映像は、CMなどの映像制作を手掛けるAOI Pro.と、映像編集やCGの企画・制作などを行うTREE Digital Studio、コンサート・イベントの大型映像サービスを提供するヒビノの3社が担当。新技術であるバーチャルプロダクション活用の先駆けとして、可能性をふんだんに盛り込んだMVとなっている。
バーチャルプロダクションが、今後のテレビCMや映像制作にどのような変化を与えるのか。AOI Pro.プロデューサーの芝村至氏と重信弓月氏に話を聞いた。
バーチャルプロダクションとは何か
Vaundy「泣き地蔵」のミュージックビデオ(MV)は最新技術、LEDバーチャルプロダクション技術「インカメラVFX」によって撮影された。今回この技術が採用されたのは、AOI Pro.とヒビノが「インカメラVFX」によるバーチャルプロダクションの活用機会創出を目指した協働プロジェクトがきっかけとなっている。
バーチャルプロダクションは高精細LEDディスプレイをスタジオ内に設置し、3DCGを背景に投影して撮影する手法。「泣き地蔵」のMVではLEDディスプレイで背面と両サイド、天井部分を囲み、3DCG制作プラットフォーム「Unreal Engine」で制作したフォトリアルCGを使用した。背景に投影される3DCGはカメラと連動しており、カメラの視点移動に合わせて背景映像も追従するようになっている。
これまでは背景を合成する場合、グリーンバックを使い合成後を想像しながら演技や撮影を進める必要があった。完成した映像をその場で確認できないため、演者も撮影スタッフもビジュアルイメージを共有することが難しいという課題も。さらに、合成作業もグリーンバックで発生する緑色の照り返しの修正など、非常に手間がかかっていた。
しかし、バーチャルプロダクションによる撮影では3DCGの背景映像を流しながら撮影するため、撮影現場で映像のチェックをすることが可能になる。
いつでもマジックタイムを再現可能
今回のMVはAOI Pro.、TREE Digital Studio(TREE)、ヒビノの協働プロジェクトのため、バーチャルプロダクションの技術を楽曲に合わせた形でできるだけ多く盛り込むことに挑戦した。
テレビCMの制作を経てロックバンド、マキシマム ザ ホルモンのMVなどの映像制作を手がけ、最近は映像を用いた新規ビジネス開発も行うAOI Pro.のプロデューサー芝村至氏は「技術と曲調をどうマッチさせるのかは苦労しました」と話す。
MVではグリーンバック合成では使うことが難しい金網をセットに加え、回転台を活用しながら激しいカメラワークを用いて技術を見せることを目指した。
AOI Pro.のグローバルビジネス部に所属する重信弓月氏は、国内企業の海外撮影や海外のクライアントが国内で撮影する際のプロダクションサービスや、外資系クライアントのCM制作などを担当。海外事例を紹介するAOI Pro. Globalのブログの情報収集でバーチャルプロダクションの技術を発見したことが今回の協業につながっている。
バーチャルプロダクションが、広告でメリットを生み出す場面については「飲料品のボトルや自動車のガラスなど、映り込みが発生する場面では技術を生かすことができます」と話す。LEDパネルに投影する3DCGを生かすためには、背景に動きがある方が良い。カメラワークに合わせて背景が動くため、その必要性が低ければ書き割りでも事足りるからだ。
芝村氏、重信氏が口を揃えたのは気候環境についてのアドバンテージだ。日の出や夕焼け、あるいは天候の急変などは撮影側の都合で動かせるわけではない。合成する場合も光による陰影を調整するのは手間となる。こうした環境条件をあらかじめCGで作成し、バーチャルプロダクションで撮影すれば、マジックタイムのような撮影チャンスが短いタイミングや、理想の環境をいつでもスタジオで再現することができるのだ。
「泣き地蔵」のMVで舞台となったグラフィティで埋め尽くされた地下鉄駅のような場所もバーチャルプロダクションに適している。ロケで実際の駅に落書きをすることも、セットを組むことも大きな負担となる。3DCGであればリアルな駅を再現し、そこに自由にグラフィティや加工を施すことができる。MVでは、美術としてホームの椅子や吊り革を制作し、投影する映像と組み合わせて撮影することでよりリアルな質感を表現した。
演技がしやすいことも強みだ。グリーンバックの前でディレクターの言葉による指示ではイメージを膨らませにくい演者もいるが、バーチャルプロダクションは背景に映像が流れるため、状況に入り込みやすい。同じことは制作スタッフにも言える。目の前で撮影している映像を見ることができるため、全員が同じゴールに向かって作業できる。
映像表現の幅を広げる新たな選択肢
