なぜ「ブランデッドショート」か
「ブランデッドショート」は、別所哲也氏が率いるSSFF & ASIAの一部門として、国内外の企業がショートフィルムによってメッセージを伝えようと制作するブランデッドムービーを、映画祭の視点でセレクトし、ショウケースする一部門。ビジュアルボイスは23年続く映画祭で培ってきたショートフィルムのノウハウやクリエイターとのネットワークを活用し、企業とブランデッドムービーを制作している。テレビCMなどとの違いについて別所氏は、「企業のミッションを伝えることで共感を得て、その先にあるプロダクトに自分と重なる点を見つけてもらえる。それはショートフィルムが持つエンターテインメント性、物語性のなしえること」と話す。
それはCMではなしえないのだろうか。鈴木氏は「目的に従って手法は選ばれるべきですが、」と前置きしつつ、こう話す。
「テレビCMは『What』を伝えることが得意。しかし長さが限られていることもあって、その『What』の背景に当たる『Why』まで伝えるのは極めて難しい。一方、『ブランデッドショート』は『Why』を伝えることができる。企業がどういう思いで、その事業や商品、サービスに向き合っているのか、という(企業)哲学を発信することに強みがあると考えています」(鈴木氏)
「ブランデッドショート」の有用性が高まっている背景には、メディア環境の変化もある。13歳〜69歳のインターネットの利用率は2019年時点で9割を超えた(総務省『令和2年版 情報通信白書』)。YouTubeなどのほか、有料動画配信サービスの利用率も年々伸びている。その後の新型コロナウイルス感染症の拡大を経て、この傾向は加速していることが伺える。
「NetflixやAmazon Primeなど、従来の電波インフラを飛び越えた、いわゆるオーバー・ザ・トップのプレーヤーが支持を広げています。そうした有料ビデオ・オンデマンドサービスは、基本的には広告が入りません。いまや、広告主や従来の広告手法にとっての競争相手は、すべてのエンタメコンテンツ。他社の“広告”だけではありません」(鈴木氏)
仮に動画広告をはさんでもスキップされてしまうリスクは極めて高い。YouTubeのようにプラットフォーム自らが広告は“邪魔なもの”として、広告のない有料版を勧めるような動きも出てきている。
「自分には関係ない、つまらない、そうしたものは消費者としてスキップしたくなるのが当然。逆に、受け手に関係がある、面白そうと思ってもらうためのエンターテインメント性を担保する方法のひとつとして、物語の力を借りているのが、『ブランデッドショート』。見てもらうために制作するエンターテインメントなのです」(鈴木氏)
ブランドを語るのではなく、ヒストリーを伝える
「ショートフィルムにするほど、企業としてのメッセージ、ブランドなどない」――そのように考える広告主は少なくないかもしれない。しかし、別所氏は「たしかに、『うちはブランドなんて語る企業ではない』という声をしばしば耳にします。けれど、ブランドを直接的にアピールするのがブランデッドショートではありません」と話す。
「俳優は演技をする上で、その登場人物、キャラクターの人生、パーソナルヒストリーを考えます。その役柄の人生、歴史を取り入れて演技に臨むわけですが、だからといってセリフでキャラクターの人生が語られるわけではありません。ちょっとした身のこなし、振る舞いの違いで、その人の人生や歴史を間接的に表現します。ブランデッドショートも同じで、どんな企業にも必ずヒストリーがあります。ブランデッドショートは、俳優たちはもちろん、脚本や小道具、すべてに至るまで、間接的にそのヒストリーを表現する。間接話法なのです」(別所氏)
ビジュアルボイスで手がけたブランデッドショートの好例は、ホッピービバレッジと共同制作した、『願いのカクテル』(2019年)だ。不自然に商品名を連呼することなく、しかし、重要な役割、ほとんど登場人物の一員として、ホッピーが描かれる。別所氏は、「石渡美奈社長とは、映画なんだ、ショートフィルムを作っているんだ、という立ち位置で、企画・制作を進めていった」と話す。
ポイントは、原作となるエッセイを公募した点。「マイホッピーストーリー」というテーマで、500篇ほどが集まった。その中から優秀な作品を映像化し、「HOPPY HAPPY THEATER」と名付けた特設Webサイトで、公開している。
「制作の途中段階から消費者を巻き込み、成果物としてブランデッドショートを消費者と分かち合うという構図です。制作前から発信でき、過程そのものがPR施策にもなります」(別所氏)
短編ならではの燃費の良さ
ブランデッドショートは制作時間や制作費用が比較的抑えられるのも、魅力のひとつだ。別所氏は「燃費の良い映画」だと表現する。特に長い時間を要しないことは、世相やいまの社会の動き、人々が共通して抱えているインサイトを取り込みやすいことを意味する。
映画の場合、長い時間、大量のスタッフ、コストを必要とする。結果、短期的に移ろうものではなく、愛であったり、家族であったりといった、人類全体が持つような普遍的なテーマが込められることが多い。一方、短編映画は、時代に寄り添い、それを切り取って映し出すものだ。
「ブランデッドショートも、その良さを受け継いでおり、まさに現在、人々が持つインサイトと、企業のヒストリー、哲学、価値観をかけ合わせて、映像化できる。そういう特徴もあります」(別所氏)
さらには、「『新たに制作しない』という手立てもあります」と別所氏。「世界には非常に多くのショートフィルムがあります。その中には、自社の哲学やヒストリーと共通項のある作品も必ずあるはずです。つまり、そうしたものをピックアップして、企業Webサイトやオウンドメディアで配信していく。会員向けのコンテンツにしてもいいかもしれません。顧客や消費者とつながる手立てとして、ショートフィルムを活用する。そういうやり方もあるのです」(別所氏)
ビジュアルボイスでは映画祭に集まるさまざまなジャンル、テーマの世界各国のショートフィルムを配給する事業も展開している。
クリスマスやバレンタインといった時節の上映イベントのほか、最近ではSDGsをテーマにした作品の特集や親子、学校で活用する教育的なコンテンツへの需要も増えているという。企業のオウンドメディア上でショートフィルムを配信する動きもある。
「中途半端にコンテンツを作ろうとするよりも、よほどいいかもしれませんね」と指摘するのは鈴木氏だ。
「限られた可処分時間の奪い合いは、これからますます熾烈なものになっていきます。その中で顧客にどういう体験を提供できるのかを考えれば、無理やりコンテンツを作るよりも、伝えたいことを言い換えている、表現しているようなショートフィルムを活用するというのは、スマートなやり方かもしれません。2時間、3時間も時間を奪うのではなく、自社サイトでちょっと5分、10分過ごしてもらって、泣いたり笑ったり、感動していただく。体験としては有効なのではないでしょうか」(鈴木氏)
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