目指したのは、ビール市場の復権を担うような商品をつくること
2021年9月に発売されたアサヒビールの『アサヒ生ビール』の缶(350ml)。好調につき一時販売を休止していたが、11月24日に販売を再開した。
『アサヒ生ビール』は1900年から続くブランドで、1986年に瓶ビールと缶で発売された。当時「コクがあるのに、キレがある。」という、それまでになかった味のイノベーションを起こし、アサヒビールを復活に導いた商品だ。翌1987年に発売された「スーパードライ」の大ヒットで一般向けの缶は終売が決まったが、その後も一部の飲食店に愛され続けてきた。
そして商品開発時に、社内での呼称である開発記号として“幸運の不死鳥(FORTUNE PHOENIX)”を由来とする“マルエフ(F)”と名付けられ、長年その愛称で親しまれてきた。
そんな物語のある商品が、2021年9月に缶ビールとして再び発売された。
『アサヒ生ビール』をリブランディングするにあたり、同社が目指したのは、1900年から続くフラッグシップブランドでありながら、今は一部の飲食店でしか提供されていない、その資産を最大限に生かすこと。そして、2021年、飲食店でのビールの売上が厳しいコロナ禍において、ビール市場の復権を担うような商品をつくること。
『アサヒ生ビール』のブランドマネージャー 渡邊航太郎さんは、「非常にハードルの高いプロジェクトですが、スーパードライと並ぶようなレギュラービールを作るというビジョンをプロジェクトに関わってくれた社内外のスタッフの皆さまと最初にしっかりと共有するようにしました」と振り返る。
アサヒビール新商品開発部の倉田剛士部長は、「開発の最初の段階から、クリエイターなどの異能な方々にも参加いただき、オープンでフラットに意見を交わせる関係を作り、これまでとは違う発想での新しいブランド作りに、勇気をもってチャレンジできるチームマネジメントを心がけました」と話す。
「機能や味を語るWhat to say商品ばかりで、店頭で買いたくなり食卓でおいしそうに見える缶ビールが日本には無いと感じてしまったんですよね」と話すのは、このリブランディングプロジェクトでパッケージデザインを担当したアートディレクターの田中偉一郎さん。
デザインする際に心がけたのは、まずビールジャンルの中で圧倒的においしそうに見えること。そして、銀蓋・銀缶のスーパードライと2本柱の商品になるように、金蓋を用い、見た瞬間に金缶(=王道生ビール)に見せること。
「実は“生ビール”といえばこれだ!というデザインはまだ確立されていないと感じました。なので『アサヒ生ビール』というネーミングはチャンスでしたし、“おいしそう”も追究し甲斐があった。『マルエフ』という開発記号は、競合商品や海外のビールと並んだときにも王道ビールとして負けない歴史やストーリーを感じさせられる。あらためて今“アサヒ生ビール マルエフって本当はこういう姿をしていたんですね”と納得され、かつてスーパードライがそうだったように、パッケージ自体が顔となり、広告としてブランドを牽引するデザインを目指しました」。
蘇りの象徴をまとったパッケージデザイン
開発時に早い段階で、その方針を固め、そこに基づいてさまざまな試作缶を制作した。その方針内での見え方の検証は500を超えたという。
「コモディティ化する市場であり、価格競争やスペックの差別化のための商品が多い中で、ビール本来の価値と真摯に向き合うこと。手軽な上質さを求める時代においては、ビール本来のおいしさや、ビールに関わる人々の想い、商品誕生のストーリーを大切にしたブランド作りが大切だと思いました。都会的で洗練されたスーパードライのイメージが強いアサヒビールですが、『アサヒ生ビール』は飲食店やその常連さんなどとのコミュニティを大切にし、寄り添ってきた商品。アサヒビールの人情味溢れるもう一つの側面がブランドに落とし込めたら、と考えました」と、ビジネスプロデュースを務めた久保信聡さん。
新しいパッケージには、“幸運の不死鳥”のアイコンとともに“通称 マルエフ”と“復活の生”という文言やブランドストーリーが記載されている。これまでのアサヒビールのイメージとは違う、でもアサヒビールらしい部分がパッケージの随所に施されている。そのひとつである紺のロゴは、パッケージユーザー調査で多くの評価を得たという。
「飲食店のアサヒ生ビールを実際に飲んでみると、最もプレーンな生ビール、とも言えるぐらいやさしくまろやかで、シンプルにおいしかったんです。数年前までは“やさしさ”や“なつかしさ”がネガティブに捉えられかねない時代でしたが、今は“やさしくて何が悪い”という時代に変わり、人々の舌も様々な食に触れて細やかになっている。家飲み需要も含めこれは令和にフィットすると感じました。そのやさしさをベースに35年前の発売時の自信を借りてデザインしていったら、自然と“レトロだけど新しい”パッケージになりました。レトロに見えるこのロゴもフェニックスマークも期間限定の復刻版ではなく、実はこれまでの歴史の中にはない2021年からのオリジナルです」(田中さん)
“幸運の不死鳥”は、蘇りの象徴でもある。1986年の発売当時、危機的な状況にあったアサヒビールを復活に導いたこと、そして2021年の現在コロナ禍にある人たちに復活のエールを送りたいという、2つの意味を込めた。「その他にも手に取りたくなるデザインの方程式を総結集したり、生ビールらしさを強くするいくつかの秘密を盛り込んでいます」(田中さん)
新商品開発部の水谷由布さんは「30年前から味を知っている人、今のビールユーザー、これからビールに触れる人、どの世代にも懐かしくて新しくコミュニケーションできるデザインになり、いわゆる“ジャケ買い”や、ビールをふだんあまり飲まない人にご購入いただくことも多いです」と話す。
本商品のビジュアルアイデンティティはパッケージにとどまらず、店頭でのPOPやテレビCMなどの販促や広告を通して展開されている。テレビCMでは、同社のアルコール商品では初となる新垣結衣さんを広告キャラクターに起用。CMでも、“幸運の不死鳥”のアイコンとロゴが大きく映し出される。
発売後、SNSでは「缶がレトロでかわいい」「おしゃれなので思わず買った」「懐かくも新しいデザイン」など、ビールの新商品ではこれまであまり聞かなかった声があがっている。
ビジュアルアイデンティティ・パッケージ
スタッフリスト
- ディレクター
- アサヒビール
- 企画制作
- 電通
- AD+D
- 田中偉一郎
- アカウントリード
- 久保信聡
- マーケティングプロデューサー
- 森祥子