「PRアワード2021」作品募集中 広告もPRも企業と消費者の共創が起点に

日本パブリックリレーションズ協会が国内のPR事例を表彰する「PRアワードグランプリ2021」の募集締め切り(10月26日)が迫ってきた。今年の審査員はどんなエントリーを期待し評価するのか。昨年に引き続き審査員を務めるサニーサイドアップ 取締役CBOの松本理永氏、田上智子氏(刀 エグゼクティブディレクター ストラテジックコミュニケーション)、そして今年から審査に加わる太田郁子氏(博報堂ケトル 代表取締役社長 共同CEO)が昨年の審査会の様子、カンヌライオンズの結果を振り返りながら、今年のアワードの展望について語ってもらった(本記事は、オンラインで開催されたトークセッションの内容を記事化したものです)。

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(左から)松本理永氏(サニーサイドアップ)、田上智子氏(刀)、太田郁子氏(博報堂ケトル)。

パーパスドリブンなアプローチの重要度

松本:2020年のPRアワードを振り返っていきたいと思います。コロナ禍での開催となった昨年の審査基準として改めて設定されたのは「ニューノーマルへの挑戦」「『ステークホルダー』の戦略的設定」「『パーパスドリブン』なコミュニケーションアプローチ」の3点でした。そして審査の結果、非常に珍しいダブルグランプリとなりました。ひとつは井之上パブリックリレーションズさんの、まさにPR会社ならではの「『新型コロナウイルスに関する危機管理広報初動マニュアル』無償提供でコロナ禍での本質的PR発想を最短最速で日本中に提供」、もうひとつはダイキン工業さんの「“上手な換気の方法”を伝えたい!『空気で答えを出す会社』の底力」でした。

井之上パブリックリレーションズ
「新型コロナウイルスに関する危機管理広報初動マニュアル」(表紙)。

ダイキン工業 Webコンテンツ「上手な換気の方法」。

田上:私も最終的にグランプリを獲った2つのプロジェクトは突出したものとして記憶に深く残りました。いずれのプロジェクトもコロナ禍のなかで、果敢に本業の真ん中の部分で、従業員の皆さんに「うちが今やらなくてどうする!」という意思があってこそ生まれたプロジェクトなのだろうとエントリーシートの内容から感じられました。パーパスは会社の経営理念そのものなので、一朝一夕では社員に浸透しませんよね。この2社は広報部だけではなくて、社内横断的にパーパスが浸透していると感じられる取り組みでした。

特にダイキン工業さんに関しては、エントリーシートの段階では私個人は最高点を付けなかったんです。プレゼンテーションをうかがう中で、実は換気が出来るエアコンはほぼダイキン工業さんしかないという事実を聞いて、それをエントリシートに書いてくれていたら最初から高い点を付けただろうなと思ったんですよ。

松本:ダイキン工業さんは2017年から「空気で答えを出す会社」という企業ブランディングに取り組まれていて、コロナ禍において、今こそ自分たちが正しい換気の仕方を発信しないでどうするんだとすぐに動かれた。

太田:「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のPR部門では、すみだ水族館の「チンアナゴ顔見せ祭り」(水族館の休館によってチンアナゴが人間の姿を忘れかけているのを受けて、FaceTimeを通じて自宅からチンアナゴたちに顔見せをしてもらうという企画)が議論を巻き起こしていた、という話を聞いていたので、PRアワードではこれらのエントリーがグランプリだと聞いて、思わず「渋っ!」と言っちゃいました(笑)。

田上:井之上パブリックリレーションズさんはエントリシートを読んだ段階で広報パーソンとして感動しました。ダイキン工業さんと同じく本業の真ん中で社会に貢献して、それが間接的にも本業の商売につながっていくことが、正しいパブリックとのリレーションの紡ぎ方だといつも思っているので、このプロジェクトをきっかけに本業の取引に関するお問い合わせが増えたとうかがい、ちゃんとビジネスにも還元されていて素晴らしいなと思いました。

冷凍食品で概念を変える体験をした

松本:グランプリ以外ではどんなエントリーに注目されましたか?

