語彙力を失わせるほどの「いい」映画はどう生まれたのか(ゲスト:今泉力哉・志田彩良)【後編】

名女優たちの持つ演技へのこだわり

中村:今泉監督の役者さんにある程度自由に振舞っていただくみたいなところで言うと、それこそ石田ひかりさんや西田尚美さんは、いいシーンがめちゃくちゃ多かったんですけど、監督からすると思ってたようなシーンがつくれていたんですか?それこそ「あっ、こういうふうになったんだ!」みたいなことになったのか、それか演出も加えていたんでしょうか。

今泉:実は自分の今後の課題でもあるし、本音になっちゃうんですけど……。

中村:大丈夫ですよ。言いたくなかったら、はい。

今泉:若い俳優さんって、自然に芝居をするとか、芝居をしない芝居みたいのができる人が多いんですよね。

中村:はいはい。

今泉:ただ、ある年齢より上の方とかとご一緒すると、「もっと芝居やらないでください」って言うと、「いや、お芝居ってするものだから、しないってどういうこと?」みたいな人が多いように感じるんです。

一同:ああ~。

今泉:そこの演出をどういう言葉でやるかは、今後も課題だなと思ってます。

中村:つまり、ちょっとお芝居っぽくお芝居しちゃう人に、「もっと抜いてください」っていう演出が難しい?

今泉:そうですね。やることが当たり前だったり、あとは監督が求めるものをやるっていうのが、その方たちの基本だったりすることも多いので。「おまかせで」って言われたときにできない方もいるんですけど、西田尚美さんは『あの頃。』(2021)という映画でもご一緒してましたし、今回ご一緒した方に「おまかせ」をすごく嫌がる人はいなかったのでやりやすかったです。石田ひかりさんも全然そういう感じじゃなかったですね。

あと、これは本当に裏話も裏話なんですけど、石田さんは、本当に俺、『あすなろ白書』(1993年、フジテレビ)見てたんで……

一同:はいはい。

今泉:テレビで見ていたので、それこそ「さん付け」どうこうじゃなくて、「石田ひかりだ!」みたいな(笑)。これ、俺が思ってるだけかもしれないんですけど、石田さんは陽と初めて母親が会う場面の芝居を、テストのときからむちゃくちゃ試してきてるのが分かったんですよ。娘に気づくか気づかないかのニュアンスを、毎回細かく芝居を変えてこられて。

一同:へえ~。

今泉:「今、ちょっとさっきより(娘に)“気づき”ましたけど、どうですか?」という会話や言葉はなかったんですけど、それに俺が気づけるかどうかだなとは思っていましたね。勝負を挑まれてる感じだったんで、「あの~、今のはさっきよりもたぶん気づいた感じでやったと思うんですけど、もうちょっと気づかない方向で」とか。「今のは全く気づいてないと思うんですけど」みたいな。

「これはもう試されてるし、気づけてる」「昔の俺は絶対気づけなかったけど、今の自分は気づける」と思ってました。「石田さん、さっきより娘だってことに気づいた芝居を今したと思うんですけども~」と言ったら、石田さんも「そうしたの。さっきよりやってみました」っていう会話になったので成り立ったと思った。めちゃめちゃ試してきたな~と思って(笑)。

一同:ははは。

今泉:分かんない! 事実は分かんない! でも、あれは気づけてよかったと思ってます。石田さんは「別にそんなことしませんよ」って言うかもしんないですけど、テストのときにそのバランスを試されてる、っていうと言葉が悪いですけど、いろんなパターンで監督がそれに気づくかをやってくれていました。多分気づけなかったら、全部同じ芝居だって見る人なんだなって、思われた可能性もあるのかなと。俺はそう思ってたんで、その会話ができたりしたのはすごく良かったですね。もちろん、「自分はこれが正解だと思います!」みたいな人じゃないんで。こちらが言った通りに繊細に芝居を変えてくださいました。ちょうど撮影も最終日だったんで、俺はめっちゃ緊張感を持ってやってましたね。

中村:それを聞いて、また映画見ると面白いかもしれないですね。石田ひかりさんが志田彩良ちゃんに気づくか、気づかないかっていうポイントを。

今泉:そうですね。お母さんが。

志田:確かに。

中村:絶妙ですね、あそこ。

今泉:そこは、「娘に気づかない母親っているのかな」みたいな、いろんな話をしたなかでつくっていきました。それは石田さんだけじゃなくて、菊池亜希子さんも。あまり演出しないで菊池さんの温度で、美子っていう役ができたり。原作の窪美澄さんも菊池さんをすごく褒めてくださっていました。結婚して家に入ってきて、家をうるさくする母親みたいな役だから、やろうと思えばガサツにやることもできるし、うるさくすることもできるんですけど、あの温度でやってくれたのはすごく気持ち良かったです。細かい言葉ひとつとっても、菊池さんとは「できたな」っていう感覚はありましたね。

澤本:キャスティングで言うと、菊池さんが一番、「この役やるんだ」ってびっくりしました。見たときに、「これ、菊池さんかな?」って最初疑ったぐらいなんですよ。

でも、その感じが監督のつくられる、僕ら的に言う「あまりにリアル」っていう雰囲気ともすごく合っていて。菊池さんのお母さんは良かったし、志田さんと一緒にお話されてるシーンとかすごく好きです。

志田:本当ですか! 初めて小説を読んだときの美子さんの印象と、事務所の先輩である菊池さんに抱いていた印象が全然違かったので、初めは「美子さんを菊池さんが演じるんだ」と思っていました。ただ、実際ご一緒させていただいたら、空気感から完璧に美子さんだなって。本当に素敵な先輩でした。

今泉:細かいことやってますね、菊池さんは。本当に。画集を見ながら「陽のお母さんはすてきな絵を書く人だね」といったセリフがあって。完成した映画では、そのセリフを編集で切ってるんですけど、そのシーンのテストの時に、相手の志田さんの方を見ずにセリフを言ってたんですけど、俺がちょっとした修正点を伝えようと思って「こうしてほしい」って演出を言いに行こうとしたら、セリフを言う時に「(志田さんを)見た方がいいですか?」って言われて。それって「私、多分見ては言えない」というか、見ないで言いたいってことで、「俺も全然そっちでいいと思います」と言ってたんですけど。あ、修正しようと思ったところはその視線の部分ではなかったので。つまりは、そのセリフが実は邪魔で、十分気持ちは伝わっていて、相手を見て言うとお世辞になっちゃったりするっていう判断をなさっていたんだと思うんです。その辺はすごい細かいし、これはできないって思ってくれてるのもすごくいいし。菊池さんに限らずなんですけど、現場でそういうことが1個1個確認できるとすごく感動するし、みんながそうやって考えてくれてるのは大きいなと思いますね。

次ページ 「オススメする言葉が見つからない稀有な作品」へ続く

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