――創設以来掲げている「AI×クリエイティビティ」ですが、5年経過したいま、その意義をどのようにとらえていますか。
ACRCセンター長 和田純一氏 「AI×クリエイティビティ」はむしろ重要性を増していると思います。「AI」というフレーズが過熱した時期を過ぎ、具体的な融合のあり方が、少しずつではありますが、示せるようにもなってきました。
これは広告主企業で起きている変化とも共振しているように思います。というのは、認知度や好意度の向上を目指すブランディング広告と、具体的な成果につなぐためのダイレクト広告の、片方だけではなく、両方を融合させていかなくてはならない、という課題感がある。
「面白いね」「ワクワクする」「好きだな」――広告を通じて、消費者にそんなふうに言っていただけるのはもちろん喜ばしいことです。ただ、「それでどんな成果があがったのか?」という問いにも、企業は答えなくてはなりません。一方、ダイレクト広告は、成果を追求する反面、好感形成までは担えないこともしばしばです。
収穫ばかりで、土を耕したり、種をまいたりしなければ、いずれ頭打ちになります。耕してばかりで収穫しないのもダメで、逆もまた真なり。どちらも必要であり、しかも一貫して行う必要があります。それぞれの担当が別々の方向を向いていたらうまくいきませんよね。
従来、ブランディングを担っていたのがマス広告で、それが(狭義の)クリエイティビティとされてきました。また、過去のデータを基に最適解を出すのがダイレクトだとすれば、それはAIのほうが得意とする分野です。「AIとクリエイティビティの融合」は、ブランディングとダイレクトの融合と相似したものとも言えるかもしれません。
――昨年、一昨年と、世界的な広告賞でも高く評価されました。
クリエーティブ領域担当執行役員 篭島俊亮氏 広告賞というのは言うまでもなく受賞することだけが目的ではないのですが、評価の場に出すという、ひとつのチャレンジではあります。
われわれ経営陣としては、電通グループの勝ち筋はクリエイティビティにあると強く信じています。それがきちんとできているか、クリエイティビティを発揮できているかを見極めるための試金石のようなものかもしれません。
テクノロジーの世界は日進月歩で進化していますが、それって面白いの? 社会や人々にとって良いことなの? という点はクリエイターが補足するものだと思うんです。体温のあるもの、気持ちの動くものにすること、それがクリエイティビティ。我々はちゃんとそれができているか? という審査の場に出たかったわけです。
――広告賞を受賞した横浜八景島の『“名画になった”海 展』(2019年)や、ヤフーと実施した『TEHAI(てはい)』(2020年)といったプロジェクトはAIを活用した事例でした。
和田 実現力という点でも、AIは強力な味方だと示してくれたケースだったと思います。というのは、社会が抱える課題に限らず、一般的な企業のコミュニケーション施策においても、まず課題を設定しますよね。そしてそれを解決するための核となる強いアイデアを策定する。そして実行(エグゼキューション)する。
たとえば横浜八景島の『“名画になった”海 展』(2019年)は、同社グループの「仙台うみの杜水族館」で実施したものです。同館は常設で「世界のうみ」というコーナーがあって、オセアニアやヨーロッパ、アフリカ……と地域別に生き物を展示しています。
片や、海ではいま廃棄物による汚染が深刻化していて、2050年にはプラスチックごみが海に棲む魚の量を超える恐れすらあると。そんな海を、各地域を代表するような、たとえばゴッホや葛飾北斎、ゴーギャンなど誰もが知る画家が描いたら、とても心に訴えるものになるのではないか。『”名画になった”海 展』は、そんな企画でした。
ACRCの部内コンペで出たアイデアだったのですが、もしAIがなかったら、仮にアイデアがよかったとしても実現できなかったわけです。ある意味AIが実現させてくれた企画。
その半面、アイデアの重要性を示してくれたとも思うんです。「プラスチックごみ」も、考えてみればテクノロジーが産み出した問題ですが、それを各地域の海を紹介している「仙台うみの杜水族館」が、AIというまた別のテクノロジーを使って、来館者の心に訴える。このストーリーにこそ価値があって、それは「AIがゴッホの絵を再現しました」というだけでは生まれません。実現手段で人の心が動くわけではないのです。
