極限状態に追い込まれたときの反応を自覚しておく
権八:先ほど、「緊迫する場面において」とおっしゃったじゃないですか。
野口:はい。
権八:やっぱり緊迫する場面があるんですか?
野口:ありますよ。例えば、スペースシャトルは最終的に135回上がって、ロシアのソユーズはその桁がひとつ上ぐらいの数を打ち上げているので、非常に信頼性が高いわけです。事故もありますけども。
スペースXも、今はすごく流行ってるっていうか、もてはやされてるので、揺るぎない存在のように見えます。けれど、ほんの2年前までは世界の宇宙関係者から「スペースXはまだまだ先長いな」と思われた、海の物とも山の物とも分からないくらいでした。スペースXは細かい失敗も多く、「どうなるか…」と思っていたところで、快進撃が始まったのも2019年から2020年。実はコロナ禍に入ってからですよね。
一同:へえ~。
野口:ですから、実は新しいんですよ。そういう意味では、なんといっても歴史が浅いので、先ほど言ったようなディスプレイも一生懸命つくってくれているんだけど、表示の仕方がまだ完全にはこなれてなかったりするんです。実際に打ち上がった直後、データの表示ミスではないものの、コンピューターの判断エラーが出てきたこともありました。本当に打ち上がった直後、ロケットエンジンが止まった後に船内の冷却系が全部止まったっていう。
一同:おおっ!
野口:手順書通りであれば、次の周回でもう地球に帰んなきゃいけないっていうエラーで、「3年ぐらい訓練して、たった90分で帰んのか」って思って。「今回短かったな」みたいな。
一同:ははは。
野口:そんな話をまさにしようかと思ったとき、仲間の飛行士がデータをすぐに確認して、「別のページで確認したら、そっちはおかしくなってない。だから、おそらく冷却系も問題ない」と。異常があった場合、トップのページに「故障」と出るアルゴリズムで、それが甘いんじゃないかっていう話で、すぐに地上に確認して。
彼は優秀なパイロットでデータを再確認し、結果として異常がなかったので、そのまま先に行くことになりました。でも、我々は宇宙船に何か異常があった場合は自分の残り時間を、瞬時に計算するわけですよね。当時も、このままだと2時間で宇宙船がオーバーヒートして、4人とも死ぬと。だからこそ、次の周回で戻らなきゃいけなくて、そのためには今何を始めなきゃいけないかを計算し始めていました。
ただ、一方で冷静に「コンピューターはこう言っているけど、本当にそうなのか」と確認したのは、すごくよかったと思います。
一同:すごい!
権八:さすが、っていう感じですよね!
中村:そうですよね。パニックですよね!
権八:もちろん、トラブルが起きたら冷静に対処するといった訓練をされると思うんですけど、メンタルのトレーニングもあるんですか?
野口:そうですね。そもそも宇宙飛行士は、突発的な状況にどう対応するか、あるいは身体的、精神的にストレスがかかる状況ではそれに耐えること以上に、その状況になったときに自分がどう反応するかを知っておくことが大事。
まさにおっしゃられた通り、パニックになるという状況では、ワーッとなっちゃう人と、黙っちゃう人と、あとは悲観的になる人がいます。追い込まれたときの身体的な反応は、分かりやすくいうと、徹夜が続いたときにどうなるかかと思います。機嫌が悪くなる、判断力がなくなる、ドカ食いする、泣き上戸になるなど……。いろいろあると思うんですけど、身体的や精神的なプレッシャーがグーッとかかったときに自分がどうなるかを、しっかりと自覚しておくことが大事だと思いますね。
反応自体は自分の性格なり、持って生まれたスタイルなので悪いことではなく、例えば僕は割と無口になるんですね。そうなったとき、自分は追い込まれていると思います。でも、危機的な状況で、特にアメリカ人はワーッと口数が多くなるというか、コミュニケーションをしっかり図りたい人が多い。そこでひとりだけ黙ってると、逆に周りに心配させちゃうわけですよね。「実は合意してないんじゃないか」「もっといいアイディアがあるのに、言えないでいるんじゃないか」といった感じで。
だからこそ、自分の追い込まれ具合をしっかり認識しておく。コップがあふれる寸前なのか、まだ大丈夫なのかが分かると、少し客観的に見直して落ち着けますから。
澤本:すごいね……。極限だからね、やっぱり。
権八:極限すぎる……。
船外活動で起こった予想外の出来事
澤本:野口さんは今回、船外活動されていたじゃないですか。
野口:そうですね。4回目ということで。
澤本:具体的に、今回はどういう活動をされていたんですか。
野口:これまでの3回は、主に国際宇宙ステーションの組み立てだったんですよ。なので、国際宇宙ステーションを大きくするために新品の部品を持っていって、組み立てていく。そういう意味では、中心部での仕事だったんですね。
それが、国際宇宙ステーションも打ち上げてから23年経っているので、交換するものも多い。なので、今回はほぼ100%メンテナンスなんですよね。
国際宇宙ステーションの太陽電池パネルは20年前のもので古くなっています。この10年で太陽電池の技術革新は一気に進んで、今は従来の半分のサイズなのに倍の発電量というイメージ。それに古い太陽電池はどんどん劣化するので、新しいのにしなきゃいけないと。ただ、国際宇宙ステーションを建設した当時は現在ほど長く運用する計画はなかったんですよね。
新しい太陽電池を取り付けるのも、新品をガシャッと外に付けるだけなら簡単ですが、今ある土台を組み替えて付ける必要がありました。もちろん地上で図面を見て作業手順の確認などをあらかじめしますが、持っていった部品が20年前のボルトの穴に合わないといった問題もどうしても出てきます。20年前に打ち上げたときは太陽電池を増設することは考えていませんから、ボルトの穴があるのは分かってるけれど、状態までは確認できていなかったんです。
実際に、国際宇宙ステーションの一番端っこまで行って、太陽電池パネルの根元を、言われた通り締めても締まりませんでした。そんな作業を7時間ぐらいかけて、最終的には力技でしたね(笑)。
一同:ははは。
野口:「こんなところで土木工事みたいなことをやるんだ」と思いながら、力技で締めて帰ってきました。
中村:一応、同じと思われる型を地上で用意していくんですか?
野口:そうなんです。本当におっしゃる通りで、同じと思われる部品も図面もあって。ただ、地上では問題ないのに、宇宙ではその通りにいかない。
中村:そこでもまた、パニックになりますね。
野口:「えっ?」っていう感じです。
澤本:予想外のことが常に起こるんですね、宇宙は。
野口:そうですね。
〈END〉後編につづく