太田:味の素冷凍食品さん「冷凍餃子#手間抜き論争」です。私は育ち盛りの息子がいるんですけど、このPRはいち主婦として興味深く見て、いち生活者として冷凍餃子を初めて買うようになりました。このPRをきっかけに「冷凍食品がすごく進化している」とメディアが盛り上げて、それでたまたまその冷凍餃子を買ったら美味しかったんです。私自身も、自分でつくったもののほうが美味しいし、もしかしたら冷凍食品には添加物もあるかもしれない。家族に対しても手抜きをすることになると思い込んでいました。この報道がきっかけで、私は冷凍食品へのパーセプションチェンジおよびビヘイビアーチェンジにつながりました。

味の素冷凍食品「冷凍餃子#手間抜き論争」から。

松本:このPRがすごいと思ったのは、手間抜き論争というところに端を発してはいたものの、そこからの策として論争に乗っかるのではなく、味の素の冷凍餃子がいかに餃子として美味しいかを伝えようと、まず“餃子ラバー”の方々を巻き込んだこと。「美味しい」を拡散し、さらにその拠りどころとして、実は144の非常に手のかかる工程を経てつくられているんだという工場の映像をすかさず公開したんですよね。

太田:工場の映像はすごかったです。

 
松本:論争に巻き込まれたということではない、本当に美味しい餃子と言えたことが秀逸だったと思います。私はこれまで餃子は絶対自分でつくる派だったんですけど思わず買いました。

太田:「餃子は買うものではない」という呪縛から解放された気がしましたよね。

田上:味の素さんのTwitterの返事(冷凍餃子を夕食に出したら夫に手抜きと言われた、というツイートに味の素公式Twitterが「手抜きじゃなくて手間抜きです」と返信したこと)も秀逸なんですけど、これで終わっていたら、論争で終わっていたかもしれないんです。そこに工場の手間をかけて製造しているリアルな様子をファクトとしてスピード感をもって映像化されて。世の中の人に知ってもらいたい真摯な気持ちが、会社の本業につながっている。冷凍食品ナンバーワンの会社が太田さんの冷凍食品へのネガティブなパーセプションすら変えてしまった。パブリックとのリレーションの素晴らしい事例だと思います。

パブリックリレーションズの基本に立ち返ることが出来た

松本:今年のカンヌライオンズの話をお伺いしたいと思います。

レバノンでは、文化的タブーによってがん検診が困難になっている。スーパーマーケットSpinneysはレバノン乳がん財団と協力して、パンをこねるのと同じようなジェスチャーで女性に自己触診を教えるビデオレシピを公開。SNSや小麦粉やパンのパッケージ、スーパーマーケットなどでのデモンストレーションを通じて女性たちに共有された。
農家が有機栽培に移行しようと考えたとき、多大な経済的負担と3年間の厳しい認証プロセスのリスクに直面してしまう。そこで、オーガニックビール「MICHELOB ULTRA PURE GOLD」は有機栽培を希望する大麦農家を技術面などでサポートし、移行後に栽培された大麦を購入することを保証する助成プログラムを設けた。

太田:2020年にカンヌが開催されなかったので、2年分がまとめて審査され、PR部門は2020年のグランプリとして、「The Bread Exam」(Spinneys and the Lebanese Breast Cancer Foundation)が、2021年のグランプリとして「CONTRACT FOR CHANGE」(Anheuser-Busch InBev)が選ばれています。

私には「CONTRACT FOR CHANGE」の方により驚きがあって、「CONTRACT FOR CHANGE」はビール会社(アメリカ)のアンハイザーブッシュのオーガニック素材を使ったビール(ピュアゴールド)のPR施策です。アメリカの多くの農家の人たちはオーガニック農家になりたいと心の中で思っているし、国民もオーガニックフードを食べたいと思っているけれど、生産性が下がってしまったり収入が減ったりするリスクがあり、なりたくてもなれない状態でした。

