(写真左から)
吉野家CMO
(株)グリッド CEO
(公)日本スポーツ協会ブランド戦略委員会委員
田中 安人 氏
オークローンマーケティング
代表取締役副社長
青谷 宣孝 氏
オリックス
グループ戦略部門 テクノロジー統括部
戦略デジタルマーケティング 担当部長
尾澤 恭子 氏
スープストックトーキョー
代表取締役社長
松尾 真継 氏
?野家のCMOである田中安人氏がリーダーを務めた「CMO X VISION」のチームではMVVの謎を解き明かすという壮大なテーマに挑んだ。同氏考案の独自フレームワークをもとに進められた議論を通じて見えてきたこととは?
田中:私たちのチームでは「ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)」の謎を解き明かし、誰もが利用できて組織運営に活用できるような知見を得ることを目的に議論を重ねてきました。最近では、例えばパーパスといった言葉も使われたりしますが、多種多様な言葉が登場し、その定義・解釈がわかりづらくなっているという課題があると感じています。
そこで私たちのチームでは、各社のMVVの活用方法、成功事例と失敗事例を共有しながら、その謎に迫ろうと考えました。
私は?野家のCMOを務めていますが、個人としてビジョン経営を支援するグリッドという会社を経営し、そこで各社のMVVを整理し、浸透させるための方法論をメソッド化しているので、ここで使用しているフォーマットの一部【図1】を使いながら皆さんと議論を重ねてきました。まず青谷さんからオークローンマーケティングのMVVを紹介していただけますか。
青谷:当社は「ショップジャパン」というテレビショッピング番組を企画・制作する通販事業を展開しています。そのステートメントは「明日を、もっと、ハッピーに!」で、ミッションは「世界中でより豊かなライフスタイルを実現する」。それを踏まえた、ワクワクできる未来の姿であるビジョンは「お客さまの理想の暮らしをかなえたい。お客さまをワクワクさせたい」でると考えました。こうした未来を実現するため、私たちは世界中から魅力ある商品を探してくる発掘力、商品を広くお客さまにお伝えするためのテレビのようなメディアを開発する力。さらに、その商品がどうお客さまにとって、より豊かなライフスタイルを実現することになるのか、ストーリー制作力といった力を養ってきたと考えています。そこでバリューは創造力、多様性、向上心、起業家精神、おもてなしの心の5つであると考えました。田中さんが作成したフォーマットに当てはめて考えてみると、日々の行動や組織文化など、実はすべてが一気通貫していたのだと実感しました。
田中:結果を出している組織は、明文化されていなくても、MVVがすでに構造化されているケースが多いのです。青谷さんのケースは、まさにその好例だなと思います。松尾さんのスープストックトーキョーは2016年にスマイルズから事業分化し、別会社化されて以降、松尾さんが社長を務めていらっしゃいます。そのタイミングで、「世の中の体温をあげる」という経営理念を設定したそうですね。
松尾:僕たちはしょせん、ただのスープ屋だと思われているかもしれないけれど、もっと価値ある存在になっていきたいと考えて設定した企業理念です。スープを飲むと、身体が温まりますが、そうしたモノとしての価値だけではなくて、関わると心の温度まであがるような存在を目指したい。僕らは、その実現のために働いているのだ、ということを皆に伝え続けることが僕の仕事だと考えています。
田中:事業継承のタイミングで、MVVなど見直す企業が多くありますが、スープストックさんも事業継承のタイミングで経営理念を設定したのですね。
