ヒットや流行の「感染(バイラル)」は、科学的に解明できるか?

環境による社会的影響力か? コンテンツの適応力か?

疫学による伝染病のアナロジーによって科学的にわかるのは、情報が拡散するための条件として、情報そのものの感染力と、それが広がるための環境条件を分けて考えるべきだということです。これはマーケティングにおいては、クリエイティブあるいはコンテンツとメディアを分けるということになるでしょう。特に後者は単なる接点ではなく、そのコンテンツが置かれた社会的な状況を指し、これが大きく影響します。

アルバート=ラズロ・バラバシはネットワーク科学の研究者で、『ザ・フォーミュラ~科学が解き明かした「成功の普遍的法則」』(原著2018年刊)おいて、クチャルスキーが拡散に注目した以上に、どんなことがパンデミック(感染爆発)のような指数関数的な成果を作り出すか、つまりどんなことが成功の条件になるのかを、考察しています。

バラバシがまず見出すのは、感染の元になるコンテンツ、とりわけ人間の能力やパフォーマンスには限界があり、それ自体には差がつきにくいということです。しかしながら、結果的にある人の成功の度合いというものは社会を通して拡張され、もともとの人の能力の差を大きく上回ります。つまりは、成功はネットワークを通して大きくなるということです。

面白いのは、コンテンツ、クリエイティブ自体が情報の感染において大事なことは間違いないのですが、バラバシのポイントはそれを生み出す能力にはパフォーマンスには差がつきにくい、つまり商品自体はコモデティということです。これは音楽や映画などを想像してもらえばわかることで、それぞれの作品自体の優劣は実際つきにくく、だから専門家でもヒットの予測が難しいということです。

これを先ほどのクチャルスキーによる、情報の口コミの感染力はもっとも強いものでも指数関数的に広がることはなく、その多くはブロードキャストイベントで広がったものであるという説を思い出すと、コンテンツの感染力よりもネットワークを含む社会環境そのものが重要だということにつながります。マーケティングにおいて、多くの投資がメディアに使われるのはこの意味で理にかなっていると言えます。さきほどの感染の4要素を思い出していただければ、4つのうち3つがメディアに関するものであることに気づきます。

しかしながら、バラバシは、JKローング著の大ヒット作『ハリー・ポッター』を引き合いに出し、無名の作家だったローリングがハリー・ポッターという優れた作品がヒットしたのは、社会的環境だけではないと指摘します。(実際ローリングは本が出版されるまで12の出版社に断られています)ネットワークがすでに持っている社会的影響力による伝播力と、そのコンテンツ自体が感染力を持つ力として「適応力」で区別すると、ハリー・ポッターは優れた適応力を持っていたからこそ、人気が出たということになるからです。

一方で情報の感染の適応力がいかに優れていても、社会環境にめぐまれない場合、成功するには時間がかかってしまうのも事実です。この事実を音楽のランキングで実験した例では、ダウンロード数によるランキングを逆にして提示しても、もともとダウンロード数が多く人気があった作品は、徐々に順位を上げていくことが確認されています。

しかし、それでもそれはゆっくりとしか変化せず、それ以上に困ったことにコンテンツの適応力というのはそれ単体で評価されることが、現在のオンラインによるマーケティングでは難しくなっているという事実があります。バラバシはAmazonのレビューを例に出して、レビューが増えれば増えるほど、その対象の商品の適応度が下がることを指摘しています。つまり、レビューが多いとその作品の質を問われるのではなく、多くのレビューが作り出す社会環境に影響を受けることを示しているのです。

次ページ 「ナラティブが感染の適応力と社会的影響力を一致させる」へ続く

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鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)
鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

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