ベストセラー作家が教える日常のネタの見つけ方
権八:この小説の題名であるところの、「大人になる」「大人になれよ」、あるいは「大人になれなかった」って思ったりするところと関係があるような気がするんですけど、大人になれなかったな~って思っていらっしゃいます?
燃え殻:両方ありますね。「つまんねえ大人になったな」って思うときと、まったくもってガキというか、19歳くらいから変わってない部分もある。「まだ駄目か俺」っていう。「まだ落ち着かないのか、そこ」って部分があったりね。無駄に怒ったり、あの子かわいいなとか言っちゃったり……。
権八:いいじゃないですか。言っちゃっても。
燃え殻:自分が思っていた40代と違うってことありません?
権八:あります、あります。ありますよ。全然あります。
燃え殻:レビューで「『ボクたちはみんな大人になれなかった』とか、言ってんじゃねよ」みたいな感じで書かれていたんです。「キモいな」みたいな。でも、何て言うか……。すげえつまんねえおっさんになったって自覚あるから、「大人になれなかった」って言っている。それこそ、焼酎4杯飲んで嘘ぶくみたいな。そう言いたいときもある。「そう言わせてくれ、分かってるよ」って。洗面所に行ったら嫌でも分かるんですから。自分がクソじじいになったのが。でも、何かどこか変わってないって願いでもあるし、そういうところだってあるんだ、って思いたい。その両方ですけどね。ストレートでとっても欲しいし、嘘ぶいたところもあるなみたいな。そう思うんですよね。
権八:でも、それは燃え殻さん独特の文体というか。これだけ自分の内面とか掘り下げて叙情的に書いているから、ちょっとナルシスティックになりそうなところを、絶妙なバランスで自虐というか。自分を客観視して馬鹿にするじゃないですか。だから、読んでいて心地いいっていうか。
燃え殻:ありがとうございます。
権八:普通のことを書いてても独特で。なんでそうなったんですかね、本当。他にいなくないですか? こういう文章を書く人いるんですか。
燃え殻:いや、分かんないですけど。「ちゃんとしなきゃいけない」「ちゃんと見せたい」って思いも昔はあったんですけど、今はほとんど諦めてる。それで楽になれてよかったってぐらいに思っているんですよ。カッコつけるのをやめたっていうか。40も半ばを過ぎて、もういいだろうってね。そこに関してはちょっといい諦めが入りはじめて、その頃に小説を書き始めたんで。
権八:それまで本当に書いていないんですか。
燃え殻:全然書いたことないですね。
権八:へえ~。
燃え殻:『ボクたちは~』も書けたときは嬉しかったんですけど、その後に週刊連載の仕事がきたんです。けど週刊連載は絶対できないと思いました。でも、需要っていうか、受注産業だと思ってるんで。きたらやってみて、駄目って向こうから言われるもんだと思う。ある程度本当にやばかったら言おう。ただ、やらないで言うのもなんだし、とりあえずやってみようみたいな。日々、苦肉の策、苦肉の策、苦肉の策ですね。
権八:すごいですよね。
燃え殻:いや、たぶん追い込まれたら、ここまではできますね。分かりました、僕。
権八:本当ですか?
燃え殻:やり方は分かりました。
権八:ははは。教えてください。でも、エッセイを読んでても、エッセイの人格と私小説の人格が正直そんなに変わらないっていうか……。全く違う人もいるかも知れないけど、世の中には。だからエッセイを小説の延長線上で読めるし、エッセイの燃え殻さんご自身が小説にも登場してくるし。不思議な魅力ですよね。
僕がもうひとつすごいと思うのは、エッセイも毎週のようにネタが尽きないじゃないですか。「ネタ、どうしてんだろ」って。やっぱり記憶のストックとか?
燃え殻:マジでないです! 今日とか昨日って、普通に働いていたときは「1週間何もなかった」とすぐ言っていたんですよ。けど、そうすると来週書くことないじゃないですか。やばいじゃないですか。だから、マジで考えるんですよ、マジでいろんなものを見るようにするんですよ。そうすると、昨日と今日は違いすぎるんですよね。
権八:どういうことですか。
燃え殻:全然違うんですよ、本当は。でも、なんか似てるって、言っちゃうんですよ。同僚も昨日と違うみたいなことはないじゃないですか。でも、話していることは違うじゃないですか。そこだけを捉えて、同僚の人格まで書いちゃうみたいな。そういうことをやっていると、全然違くなってくるんです。そうすると、誰でも書けると思います。
権八:ご自身の同僚さん、後輩や部下が作中にもいっぱい出てくるじゃないですか。つまり、あの出てくるエピソードは本当のこと?
燃え殻:本当のことが絶対入っていないといけないと思っています。さっき話した小説とエッセイがそんなに変わらないっていう話がすごく重要だと思っていて。Twitterも人格って言ったら変ですけど、あんま変わんないんですよね。
権八:変わんないですね。
燃え殻:知ってる要素があるとみんな衝撃が少ないんで、読んでくれるんですよ。
権八:はいはい!
燃え殻:小説だと、そこに創作がめちゃくちゃ入ってくるっていうか。『これはただの夏』にもすごく入っている。
権八:そうなんだ。
燃え殻:ただ、ドキュメンタリーだけだと、ちょっとつまんなくて、フェイクだけだと今は敷居が高い。だけど「フェイクドキュメンタリー」ぐらいだと、みんなちょっと付き合ってくれるんですよ。「ドラクエ1やったから、ドラクエ2もやってみようか」みたいなね。ルールを分かってくれるというかね。『これはただの夏』の内容はほぼ創作なんで……。
権八:あ、そうですか。
燃え殻:主人公も全然違う職業で良かったんですよ。良かったんですけど、同じ方が違和感もないかなって。たぶんノイズが少なくて済むかなと思って。「そういうことなんだよね」「お前が書いているんだよな」みたいな。それぐらいの方がいいんじゃないかなって思っています。
権八:いいですよ。おっしゃる通りで。抵抗感なく入っていけるし。気持ち悪いと思うんですけど、僕、全部追いかけているんで。破綻しないですよね、人格が。
燃え殻:そうですね。ここから破綻もすると思うんですけど、基本的には同じような世界感を担保していた方が、ノイズが少ないだろうなと、取り組んでましたね。