「PRアワード」募集開始 海外のPRトレンドから2021年の審査基準を読む

日本パブリックリレーションズ協会では9月1日から、国内のPR事例を表彰する「PRアワードグランプリ2021」のエントリーを開始する。コロナ禍で2年目の開催となる今回。企業の存在意義やコミュニケーションが果たす役割など、グローバルトレンドも含めて、今年審査において議論したいポイントを審査員長の井口理氏(電通パブリックリレーションズ 執行役員/チーフPRプランナー)が解説する。

世の中の価値転換はいよいよもって急激に進んでいる。これまで後回しにしてきたさまざまな問題への対応はまさに待ったなしの状況だ。

国連がうたう変革の指針、SDGs活動において提示された「行動の10年」もおそらくその10年という期限を待ってはくれないだろう。いま何を目指し行動を起こすのか、企業はその踏み絵を突きつけられている状況だ。

しかし、それを危機と捉えるかチャンスと捉えるかは心持ち次第だ。すでに腹をくくり、ニューノーマル、ニュースタンダードへのかじを切り始めた企業もあまたある。そしてその意志を社会や生活者に伝え、理解を促し、共に具現化していく活動も垣間見られる。

グローバルで萌芽する3つの転換軸

「Cannes Lions」「Spikes Asia」をはじめとする国内外での各種アワードの審査に携わるようになってから、その栄誉とともに自分なりの評価基準を整理し、さらに各国審査員の考え方に思いをはせることが多くなった。

アワード評価の基準はある種のルールとして提示されるものの、杓子定規にかたくなな整理をするだけではいけない。その活動を行った環境はどうなのか、すなわち文化、法律、経済基盤、人々の生活とそれに伴う感情など個々の事情を把握し、その目線から評価をせねばならない。コミュニケーション同様、いまは仕掛ける側の論理ではなく、受け取る側の立場でそれがどう影響するのかを判断しなくてはならない。

アワードは基本、すでに完了した仕事をエントリーし評価してもらうわけで、その成果や完成度、そして後日、教科書的に使えるような再現性といった部分が求められる。しかし、いまや世の中の価値観や生活環境は急速に、また大きく変化し続けている状況ではどこまで再現性を求めることができるだろうか。

併せてその成果も何をどこまで達成すれば及第点といえるのかも曖昧な時代といえる。しかし、そんな中でも通底する取り入れるべきエッセンスは発見できるはずだ。先般開催された世界的アワード、カンヌライオンズで感じたポイントを以下、共有したい。

転換軸その①
「その手があったか」→「そこまでやるか」

これまでのアワード審査でよく聞こえてきたのは「その手があったか」という、これまでとは異なるアプローチによるコミュニケーション設計だ。それは伝えるメディアや表現方法の新奇性など、ある種の実験的試みを経て成果に至ったものが多く、その奇抜なアイデアや、「ベーシックパターンから脱却し、よく新しいことへチャレンジしたね」「クライアントをよく説得できたね」というエージェンシーの勇気を称えるような視点でもあった。

しかし新奇なものは初見だからこそ評価され、いざその手法を取り入れようとすると既視感が強く、もちろんやり方として間違ってはいないのだが、結果として生活者側もその二番煎じ感を敏感に察知し、思ったように事が運ばないなど問題も多かった。その意味で業界では話題になったけれど、通常業務でそのアイデアを取り入れようとしたときの再現性はかなり制約されてしまっていたと思う。

翻って今年評価された受賞事例に感じたのは、「そこまでやるか!」という緻密さやカテゴリー間の領空侵犯の度合い。

ここ数年、PRカテゴリー評価で最も重要視される具体的成果は各カテゴリーでもしっかりと確認されるようになってきたが、事前調査などを踏まえたストラテジーの構築ステップや、最終成果に至るプロセスへの納得感、また初期の仕掛けからその後に自走するサステナブルな仕組みづくりまで、もはやPR目線を組み込み踏襲することがすべてのコミュニケーションに必須の時代に至ったと感じさせる状況だった。

近年複数カテゴリーでの重複受賞というのは少なかったのだが、今年4部門を受賞した「#wombpainstories」などは、まさにその「突き詰めた感」がすごいと感じたもののひとつだ。イギリスの衛生用品ブランド「Bodyform」が展開したキャンペーンで、さまざまな女性たちの子宮にまつわる物語をアニメーションと実写で描いたものだ。

