これまでのあらすじ
めでたく「販促コンペ」グランプリを獲得した「キャッツアイセイケース」であったが、製品化に向けた開発過程はさまざまな困難に直面し、暗礁に乗り上げていた。
直面していた課題は大きく分けて2つ。1つめは、レンズの汚れをブラックライトの光で浮かび上がらせること。これは、「正しく使うことがむしろ楽しい」という、「キャッツアイセイケース」のアイデアの根幹にかかわることである。2つめは、ケースそのものを形にするために、試作開発の段階でロットの大きさに縛られず、自由に製造するための手段が見つかっていないことだ。
どうやってここから前進へとつなげていったのか。最終回となる今回は、解決に至るまでの試行錯誤をお話ししたい。
協力者を集めよう
まずは、「レンズの汚れをブラックライトで浮かび上がらせるという、アイデアの根幹について。
実際の汚れは検知できたのだが、製品化の上で大事なプロセスである、「ケア用品メーカーの人工汚れ液を用いた再現試験」では、うまく発光しなかった。そこで、特定の波長光の性質に基づいた仮説も検証したが、そちらもうまくいかなかった。ここまでが前回述べたことだ。
このままでは埒が明かない──。我々は一旦スタート地点に立ち戻ることにした。
もともとの出発点は、実際に使用したレンズ汚れを、楽しくわかりやすい形にすることで、正しい使い方の啓発につながればよい、というものだった。そこでユーザーの実態により近い、臨床眼科の先生に意見を伺いに行った。
我々が出向いた先は、コンタクトレンズ学会でも名の知られる、著名な眼科医の先生だ。「何か打開策の手がかりを得られれば」と、これまでの経緯をつぶさにお話しした。
先生は我々の話を静かに聞き、その上で「人工汚れ液での検証がうまく再現できなかったとしても、実際にコンタクトレンズを使って、その汚れを光で認識させることが確認できたのなら、それは実践としては十分に意味があると思いますよ」と仰った。
この言葉には、本当に勇気づけられた。そこで気を取り直して、人工汚れ液での課題に取り組む前に、実際のカラコン利用者を対象に、原案を再現したケースに保存したときに汚れが光って浮かび上がらせることができるのか。まずはその基本アイデアを検証することにした。
最初から製品化の確認フェイズにこだわりすぎず、開発途上における実証実験の協力者を募ろう。試作品の開発に協力してくれる人をまず集めるのだ。そう割り切ることにして前進することにしたのだった。
試作づくりの明暗
そして、もう一つの課題である試作ケース製造のロット問題については、これまでの自分自身の経験の中に、解決のカギがあった。
ケースの製造を考えあぐねていたとき、ふと、中国の視察先のことを思い出した。深センと東莞のいくつかの企業や工場を、現地で企業を経営する日本人に案内してもらったのだが、その中に3Dプリンターを数百台備えた企業があったのだ。
そこで、製造、納品が実にスピーディーな工場の様子を見せてもらっていた。注文は、Webサイトで希望するパーツの設計図データを入力すればすぐにできる。その場で工数を試算、簡易見積り算出まで完了するのだとか。
視察したその時は、「なるほど、こういった小規模のオーダーにスピーディーに対応できる企業が多数しのぎを削っているから、中国の製造開発のスピードは桁違いに早いんだ」と、マクロ的な観点で見ていただけだった。
それを、まさにいま抱えている課題へと当てはめたときに、「キャッツアイセイケース」のように技術的には難しくないが、先行類似品が存在しないようなプロダクトを試作するのには、まさにうってつけの企業であったわけだ。
早速、当時視察の案内をしてくれたその友人を頼って、WeChatでコンタクトを取ってみた。彼は二つ返事で試作品の製造を引き受けてくれた。曰く、「試作段階での小回りの利いた加工を請け負い、本格的な販売への道筋をつけられることに貢献できるのなら、冥利に尽きる」のだと。
まず段ボールでイメージを掴んだ上で、1つめの試作に臨んだ。1週間程度で設計図の図面を確定し、3Dプリンターで整形したものだ。コロナ禍中ではあったが、深センから日本への搬送も1週間程度だった。結果、相談してから1カ月も経たずに、私の手元に試作ケースが届いていた。
やはり試作品とはいえ、形となったものが目の前にあると、人はいろいろなことに気づき、アイデアが湧いてくる。当初のプランのままでは、勝手が良くなさそうなところも次々と見つかった。形にすることで、推進力は格段にパワーアップする。
無論、試作品づくりも何事もなく進んだわけではなかった。追加品を製造する際に、現地エージェントすら知らぬまま、なぜか細かな仕様が変更されていたこともあった。しかも我々には望ましくない変更だったのだが、そのことを製造元に確認しても、「むしろこっちのほうがいいでしょ」と言って悪びれる様子もなく、しれっと言い抜けられたなんてこともあった。ほかにも、細部の塗色指定が安定しないなど、スムースにいかない場面はいくつかあった。
ある程度までは許容していたが、やはりいくつかは妥協せず作り直しを求めることになった。納期も変更、余計な工数をかけることになったが、致し方ない。このあたり、粘り強く交渉して納得できる着地点を見つけることは、特に国外のパートナーと仕事する際には、避けて通れないところがある。それでも、行き詰っていた道を切り拓く力を与えてくれたというのは、替えがたい価値があった。
たかが一歩、されど一歩
「キャッツアイセイケース」が「販促コンペ」でグランプリを受賞してからちょうど1年後の9月10日。さまざまな紆余曲折を乗り越え、奇しくもコンタクトレンズの日であるこの日に合わせて、ケースの開発試作品モニター募集というかたちで世の中にお披露目することができた。
もちろんこれはゴールではなく、具体化へ向けた一歩目に過ぎない。しかしともかく一歩は踏み出せた。
ここで止まることなく、製品として上市するまでが私の使命ではある。しかし、このコラムはひとまずここまでの顛末としたい。アイデアをどのように選び取り、そして形にしていくのか。私たちの体験談が、お読みいただいた方々の仕事の参考となり、何らかの形になれば、幸いである。
【殻を破って、一つ突き抜けた結果を得るために その6】
とにかく形にすると、気づきも推進力も格段にパワーアップする
※本コラムは今回で終わりとなります。
これまでお読みいただき、ありがとうございました。