ターゲティングで疲弊する前に
米アップル社のブラウザ「Safari」ではすでに、米グーグル社の「Chrome」でも2023年までに段階的に廃止される予定の「サードパーティ(第三者)Cookie」。代替手段も提案されているが、「むしろいまこそ、基本的なメディアプランニングへ回帰するとき」と指摘するのがSMTのビジネスプロデュース部部長・竹中義和氏だ。
Cookieを活用したリターゲティング広告は、既存顧客やたまたまWebページを見た人までを追いかけ回してしまい、顧客層が広がらないばかりか、場合によってはブランド毀損にもつながってしまう。それは多くのマーケターが感じている課題ではある。
「それにもかかわらず目先のパフォーマンスのみを追求するかのような行動になっているのには、いくつかの原因があります」と竹中氏は語る。
「ひとつは眼前の成果を求められるあまりに潜在層を開拓する施策に手を出しづらいということ。もうひとつは、新規顧客を得ようにも、その対象顧客セグメントが不明瞭であったり、セグメントは明確でもどうすればアプローチできるのか、どこにいるのかがわからないということ」(竹中氏)
両者は〈PDCAを高速に回す〉といったことを隠れ蓑に、広告の運用結果・数値に応じて延々とセグメントやキーワードを変え続けることにもなりかねず、無駄な支出が生じやすい。
仮にトクホ(特定保健用食品)なら、健康が気にかかっている人に接触するのが正攻法。しかし機能の細分化が進み、いまでは市場には多くの製品があふれ、回り回って結局その商品の何が誰にとってどう良いのかを伝えることが難しくなっている。そうすると、なんとかしてWebサイトに訪問してもらって、その後、ずっと追いかける、結果購入されればとりあえず正、ということになりがちだ。
「しかし、商品の本質的なターゲットをきちんととらえていかなければ、長いブランドに育てることは困難だ、ということは多くのマーケターが感じている課題ではないでしょうか。ひるがえせば、長いブランドは、そのときどきのユーザーの本質をずっととらえている、ということでもあります。それは、『ピュアナチュラル』のpdcの事例で、実際に紹介されていたことです」(竹中氏)
スモールマスを見つけ出す
ターゲットとすべき層が明確なブランドは強い。2021年6月末時点で主軸のコンパクトホットプレートが累計販売台数246万台を数えた「BRUNO(ブルーノ)」もそのひとつだ。同ブランドではトースターやブレンダーなどの調理家電シリーズを展開。ブランド伸長に伴い社名も旧来のイデアインターナショナルからBRUNOへと改称した。
数多ある調理家電の中で、『BRUNO』がこれだけのヒットブランドとなったのは、セグメントが明確だったからだ。
「『BRUNO』のターゲットセグメントは、ギフト関心層やホームパーティが好きな層であるとか、子どもも一緒に料理を楽しむといった層です。成長性のあるセグメントを選び、つなげることで市場を大きくする戦略であることを、同社の星野智則常務執行役員に紹介いただきました」(竹中氏)
当初からセグメンテーションして商品開発をしているため、どんなブランドでも簡単にマネできるわけではない。スモールなコミュニティ、徹底して、囲い込みに行くというような戦略だからこそ、特定ターゲットに対して強い支持を得られるのだ。では、すでにあるブランドの場合、どうすればいいのだろうか。竹中氏はこう語る。
「ターゲットをどこに置くかを自分たちの見える範囲だけで考えてしまうと、あまりにも情報が少ない。ましてや、経験などから、主観や思い入れが強くなってしまいがちです。しかし、同じカテゴリーの製品でも、ユーザーがどのようにそのブランドへたどり着いたかは、実は大きく異なることは珍しくありません。現在、このブランドに集まっている人は、ほかにどんなことに興味があるのか? その興味・関心の向かう先こそが、本質的なセグメントを突き止める大きなヒントになります」(竹中氏)
SMTが提供する「デジタルマーケティング施策診断サービス」は、親会社SMNが開発した「VALIS-Cockpit」により、これまで蓄積した4億ユニークブラウザ、3500億レコードのユーザー行動データと、AI(人工知能)技術によって、特定の商品サイトを訪問したり、特定のフレーズを検索したりした人が、前4週間、後1週間にどんな興味を持っていたのかを可視化できる機能を持っている。人間のバイアスを排除しながら、客観的にユーザーの態度変容の姿をとらえることができるのだ。
実際の分析で見えた違い
SMTで分析したところ、インナーウエアなどを手がけるチュチュアンナでは、18歳〜24歳の女性は、大きく「恋愛」への興味関心から始まり、「おでかけ」や「働く女性」「コスメ興味」などに分かれながら、「インナーウエア」を経由してブランドに着地していることがわかった。これは25歳〜34歳に変えると、その様相が変わる。
資生堂の化粧品ブランドでも同様だ。「エリクシール」や「マキアージュ」といったブランド名が含まれるコンテンツへの接触の前は、同じ化粧品興味でも異なる特徴を持っていることがわかった。
さらに資生堂の場合は、直感的に想起される化粧品の口コミサイトや、コスメ情報サイトなどを排除した場合、より深層の需要と思しきユーザーの探索行動も見えてきている。
「こうした客観的な情報をもとに、本来、自社の見込み客はどのような価値、情報を求めているのかをあぶり出していきます。そして、そうしたターゲット層を多く集めているメディアを選定する。自社CRM内やサイト内、サイト来訪者だけでなく、サイト外の分析も行い、そのデータを基にセグメンテーションをして、メディア選びやコンテンツ作成をすること。言うなれば広告活動においてマーケターが今まで見たくても見られなかったことや、持てなかった視点の獲得をAIなどのテクノロジーで支援する、という点に主眼があります」(竹中氏)
メディアは広告主に何を提供しているのか?
「Cookieが使えなくなって本当に困るのは、実は広告主やメディアです。しかも、ここ5〜6年でDSPやSSPが浸透したため、ここまでお話したようなセグメンテーションやメディアプランニングができる人材が乏しくなってきている。そんな危機感が現場にはあるのです」と竹中氏は指摘する。
広告が1回露出されることの価値付け、平たく言えば値付けも機械化された。しかし、誰もが理解しているとおり、見込客に露出できるのと、既存顧客やセグメント外の人に露出するのとでは、その価値は大きく違う。購買検討の最終段階なのか、まだこれからブランドを知って、より興味を持つ段階なのか、でも異なるだろう。こうした要点をきちんと定量的、定性的、客観的に説明できることが、いま改めて求められているのだ。
「逆に言えば、これはメディアにおけるピンチでもあり、チャンスでもあろうと思います。自分たちのメディアにどんな経路で読者がやってくるのか。何を求めているのか。きちんと読者のことを把握しており、彼ら彼女らにどんな表現を届ければ、どんな反響があるのかを理解しているメディアにとっては、ある意味で『Cookie廃止』はチャンス。実はSMTでも、あるメディア読者がどんな感情情報を有しているかの研究は始めています」(竹中氏)
広告は単なる情報発信ではなく、受け手がいて、その後に意識が変わったり、行動が変わったりという双方向性を持つ。誰に何を言うと、どんな反応があるか、まで含めてのコミュニケーションだ。
「コミュニティ形成ができるのがメディアの価値。では、そのメディアにはどんな関心事項を持つ人が集まっているのか? 本質的に自社ブランドに魅力を感じてくれるのはどんなコミュニティか? この2つの点を結んでいくことが、効率的に新規客を醸成していくことにほかなりません」(竹中氏)
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