課題抽出から表現コンテンツ、メディアの使い方まで、これまでのパターンから脱却しながらも、小手先の新しさではなく、ある意味「力ずく」で王道を行くこれらの活動は企業における「骨太の方針」と呼べるものかもしれず、今後のお手本となっていくだろう。

転換軸その②
「自分はできている」の欺瞞(ぎまん)を打破

カンヌライオンズではよく新興国の取り組みが評価される。それはジェンダー問題の切実な中東諸国であったりインドであったり。女性の権利が大きく制限されてきた各国の事情はもちろん日々のニュースなどで知れ渡っており、その差別を撤廃するような動きは先進国の審査員からも手放しの評価を得やすい。

その評価は当然と思うが、アワードの主催者側から「いいことしたね」「よくやったね」と道徳的な視点から下駄を履かされているような感覚に陥ることもある。もちろんそれは支持し、広めていかねばならないことなのだが、そこに先進国の審査員の「上から目線」を感じることも正直あった。自分たちはそこまで完璧なのか、人を指導するような立場にいるのか、と。

しかしその違和感を裏付けてくれる潮流を今年は強く感じた。それは先進国といわれる各国でも、まだまだそのような問題は根本的には解決しておらず、その途上にあるということを訴える声が勃発しはじめたことに見いだせる。

ジェンダー問題、環境問題、貧困問題などに、今まさに真っ向から立ち向かっていこうとしている国に比べれば、「やれている気でいる」国のそれはいかに表面的なものかをここでは突きつけられるのだ。そんな思いを吐き出した事例がここ数年で確実に増えてきている。

「#MeToo」運動から始まり、先の「#wombpainstories」、日本でも「#この髪どうしてダメですか」(P&G)、「#NoBagForMe」キャンペーン(ユニ・チャーム)など、社会風潮に合わせ「仕方ない」「当たり前」と見過ごし、見逃してきたことについて、いま一度「それは本当に正しいことなのか」を本気で考えてみるという動きが頻発している。

間違った価値観を排除するための常識のアップグレードが始まり、社会に対して徐々にインストールされてきていることを強く肌で感じる。それは皆さんの身近でも始まってきており、日々目にされているはずである。

転換軸その③
共創すべき真の仲間を知る

グローバル企業の将来的指針を示す世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では2020年、「株主資本主義からステークホルダー資本主義への移行」が主題とされ、これからの企業は株主に対する経済的利益ばかりを追い求めず、「顧客・コミュニティー・従業員」といった各ステークホルダーに向き合うべきだとされた。

一部の株主利益のためだけに顧客をないがしろにするような行いを避け、またいままで身内として捉えてきた従業員に対しても敬意を払い、対等の立場で歩んでいくこと、さらに企業が属する地域や経済的パートナーシップなど、既存のつながりの中でどう振る舞っていくのかなど、さまざまなコミュニティーとの新たな付き合い方を考え直すよう示唆されたといえよう。

先のカンヌライオンズでも、例えば「メーカー・流通・顧客」といった、ともすればそれぞれの利害でぶつかり合いそうな各者が、コロナ禍でいかに助け合い、共創し、良い関係を維持継続できるかの方法を模索するような仕組みづくりとそのチャレンジが大きく評価されていた。

例えば、コロナ禍で休業を余儀なくされた飲食店のシャッターに自社飲料の広告を描くことで広告収入源とし飲食店をサポートしたメーカーであったり、環境保全への配慮から有機栽培に取り組む農家に対して、事前に数年間の購入契約を結び共にそのマーケットの浸透・定着を目指す仲間として活動するであったり、まさに共創の具現化した取り組みが幾つも立ち上がってきていることを認識できる年だった。これらの取り組みには、最終的な消費者である人々も賛同し、それら対象商品の売上げを支えるという循環型システムが構築されているわけだ。