篭島 AIは、ゴッホの筆致のデータを大量に学習して、それに基づいて新たなゴッホの作品を見せることができます。しかし、「いまプラスチックごみの問題について水族館が訴えかけるとしたら、どう表現するべきか」について決める能力はありません。
たとえばデジタルトランスフォーメーション(DX)でも、手段が目的化して、気づいたら迷子になっているといったことが多々起きていますよね。誰が、何についてDXを起こし、どんな理想像を実現できるとよいのか。それを策定するクリエイティビティが欠けてしまっているからかもしれません。DXをAIに置き換えても同じなのだと思います。
広義の広告において、その能力は、やはりクリエイターが持っている。その実現の大きな手立てとしてAIなどのテクノロジーがある。それはひとつの構図だと思います。
――ACRCの組織もこうした「融合」の考え方に基づいて変化したとか。
和田 いま在籍している人数は110人ほどです。電通デジタル全体から見れば5%くらいでしょうか。かなり増えました。
篭島 元々はデジタルマーケティング、デジタルクリエーティブをやっていたメンバーが中心だったのですが、電通からクリエーティブディレクターやコピーライター、プランナーも多く加わりました。また、2021年7月の電通アイソバーとの合併によって、顧客体験領域に強いクリエーターたちとの交流も増え、電通デジタル内には多様なクリエーターが刺激し合える環境が整ってきました。これはACRCにとっても大きくプラスに働くと考えています。
立ち上げ当初はマス広告畑、デジタル畑と分かれていたのですが、いまは混合してチームを編成しています。そして和田がセンター長に就いて打ち出したものとしては、WCD(ダブルクリエーティブディレクター)制があります。
WCD制は、ひとつの案件に対して、ダイレクトとブランディングそれぞれに精通したクリエーティブディレクターをペアで置くというものです。自分たちで言うのもなんですが、とても良い成果やシナジーが出ています。
和田 それぞれの領域だけでも高い専門性が必要ですから。2人1組で取り組んだほうが、クライアントの成果にきちんと貢献できます。マス広告のアイデア、発想力、心を動くものを作る、ということと、数字に照らして精緻に結果を出していくこととの両輪を備えるのは、現況に照らしてみれば当然と言えるかもしれません。
――ACRCは今後、どんな方向に進むのでしょうか。
和田 立ち上げ当初から「AI×クリエイティビティ」を掲げていますが、それは今後も継続します。その上で私の解釈を込めるとすれば、AIやクリエイティビティといった、一見二律背反しているものを融合させて、新しい価値を生み出すこと。それがACRCの存在価値だと考えています。
ひとつお手本になるのは、藤井聡太竜王です。かつて、プロ棋士がAIに敗北を喫したことがありました。世の中もいつAIが人間を超えるか、そんなところに注目していたのではないでしょうか。
しかし藤井竜王は、棋士が見せているものはもっと広いと。対局からは、指す手の巧拙だけではなく、棋士の苦悩や人生をかけたドラマを見せているんだ――そんなことを話していました。たしかに我々が心動かされるのは、そうしたドラマです。そして、心を動かすのが、広告の仕事です。
藤井竜王はAIをうまく活用して未踏の領域を拓こうとしている棋士でもあります。それはそのまま、クリエイティビティにも置き換えられる。広告クリエイティブはまだまだ進化を遂げられるはずです。
ACRCは、あくまで「アドバンスト(進化した)クリエーティブ」を冠しています。AIとの融合で進化することに主眼があるので、表現方法だけの活用に限る必要もありません。
篭島 デジタルの世界では、電通デジタルが電通グループを引っ張らないといけない、そういう自負もあります。その上で、もしかするとクリエイティビティにおいても、電通グループの各社が良いライバルかもしれないし、これは、という最新事例を作れたぞ、というものを打ち出していかねばならないと思いますね。
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