それに対してアンハイザーブッシュはオーガニック農家を増やすために、農家に対して3年間の資金面・技術面でサポートする契約をしたんです。育ったオーガニックな小麦は自分たちがきちんと買い付けする契約を結び、農家の人たちに呼びかけてたくさんの農家と契約を取り付けました。農家のビヘイビアーを変えたエントリーです。

今までのPR関連のアワードで評価されてきたのは「予算0円で何億円のメディアカバレッジを獲得しました」とか「そのあとにパーセプションが何%アップしました」とか、最近多いのは「法律が変わりました」「国連の決議をとりました」といったプロジェクトですが、この事例にはそういうことがあまりなくて。これはPRなんだろうか?と1回悩みました。

でもパブリックリレーションズの基本に立ち返ったときに、「ステークホルダーを正しく設定して、そこに対して働きかける」ということにバチッとはまっているんですよね。必ずしもステークホルダーはエンドユーザーだけでもないし、投資家や従業員だけでもない。原材料を供給してくれる農家もリレーションの対象だし、関係性の再構築がこれからのPRのスタンダードになるのだと思うと、PRパーソンの仕事の幅がすごく拡がった気がしてワクワクします。

田上:このキャンペーン、オーガニックだと土地を3年間化学肥料のない状態にしておく必要があり、空けておかないといけないから、そのあいだの収入減を補填しているわけですよね。それってけっこうな額になりますよね。

太田:広報や宣伝部予算じゃないと思うんですよ。企業経営全体の予算のアロケーションの話だとすると、PRパーソンが社長の横に行って、「ここに投資しましょう!」と言う時代です。

田上:よく分かります。結局、オーガニック農家を経営にとって重要なステークホルダーと位置付けたという経営理念を表すキャンペーンだと思います。一過性のマーケティングキャンペーンで何とかなる話ではないですよね。継続的にお金が受け入れられ、力のある上層部と一緒にコミットメントを取り付けることが広報パーソンには必要になっていると思うんですね。

太田:私は広告領域の出自なので、キラキラ華やかな世界に思わず吸い寄せられてしまう部分もあるんですけど、PRインダストリーのトレンドで言えば、広告的に華やかでパッと終わるものよりも、華やかではないけれど地味に効きつづける、そういった価値を評価する傾向にあるのではないでしょうか。

Why PR?の項目が非常に大事になってくる

田上:全体としてコミュニケーションは華やかな部分もすごく大事だと思っていて、地味なほうが良いとか、ペイド(広告)が入っていたらダメ、というような議論は違うかなと思います。それは手段であって、パブリック(世の中)とキャッチボールをしながら中身をつくっているものがPRなので、私はそれが広告に出てきてもありだと思います。広告が主体のエントリーもお待ちしています。

松本:実際、PRアワードの審査では「これは広告だから」とか「パブリシティだから」と線引きするような議論には、ほぼならないですよね。

田上:ストーリーが何を伝えようとしたのかに注目するようにしていますね。

松本:エントリーシートに「Why PR?」というこだわりの項目があるんですけど、広告も含めていろんな手法を駆使して成功したそのプロジェクトにおいて「なぜPRアワードにエントリーしたのか」「どこをPRの価値として見てもらいたいのか」といったポイントをアピールしてほしい。「Why PR?」の項目に思いの丈を書いてもらいたいです。

太田:PRは人によって捉え方が違うと思うんですけど、PRは単なるメディアリレーションのことではなくて。「あらゆるステークホルダーとリレーションをつくる」ということをマーケティングのど真ん中に据えようと思うと、もはや「PRかPRではないか」ではなく、「すべてがPR」だと思い始めています。だから「Why PR?」の項目は書きにくいだろうなって。何かアドバイスありますか?

