パーセプションフロー・モデルの誕生――市場再創造への挑戦3(音部大輔)

12月1日に発売した音部大輔氏による新刊書籍『The Art of Marketing マーケティングの技法 ― パーセプションフロー・モデル全解説』。発売前から話題を集め、早々に重版が決まった本書に収録した、市場再創造のストーリーの最終回。

アリエールを担当する音部氏は、「除菌」というベネフィットの訴求で反撃を図ります。延期も失敗も許されない、極度のプレッシャーのなかで見出した手法が、パーセプションフロー・モデルでした。

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定価:2,640円(本体2,400円+税) A5判 304ページ

難易度の高いベネフィットをPRで訴求

このFGI(フォーカスグループインタビュー)をもって「除菌でいく」という方針を堂々と提案でき、またマネジメントの承認も得られました。直感的に「いける」と感じた人もいたし、いくばくかの説得を必要とする人もいましたが、数週間で、広告コミュニケーションの開発までこぎ着けました。

FGIでも観察されたように、除菌のストレートな訴求はほとんど響きません。その後の調査から、消費者は洗濯後の肌着に菌がいるとは考えていないことが分かりました。「除菌が魅力的に見える」状況とは、FGIで目の当たりにした「洗濯後の肌着に菌がいると、消費者が知っている」状況でしょう。

天日干しで滅菌した気分になっている、「洗剤で洗ってるんだから、菌なんかいないはず」と考えている、あるいはそもそも菌のことなんか気にしていない、などが一般的な認識でした。実際、このプロジェクトに関わるまで、自分たちもそう思っていたのです。天日干しについては「洗濯物に付着した菌が死滅するほどの日光であれば、人間にも相当なダメージがある」と専門家に教わりました。

天日干しでは菌はなくならないそうですが、それは専門家しか知りません。洗濯しても実は菌がいる、天日干しでも日光消毒にはならない、という認識が確立できればいいのですが、泥汚れや襟袖汚れと違って、菌が洗濯物にいることは目視できません。「洗濯物に菌が残っています」と理解してもらうには、30秒の広告では時間も短いし説得力も足りないと判断しました。

パーセプションフロー・モデルの誕生

除菌という機能はアリエールが投入可能な最大の資源で、唯一の突破口でしたが、通常の広告媒体では扱いづらいという性質をもっていました。それでも、うまく仕掛ければ強力な爆発力をもつアイデアであることも分かってきました。シェアは続落し、工場や営業の苦戦度合いも増していて、会社からのプレッシャーも私の内臓のきしみも緩むことはありません。延期も失敗も許されるものではないという、非常事態の環境下で見出した手法が、パーセプションフロー・モデルでした。

難易度の高いベネフィットも、段階を踏めば魅力を理解してもらえます。マーケティングの諸活動をたばねる全体設計図を開発したことが、多様な接点での連続的なブランド体験の、効果的な提供を可能にしました。のちに「戦略PR」と呼ばれることになる広報活動や、いずれアンバサダーやインフルエンサーと呼ばれるコミュニティ活性化の方法など、コミュニケーションを含むさまざまなブランド体験を、効果的に動員できました。テレビ広告や店頭販促などの直接的アプローチに加えて、広報などの間接的アプローチをうまく織り交ぜて、複雑な活動をうまく管理できるようになりました。

マーケティングを指揮することは、複数の楽器で構成されたオーケストラを指揮したり、多様な兵科で構成された部隊を率いたり、さまざまな領域の専門家が関与する大きな建造物を建築したりするのに似ていると思います。いずれも、楽譜や作戦図や設計図が必要です。大勢を巻き込んで複雑な活動を連携させるためには、構想を目に見える形で示す必要があります。

「除菌」で息を吹き返したアリエール

「除菌」はスケジュール通りに導入され、8%まで劣化していたシェアは3カ月で元の16%まで回復しました。パーセプションフロー・モデルの、初期型ゆえの不安定さは、営業の臨機応変な対応にすくわれました。主要な量販店ではそれぞれの営業担当者が「除菌」をうまく使って商談を進め、価格に依存することなく店頭露出を回復しました。「除菌」という新しいベネフィットを量販店バイヤーの期待につなげたのは、タッグを組んできた本社勤務の営業リーダーと営業部門の大きな功績です。

製品の開発と製造を担った研究開発チームや物流チームの奮闘、マーケティング予算や全体のP/L(損益計算)を助けてくれた財務チームの活躍も不可欠でした。直属の上司が社内外からの多様な圧力や要求から守り続けてくれたアプローチは、のちにマーケティング担当副社長やCMO(最高マーケティング責任者)として前線のブランドチームを支援する際に大きなヒントとなりました。マネジメントがブランドチームを支援するというのは、ブランドマネジャーを押しのけて細々と指示をするのではなく、ブランドマネジャーができない領域の仕事をするということです。

さまざまなプロフェッショナルに支えられ、「除菌ができる洗剤の方がいい」という認識を確立できたことは、ブランドチームの大きな自信になりました。自分たちが提案した「いい洗剤」の新しい定義は、消費者に受け入れてもらえたのです。導入半年後には「汚れが落ちる」「適当な価格である」に続き、前年には存在すらしなかった「除菌ができる」ことが洗剤にとって重要属性として調査にあらわれました。

そして、そうした変化に呼応するようにシェアも上昇していったのです。重要属性の順位が転換することで、「いい洗剤」の定義が変わり、市場が再創造されることに気づきました。以前、アタックが小型化の技術をもって「小さい洗剤がいい洗剤だ」と市場を再創造したように、アリエールは「除菌」という属性の重要度を高めて「除菌ができる洗剤がいい洗剤だ」と再創造することができました。

(終わり)

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音部大輔(おとべ・だいすけ)
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役

17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング組織強化やビジネスの回復・伸長を、マーケティング担当副社長やCMOとして主導。2018年より独立し、現職。消費財や化粧品をはじめ、輸送機器、家電、放送局、電力、D2C、医薬品、IP、BtoBなど、国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略を支援。博士(経営学・神戸大学)。
著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)。

 

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