松尾:スープストックはスマイルズの創業者である遠山正道が立ち上げた事業で、私は2004年に店を客として利用し、本当に素敵な商品や可能性があるブランドだと感激して入社を決めました。入社した直後、朝礼に参加すると全員が遠山の今週のスケジュールをメモしているのを見て違和感を抱いたのを覚えています。遠山にカリスマ性があるがゆえの光景でしたが、そこばかり見ているフォロワーの集団では会社は成長しえないと思ったのです。事業責任者や社長を任されていくなかで、トップダウン型ではなく、みなが「スープストックは自分のブランドなんだ」と自分事でやっていけるようにするべきだと考えるようになりました。芝居でいうなら、皆が輝く舞台を提供する総合演出が社長である僕の仕事。遠山は脚本を書いたシェイクスピアのような存在。遠山は「ロミオとジュリエット」のように、「スープストック」という演目を書いてくれた訳ですが、その「ロミオとジュリエット」は演者や演出方法を変えれば、テーマは不変でもまったく違う表現にアップデートすることができるものです。僕は、その「スープストック」という演目のテーマの本質を「世の中の体温をあげる」ことであると考え、それを理念に据え、社員一人一人が主役の舞台にしたいと思って演出しています。
田中:尾澤さんが所属するオリックス複合金融事業を展開する大企業です。事業内容も多角化していますが、MVVをどう捉えましたか。
尾澤:オリックスは1964年にリース事業から始まった会社ですが、他の銀行ができないこと・やらないことに着目し、その時代に合わせてお客さまに喜ばれることは何かを探しながらサービスを拡充してきたと聞いています。最初、田中さんからいただいたフレームワークを埋めてみようとしたとき、社内にいろいろな言葉が存在し、うまくできなかった。そこで社員を巻き込んでワークショップをしながら、言葉を入れていきました。その結果、ブランドスローガンとして使っている「ほかにはないアンサーを。」という言葉が最も社員の中に浸透していることがわかりました。そこからステートメントやMVVを埋めていったのですが、「ほかにはないアンサーを。」だけでなく、他の言葉もWebサイトなどすでに載っていたものでした。それにも関わらず、なぜ最初は会社の全体像が見えなかったのかと考えたのですが、その背景に「自力で学ぶ」というカルチャーがあることがわかりました。常に「自分で答えを取りに来なさい」という姿勢の中で、社員が自立性をもって仕事に取り組み成長してきた会社なのであることが理解できました。
田中:MVVというフレームを埋めることが大切なのではなく、経営者と現場が言語を統一するための概念が必要なのだということですね。
青谷:話を聞いてMVV的なものが形成されていく過程には2パターンがあるように思いました。例えば織田信長が「天下布武」という旗印を掲げ、そこに共鳴する人を集めるようなスタイルは、企業でいうとサントリーさんの「やってみなはれ」とか、私たちオークローンマーケティングもそうかもしれない。一方でオリックスさんの「ほかにはないアンサーを。」のような言葉は創業時からあったわけではなく、これまで世の中にないサービスをつくっていくうえで、自然とたどり着いた答えだったのではないかという気がしています。
田中:ありがとうございます。これまでのディスカッションの中で、松尾さんと青谷さんが表層化した言葉を言霊になるまで昇華させて反復することが大事ということをおっしゃっていたのですが、私もこれが本質だと思っています。経営者は年に1回、年次総会で話せばよいか、くらいに思っているかもしれませんが大切なのは情報の量。言霊になるまで言い続けることが大事かと。
青谷:なぜ反復が大事であると発言したのかを考えたのですが、お経に近いものがあるのかもしれません。なぜ、お経は何百回も何千回唱えるんだろう?と考えるとき、結局は口に出して言うことは、徐々に自分の体の中に浸透していって、行動が変わると思うんです。
尾澤:オリックスの社内で「朝令“朝”改」という言葉をよく聞きます。最初、聞いた時は朝令暮改の間違いじゃないか?と思ったのですが、実際に働いていると、それくらいのスピード感で物事が進んでいく会社なのだと理解できました。最初は、方針が変わると焦りましたが「朝令朝改だから」という言葉をたびたび耳にする中で、納得して行動に移すことができるようになりました。言葉として発する、そして耳で聞くことの繰り返しが人の行動を変えていくのだと私も思います。
田中:それぞれの会社のやり方は違うものの、共通項は見えたと思います。この共通項を抽象化して、自組織に導入していく一番大事だと思います。本当に素晴らしいメンバーと半年間にわたり、深い議論ができたこと感謝しています。