カメラを止めるな』は、SNSを起点にブーム巻き起こした稀有な作品で、再び「奇跡」を起こしてくれるのではないか–と思ったのです。
実際は、そのようにならなかったのは、現状を見ればお分かりの通りです。
SNSで話題になる「しくみ」の部分が失われており、さらにSNSユーザーも離れてしまっている現状で、コンテンツ(What)だけを継承して、再び話題化させるというのは、極めて難しいということに、改めて気づかされました。
『100ワニ』は劇場映画としては成功したとは言えないでしょうが、劇場での上映が終了して、ネットで作品が配信されたり、DVD化されたりして、ネガティブな評価も収束して、人々がネットの評判に流されず、気軽に作品を視聴できるようになれば、きっと本作は正しく評価されるようになるでしょう。
SNSから生み出された本作にとって、逆説的な状況ではありますが、コンテンツの価値評価というのは、そういう側面もあるのです。
西山守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント/桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1998年3月、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了(物理学専攻)、同年4月電通総研入社。2016年12月電通を退社、2017年5月西山コミュニケーション研究所代表。2021年4月に桜美林大学 ビジネスマネジメント学群 准教授就任(主に、広告・マーケティングを教える)。
電通総研においては、主に、情報メディア関連、地域開発関連のリサーチ、コンサルティング業務に従事。電通では、主にマーケティングメソッド、ツールの開発やソーシャルメディアマーケティング、特にソーシャルリスニングの業務に従事。ソーシャルメディア、戦略PR等を活用した、リスクマネジメント、レピュテーションマネジメントに多数の実績あり。大手企業のソーシャルリスニング、およびマーケティング支援業務、官公庁や大手メディア等のリスクモニタリング、リスクコンサルティング実績もあり。
独立後は、電通グループを中心に、ソーシャルリスニングやSNSマーケティングをはじめとするコンサルティング業務や人材育成を行う。
これまでの著書(共著含む)に、『情報メディア白書』(ダイヤモンド社)の企画・編集・執筆、『クロスイッチ -電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた-』(ダイヤモンド社)の企画・執筆、『リッスンファースト!』(翔泳社)の翻訳出版を監修、『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(フィギュール彩)の執筆(共著)。