コロナ禍でシャッターを下ろした多くの飲食店。ハイネケンは通常のメディア予算を使って、店のシャッターにビールの広告を出稿。「見た目は違うかもしれませんが、このバーは閉まっておらず、力をつけています」などポジティブなメッセージを発信。その広告費を各店舗に支払い、店をサポートした。
農家が有機栽培に移行しようと考えたとき、多大な経済的負担と3年間の厳しい認証プロセスのリスクに直面してしまう。そこで、ABINBEVのオーガニックビール「MICHELOB ULTRA PURE GOLD」は有機栽培を希望する大麦農家を技術面などでサポートし、移行後に栽培された大麦を購入することを保証する助成プログラムを設けた。

日本の「三方よし」ではないが、関わるすべての人たちが思いをひとつにし、それぞれが気遣いをしながら自身も満足する行動をとることで、大きなムーブメントとサステナブルなマーケットが生まれることが証明されている。世の中は競争ばかりで成り立つわけではないことが、政治的な主義主張と別に世界的にメッセージされた事例だったと思う。利己的な商売にばかり気を取られず、長期的に良い関係を維持継続できるシステムづくりをいまこそ考えたいところだ。

今年のPRアワード審査で評価したいもの

今年の「カンヌライオンズ」では、コロナ禍で2020年の開催が中止となっていたため、その応募対象は2020/2021の2年分となっていたが、最終的にその応募数は2年分を足しても2019年の応募総数より少なかった。コロナの影響もあり、各企業が積極的なコミュニケーション活動ができなかった、あるいはコロナ禍での経済的不振による予算的なことが原因のひとつでもあるだろう。

しかし、予算を使った耳目を集めるキャンペーンばかりがコミュニケーションの成果を決めるものではない。ましてや先述した向き合うステークホルダーが置き換わった今、そのメッセージや手法も大きく変わってきているはずだ。実際に、海外アワードでも自社従業員に向けた企業トップ自らのインターナルコミュニケーションなど、一見すると地味に映りがちな活動もエントリーが増え、また受賞するケースも増えている。

先ごろ各部門の最優秀賞が発表された国際PR協会(IPRA)のアワード「Golden World Awards(GWA)」では、エイボン(ロシア)のドメスティックバイオレンスに対抗するキャンペーンがNGOキャンペーン部門で最優秀賞を受賞。広く社会に対してキャンペーンを展開すると同時にDVを経験した社員のケアも行った。

さらにヘイマーケットメディアが主催する「PR Awards Asia 2021」のインターナルコミュニケーションカテゴリーでゴールドを受賞したのが、マニュライフ(香港)の取り組み「Now is Our Time: Internal Call to Win」。2019年に就任した新CEOのもと、同社のインターナルコミュニケーションチームがCOVID-19の環境下で内部を強化する取り組みを行ったとして評価された。

価値観が変わり、ターゲットが変わり、目的も変わる。そんな変化ずくめの時代に完全なものを求めても仕方がない。むしろ不完全ながらも経験を積み重ねるようなフロンティアスピリッツこそが重要だ。

またコロナ禍で実務の進みも思ったよりはかどっていないことも容易に想像できる。仕掛けはまだ途中でもいいので、できればその目指しているところを我々に示し、そこへたどり着くためにイメージしている理想を堂々と語ってほしい。道なきところに道をつくる、そんなPRパーソンの意志を今回の審査で見つけられたら幸せに思う。

井口理(いのくち・ただし)
電通パブリックリレーションズ 
執行役員/チーフPRプランナー
PRSJ認定PRプランナー

企業のコーポレートコミュニケーションから、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体広報まで、幅広く手掛ける。PR会社プロパーで32年年目に突入。「世界のPRプロジェクト50選」「Cannes Lions グランプリ」「Asia Pacific Innovator 25」「Gunn Report Top Campaigns 100」など受賞多数。「Cannes Lions」「Spikes Asia」「SABRE AWARDS ASIA PACIFIC」「PR WEEK Awards Asia」など審査員を歴任。2018年よりヤングカンヌコンペティション国内代表選考審査員長、2019年より日本PR協会PRアワードグランプリ審査員長、2020年日経SDGsアイデアコンペティション審査員長などに従事。著書に「戦略PRの本質~実践のための5つの視点~」「成功17事例で学ぶ 自治体PR戦略」「戦略広報」「日本PR協会/PRプランナー資格認定試験テキスト概説/実務編」など。

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