松本:本当にPRの概念は大きくて。そのなかにいろんな戦略だったり、いろんな手法があったりすると思っています。だからこそどのような視点で自分がPRアワードに応募しているのか、「Why PR?」の項目に意思が現れるんだと思います。ステークホルダーを巻き込むパブリックとのリレーションかもしれないですし、アイデアの視点かもしれない。それらを起点にどんな戦略を考えたのかが伝わることが重要だと思います。

田上:「Why PR?」というエントリー項目があることで、「パブリックリレーションズを分かっている人」「理解がやや表層的な人」というのがバレると思っています(笑)。なので、審査の過程で注目していますね。

松本:今年はエントリーシートの冒頭の案件概要に、案件が生まれた経緯を書く箇所を加えたのですが、まさにPRパーソンがこのプロジェクトをどう発案して引っ張っていったのか。もしかしたらパーパスを引き出しながらプロジェクトをつくっていったのか、もしくは元々あるパーパスのラインに沿ってプランしていったのか。その経緯も聞けるといいと思いますし、PRパーソンの奮闘をみたいです。

太田:審査に初参加するので、何もかもが新しく、皆さんとのディスカッションも楽しみにしています。PRの捉え方が「Why PR?」に現れるからこそ、「なるほど、そういうふうに捉えると、もっとPRの力はまだまだ発揮できるよね」という発見につながるのを楽しみにしたいと思っています。

田上:ぜひ広告業界の人にもエントリーしていただきたいと思っていて。ACCなどの広告賞に応募されるようなプロジェクトでもストーリーはパブリックリレーションズに当てはまるものがあると思うので、ぜひ広告業界の方も進出していただきたいです。私たちはPRの視点で審査することにはなりますが、結局、広告もPRもすべては企業と消費者のキャッチボールのなかで共創して生まれていく。そういう時代になっているので「広告だからPRじゃない」という区分とか垣根も少しずつ減ってきています。

松本:成果もしっかり見られるアワードではありますが、今年の10月の時点で必ずしも完成しているプロジェクトばかりでなくてもいい。ここから先もまだまだ継続し成長していきます、というエントリーも歓迎です。
 

太田郁子
博報堂ケトル 共同CEO
エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター

2001年に博報堂に入社。ストラテジックプラナーとして、様々な企業の経営戦略、マーケティング戦略の立案や商品開発に参画。2012年PR発想で統合コミュニケーションを実施する博報堂ケトルに参加。ストラテジックプランニングを軸足とする、強いターゲットインサイトの発掘と、PR的な合意形成スキルを融合し、新しい形の統合コミュニケーションを得意とする。2015年に博報堂ケトルにPR専門チームを設立、そのリーダーを務める。2019年10月より同職。

 

田上智子

エグゼクティブ・ディレクター ストラテジック・コミュニケーション

P&Gで25年にわたりマーケティング/広報に従事。日本最強マーケッターと言われる森岡毅率いる(株)刀の「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気にする」理念に共感し、2020年8月より現職。

 

松本理永
サニーサイドアップ
取締役 CBO

同社の多岐にわたる事業展開の中でも、一貫して主幹事業であるPR事業を牽引。自身も創業以来多種クライアントの、PRを中心としたコミュニケーション全般を担当。現在は、幅広い社外の人的ネットワークを駆使して主要クライアント案件においてプロジェクト統括を担い、サニーサイドアップならではの、枠にとらわれない柔軟な発想のコミュニケーション展開をリードする。また同社の基本理念に基づき、現在のSDGsにつながるような社会課題の解決に関わる案件のリードや、多様性を認め合う働き方における自社ブランディングなどにも関わる。2015年より2020年まで文教大学情報学部にて非常勤講師を務めた他、2018年より日本PRアワードグランプリ審査員、2020年より、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会理事。

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