安く買おうと思えばいくらでも安く買える中国でどう勝つか?
―最初の赴任時はどのようなことをされていたのですか?
2012年時点では、当社は中国で複合業態の店舗運営をしていました。コレクトポイントという名前の大きな店舗の中に当社の複数のアパレルブランドが入っているという形態です。その店舗にスーパーバイザーとして入り、スタッフのネームバッチをつけて店頭に立ち、洋服の畳み方や掃除の仕方、声出しの仕方など、日本のサービス、店舗オペレーションを1から中国の店舗に根付かせることに取り組んでいました。
このように私たちは中国で複合業態での実店舗運営をしていたわけですが、ちょうど2012年、2013年頃から1111(ダブルイレブン)でEコマースが一気に盛り上がるようになりました。中国は生産国でもあり消費国でもあるという特殊な国で、安く作って安く売ることがしやすく価格競争が激しいマーケットです。消費者にとっては、安く買おうと思えばいくらでも安く買える環境でもあります。そのような環境下で利便性が高いEコマースの爆発的な発展で、モノの流通が進み、安く買える環境が加速しました。
改めて、ブランドのストーリーやコンテクストなど、私たちが提供するモノの付加価値はが問われるように。ブランディングやマーケティング活動が必要になる一方で、私たちが運営していた複合業態では一つの箱の中に複数ブランドが入っているため、一つひとつのブランドの良さを打ち出しにくい状況に陥りました。自分が現場で働く上でも、このやり方では厳しいと肌で感じるようになっていきました。
こうした状況を、日本からCEOや役員が来た時に訴え続けていました。「今のままだと、中国マーケットで勝つことは厳しい。会社として、中国マーケットを取っていこうとするなら、中国に合う戦い方を考えなおさないといけない」という話をしていたところ、「それでは一度、日本に帰ってきて、中国戦略を練り直してほしい」という話になり、2016年に日本に帰りました。
そこから毎月2、3回、日本から社員を中国に連れて行きマーケットを理解してもらいながら戦略を作っていきました。その結果、複合業態は止めて、「ニコアンド」という単一ブランドであれば、中国で勝てるという提案をしました。その事業案が承認されて、今度はその戦略を実行する立場として再び2019年から中国に来ることになりました。
―なぜ、ニコアンドだったのですか?
アパレルだけの見え方のお店は難しいと感じていました。アパレル単体では価格競争に陥ることが目に見えていたからです。そこでアパレル以外の商品を持っているブランドであることが必要だと考えたのです。
次に中国マーケットでは、ライフスタイルブランドが受け入れられている兆候がありました。日本で数年前に様々なライフスタイルブランドが人気になったのと同じような現象が中国でも出てきていました。
最後に、ライフスタイルに紐づきますが、モノだけでなく、コトも訴求できる事業であること。この3軸で当社が抱えるブランドを洗い直した結果、ニコアンドを選びました。日本だけですでに300億円の事業規模があり、ブランドとして海外で戦えるだけの体力、リソースがありましたし、事前に中国でリサーチをかけたところ、微々たるものではありましたが、自社の他の候補のブランドより認知もあったことが後押しとなりました。
―具体的にどのようにニコアンドのローンチを進めていったのですか?
