ベストセラー作家による魂の叫び「普通にできないという呪いが解けない」(ゲスト:燃え殻)【前編】

焼酎4杯で出てくる本音

権八:僕は知らなかったんですけど、燃え殻さんがおばあちゃんに褒められていたっていうのが、実はキーワードなのかなと。先ほど「友達がいなかったんで」とおっしゃっていましたけど、厭世的というか、世の中に対して斜に構えたようなイメージがあるんです。

燃え殻:はい。

権八:でも、実はすごく肯定されて、褒められまくって育ったっていうのは、意外だけど、いろいろ合点がいったっていうか……。

燃え殻:あっ、そうですか?

権八:だって、ただ単に嫌な感じの文章では全然なくて……。やっぱりどこか突き放しているようでほっこりしてしまったり、温かみがあったり。本人を前にして褒めるのは、気持ち悪いと思うんですけど(笑)。

燃え殻:褒められるの好きなんで、大丈夫です(笑)。

権八:今おばあちゃんとは?

燃え殻:もう亡くなったんですけど、ばあちゃんは本当嘘つきでした。「嘘つきでも、面白かったらいい」みたいな人だったんですよ。

権八:それはもう、そのまんまご自身ではないですか。

燃え殻:もう、まんまですね。飲み屋で言ってることが昨日と今日で違うみたいな人でした。僕らの頃はJRじゃなくて国鉄だったんですけど、国鉄のおっさんたちにも嘘ばっかついて、ボトルを入れさせるのが好きでね。

中村:なるほど。

燃え殻:もう何でも褒めてくれるんですよ。何やっていても。僕、昔キーホルダーを集めていて、母親は「そんなに集めてどうすんだ」ってずっと言うんですけど、ばあちゃんは「いや、いっぱい集めてキーホルダー屋やればいい」「素晴らしい」って褒めてくれる。

中村:いいですね。

燃え殻:ちょっと絵を描いても、「将来、絵描きになるな」って(笑)。

権八:それはいくつぐらい?

燃え殻:小学校2年~3年ぐらい。

権八:燃え殻さんが「蝶よ花よ」って褒められて育ったのは意外だったけど、燃え殻さんもご覧になったって言ってたじゃない、さっき早稲アカデミーのCM。どうですか?

燃え殻:感動しましたね。ただ、さっきの権八さんの話を聞いて、そう言えば、俺も40歳超えるぐらいまでは何かになりたいって、夢すら思ったこともほぼなくて。工場でバイトして、その後にテレビのバックヤードでずっと働いていたんで、何か夢をっていうよりも、言われたことをやるのがすごい長かったんです。「自分はこういうことやるんだぞ」って、何かに目がけてやるみたいなことが全くなかったんですよ。そう考えると、僕も「そうじゃない方だったな」って思いますね。

権八:そうなんですよ。

燃え殻:「それでもいい」っていう感じ。だから、「夢はないけど、そういうものを考えられるような自分になるまでやってみるか」みたいな感じが面白いのかもしれないですよね。そっちの方でやってきたかもしれない。

権八:はいはい。

燃え殻:まだ分かんないから保留でいいや、みたいな。ここまでで諦めるんじゃなくて、悩んだら一旦保留にしようってね。

権八:はい。

燃え殻:そうやってきた気がして。そういえば僕、小説を書く前ぐらいからずっと会ってなかった友だちにこの間会ったんですよ。小説を書いたって話をしたら、彼は全然驚かなかったんです。「お前そういうことやりたい。けど、できないって言ってたよ」って。そう言ってはいたんですけど、努力もしてなかった。ただ、諦めてもなかったんです。

権八:はいはい。

中村:分かる……。

燃え殻:「飲み屋のたわごとだろ」と言われたら終わりなんですけど、飲み屋で焼酎4杯ぐらい飲んで調子が出てきたときに言う夢ってありますよね?

中村:ありますね。「俺、小説書きたいんだよね」みたいな。

燃え殻:ドトールでは言えないけど、濃いめの焼酎4杯ぐらいいったら出てくる夢って、あるじゃないですか。それがほとんど本音だと思うんですよ。

権八:はいはい。

燃え殻:実は、僕の知り合いに40歳超えて「野球選手になりたい」っていうヤツがいるんです。松坂(大輔)まで引退したのに、まだやりたいか、みたいな。酔うとマジで言うんですよ。でも、今は印刷会社の営業をやっているんですね。その営業成績がどうしたっていうのも嘘じゃないと思うんです。でも、どっかでガーンってなったとき、酔っちゃうと「野球選手になりたい」って思うんですよ。そういうときの夢は、諦めないで持っていていいって思います。それがいつか実現するかもしれないから、今日とりあえず生きる。とりあえず頑張るか、みたいなね。

中村:めっちゃ分かりますし、燃え殻さんはそれを焼酎4杯飲まずとも行動に移してね。

燃え殻:飲んだかもしれないですよ(笑)。

中村:飲んだかも知れない(笑)。

権八:もっと飲んでると思う(笑)。

ベストセラー作家が語る小説を書きはじめたきっかけ

中村:それで2017年に、ついに『ボクたちはみんな大人になれなかった』でデビュー。これがベストセラー&Netflix映画化ということで。

権八:そうなんですよ。

中村:そうです。2021年11月5日劇場公開&Netflix全世界配信。すごいっすね!

権八:これ、あんまないことなんだよ。

燃え殻:日本初らしいですね。

権八:初!すごいじゃないですか。

中村:どういう戦略なんだ?という。劇場とNetflixが食い合っちゃうんじゃないかって思いますが……。

権八:確かに。なんでだろう。

中村:なんでだろう、とは思いますけど。

権八:でも、その方が話題になるしね。

燃え殻:海外では普通にあるんですけど、日本では今までなかったみたいです。

中村:主演が森山未來さんと伊藤沙莉さん。もうめちゃくちゃ素敵な映画。映画の話にいく前に、この小説はどうして書き上げられたんですか?

権八:どういう経緯で書きはじめて、どこで載せたとか……。いろいろありますよね。

燃え殻:最初cakesというところで載せたんですけど、仲良くさせていただいていた作家の方がいて、その人に書いた方がいいと勧められました。

中村:加藤(貞顕)さんじゃなくて。社長の。

燃え殻:違います。樋口毅宏さんに書いた方がいいと言っていただいて。その後編集の人がついて書くことになりました。

でも、書いたことはないですし、小説もそんなに読んだことがなくて。どうしようと思ったんですけど、そのときに編集の人が、「『皆さん』みたいに、みんなに読まれるんじゃなくて、『あなた』みたいな誰かに読ませる、夜中のラブレターでやろう」っていってくださって。それで仕事終わり、寝ないでちょっと書いたり……。起きてそのまま顔洗う前に書いたり……。恥ずかしさに追いつかれる前に書く、みたいなことをやってました。

中村:分かります。

権八:分かるんだけど、すごいよね。ちょっとしたフレーズが叙情的だよね。

燃え殻:そんなことないです。

権八:恥ずかしさに追いつかれる前に書く、とか言えないよ。ポロっと。

燃え殻:そうかな。でも、なんか恥ずかしいじゃないですか。ほぼほぼ自分のこととかを書いていたんで。

中村:そうですよね。

次ページ 「普通にできないという呪い」へ続く

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