バーチャルプロダクションの活用は、特に国内では事例が少なくその可能性は未知数だという。今後、活用事例が増加し、スタジオにLEDパネルが常設され、ある程度定番的な環境の3DCG素材が提供されるような状況になればコストは下がる可能性はある。「日本特有の環境は、既存のCGアセットがない場合も多いですが、今後そういった素材が増えていけばコスト削減や制作時間短縮につながると思います」(重信氏)
制作の過程についても、既存の手法とは異なるため制作側の意識を変え、学ぶ時間も必要となる。従来の合成は撮影の後だったが、バーチャルプロダクションは撮影の前に背景となる3DCGを用意する必要がある。ロケなどでかかる移動時間もないため、たくさんのシーンを短期間で撮影することができるが、そのための準備には時間が求められる。
今回、準備期間ではヒビノが提供するインカメラVFXスタジオHibino VFX Studioで複数回のテスト撮影を実施し十分な検証を重ねワークフローを確立したことで、本番では170カット以上(うちバーチャルプロダクション撮影は約7割)の撮影を2日間で撮り終えている。
また、AOI TYOグループのAOI Pro.とTREEがバーチャルプロダクション制作体制を築き連携することで、よりシームレスな映像制作を実現した。撮影はTREEのスタジオMedia Gardenにて実施。CRANK事業部は撮影機材の提供、LUDENS事業部とREALIZE事業部は3DCG制作とバーチャルプロダクションを監修、DIGITAL GARDEN事業部がグレーディング、オンライン編集、MAを担当した。LUDENSとREALIZEは企画から参加し、バーチャルプロダクションならではのエフェクトを効果的に表現できるよう監督や各スタッフらと連携。リアルタイムでの描写となるためシーンの最適化とクオリティの担保に努めた。
芝村氏は「バーチャルプロダクションは広告映像の可能性を広げる技術だと思います。ただ、技術的な理解の必要性や制作進行のタイムスケジュールが変わります。グリーンバック合成やロケといった既存の手法にバーチャルプロダクションという選択肢が加わったという考え方が適切です」と指摘する。
撮影した映像をライブ配信することも可能なため、背景演出に特徴のある新商品発表会なども可能だ。自動車の新型車など、屋外ロケによる情報流出を避けたい商品やサービスでもバーチャルプロダクションであれば撮影シーンを選ぶことはない。現在も進行中のコロナ禍のように移動や外出が制限されていても、国内外を問わず、また山頂や海底などの環境に加えてファンタジーの世界など、現実にないシチュエーションを作り、独自の世界観を表現することができる。
重信氏は今後について「課題については今後もアップデートされていくと思います。現状ではチャレンジしたい、面白そうと感じるクリエイターに利用してもらうことで活用の幅も広がっていくのではないかと考えています」と話す。
スタッフリスト
【AOI Pro.】
- Epr
- 山田博之、鈴木佳之
- Pr
- 芝村至、重信弓月
- ビジネスPr
- 平岡淳也
- PM
- 小山田将大、城戸尚子、小野遥香
- メイキング
- 川本真大
【TREE Digital Studio】
- バーチャルプロダクションスーパーバイザー
- 平嶋将成
- Unrealアーティスト
- LUOMENG YUAN
- Unrealエンジニア
- 根岸雅人
- CGPr
- 山田悠生、石ヶ谷宜昭
- 撮影
- 古賀達朗(チーフ)、村中海斗(サード)
- 編集
- 吉田宙矢(オンライン)
- MA
- 奥村宏貴
- スタジオスタッフ
- Media Garden
【ヒビノ】
- Epr
- 芋川淳一
- CRD
- 菊地茂則
- InCameraVFX CRD
- 瀧田稔久
- Unrealオペレーター
- 渡邉真之輔
- disguiseオペレーター
- 武田優子
- RedSpyエンジニア
- 内藤孝寛
- VE
- 小林立幸
- LEDエンジニア
- 加藤慎二郎
- CD
- Vaundy
- 演出
- MIZUNO CABBAGE
- 助監督
- 吉原通克
- 撮影
- 小針亮馬、永田裕資(セカンド)
- 特機
- 渡邉拓也
- DIT
- 山口武志
- 照明技師
- 西ケ谷弘樹、井出亘(チーフ)
- 美術
- 秋葉悦子
- 仕掛け
- 岸浦敏雄
- ワイヤーアクション
- 小池達朗
- 振付
- 吉開菜央、横山彰乃
- ST
- 佐藤純志
- HM
- ズキミナコ、ナリタミサト
- 特殊メイク
- 快歩
- CAS
- 石垣光代
- 出演
- 笠松将、佐々木美緒
- カラリスト
- 井口美音
お問い合わせ
株式会社AOI Pro.
バーチャルプロダクションに関するお問い合わせ
MAIL: vp-contact@aoi-pro.co.jp