まず、徹底的にローカライゼーションする方針を掲げました。日本のブランドをそのまま中国に持ってくることはしない。また「日本ではこういう風にやっている」とは絶対に言わないことをスローガンにしました。。日本本社のブランドチームには、何度も日本と中国を行き来してもらい中国ではこうなんだということを伝えて、何度も修正・微調整を繰り返しました。常に判断軸は中国の、上海のお客様がどう受け取るか?に拘りました。
難しいのは中国の消費者の変化が激しいこと。私もいち消費者として中国に暮らしている中でも、その変化の激しさを常に感じています。2012年の中国には電子決済は普及していませんでしたし、WeChatも出始まったばかりでした。Alipayもありませんでしたし、デリバリーも発達していませんでした。それがこの4,5年で劇的に変わったのです。そこで変化に合わせて常に修正を繰り返していく方が良いと感じています。
ローカライゼーション戦略として具体的に進めたのは、ローカルブランドとのタイアップとローカルメディアの活用です。ローカル企業と比べるとほとんど知名度がない中で、0スタートの我々が賭けられる投資は限られておりました。そこですでに上海で知名度のあるブランドや企業に、ローンチの1年前から会いに行って話をして、コラボの商品企画やイベント企画を準備していきました。
ニコアンドは日本では20代後半から30代のファミリー層をメイン顧客にしていますが、中国では10代後半からの20代のファッション感度の高い層に設定し、そこから支持されているブランドを選びました。例えばローカルの人に人気のカフェとコラボしてニコアンド内のカフェで販売しました。他にも複数のアパレル、雑貨のローカルブランドと組みました。
私たちがニコアンドの旗艦店を2019年に構えた区画は、日本でいえば原宿の明治通りと表参道の交差点のような場所でした。ローカルブランドにとっては、その立地の店に商品を並べようとするのはかなりのコストがかかります。そのため私たちはローカルブランドに対して、好立地と客数で貢献でき、コラボブランドを多くのお客様に露出することができ、売上を狙えることを交渉材料にしました。また彼らにとっては、日本の顧客を持つニコアンドと組むことは日本マーケットへの足掛かりになるという点もプラスになりました。
こうして実施したローカルブランドとの企画は、ローンチ時は全商品の中で2割程度でしたが、今は約3割まで増えています。ローンチ時に8割を、日本商品にしたのは、大きく商品を変えたり、新しくモノを作るとなると生産ロットやコストの面で課題があるため、むしろある程度SKU数を幅広く確保して、その中でどれが当たるかを検証しようという考えで取り組みました。そのためローカルブランド企画は、既存の日本のラインナップにないカテゴリーの商品や、今の若い上海のお客さまが好きなものという観点で企画を考えていきました。
オープン時にローカル企画で一番売れたのは、サタンバードコーヒーという商品です。カプセルタイプのインスタントコーヒーで、水に溶かすだけで飲めるのですが、デザイン性が良くローカルの若者に人気でした。まだ先方も売り始めたばかりだったのですが、こちらから声をかけて協業が決まり、1パック14杯入りで約500円ですが、最初の1週間で何千個と売れました。
ローカルブランドとのコラボではないですが、上海独自の企画として、中国のお客さまはシンプルなロゴがプリントされている商品が好きということも分かっていたので、胸元にニコアンドのロゴが入ったパーカーを発売しました。こちらも非常に人気があり約6000枚を売り上げました。
私たちにとっては、新しいブランドをローンチするというゼロイチのタイミングだったのですが、このローカルブランドとのコラボにより、ローカルブランドがすでに持っている客層、コミュニティにも、そのブランドを通してアプローチすることができました。
もう一つのメディアに関しては、上海ローカルのニューメディアにアプローチしました。中国はオンラインのメディアが強いので上海ローカルで、流行りを伝える人気メディアに声をかけて情報配信をしました。そしてKOLにも声をかけました。旗艦店のオープン前日にオープニングパーティを店舗で開き、そこにはメディア60社、KOL400人、そして1年間の準備期間にお世話になった人を合わせて900名を招待しました。その様子はその日中に記事が配信され、翌日のオープン日には大行列ができました。
オープンは2019年の12月21日の9時58分。風水師に聞いて決定しました。これは中国ならではの風習ですね。聞かないわけにはいきません。ただ正直、ここまでの大行列になるとは思っていませんでした。それが9時くらいから行列ができ始め、オープン時には300人くらいの行列ができ、それから1カ月は行列が途切れませんでした。単日で1万人くらいの入店客数を続けることができ、改めて上海の消費の力を感じました。新しいブランドのローンチで不安を感じていましたが、想定以上の人、オープンでの大爆発は自信になりました。
玉井博久
広告会社側(リクルート、TUGBOAT)のクリエイティブと、広告主側(グリコ)のブランド構築の両方の経験を生かして、デジタルを活用した顧客体験(CX)を手掛けカンヌライオンズなど受賞多数。著書に『宣伝担当者バイブル』(宣伝会議)、『「売り方」のオンラインシフト』(翔泳社)。2015年より5年連続シリコンバレーに、2018年より3年連続CESに、深圳、イスラエル、また米中のテックジャイアント本社に足を運び最新のデジタルテクノロジーを視察。得られた知見をマーケティング、Eコマース、コンテンツプロデュースに活用。シンガポールにてASEANのECビジネスを2年で10倍以上拡大させる。2012年より日本のポッキーの、2016年より全世界のポッキーの広告を統括。ポッキーは2020年に世界売上No.1*として、ギネス世界記録™認定。