アイデンティティのレベルに着目すると、ターゲットの解像度が一気に高まる
――富永さんは、音部さん著『The Art of Marketing マーケティングの技法』 を読まれたそうですね。
富永:読んで、非常に緻密だと思いました。 音部さんが書くこと、話すことはいつも緻密だと思っていましたが、今回の「パーセプションフロー・モデル」は最高峰の緻密さ。最初に「パーセプションフロー・モデル」的なことを着想してから、ストイックに検証と改善を繰り返してきたのだろうことが伝わってきます。ですから、「パーセプションフロー・モデル」をフレームワークとして捉えると、その価値が矮小化されるのではないかと危惧しています。
おそらく、今回の書籍では「パーセプションフロー・モデル」や「ブランドホロタイプ・モデル」といったところに光が当たりがちと思うのですが、音部さんは本著の中で、一貫して生活者が持つ複数のアイデンティティの“どこ”に注目すべきかを重視されていると思いました。
マーケティング戦略を立案する際、「ターゲット」という言葉を使いますが、対象者のデモグラフィックな属性や、ライフスタイル・志向といったところでセグメンテーションするのが一般的ですよね。でも、人に働きかけることを考える時、こんな雑な話はないと思っていて…。
「父親としての富永」と「会社の同僚としての富永」と「音部さんの友人の富永」は全部、ひとりの富永ではあるのだけれど、それぞれ置かれているシチュエーションや関係性によって、自分のアイデンティティのなかでも、どこを強調するかを誰もが調整している。なので、その時々によって自分の欲しいものが変わってくるわけですが、音部さんはきちんとそこに向き合っているのだなと感じます。
ターゲットに関する解像度はアイデンティティのレベルまで上げないといけない。その理解があるから、ブランドが持っている複数の特性の中でも、どこに焦点を当てればよいか見えてきますよね。ターゲットに相対するときは、アイデンティティのレベルまで解像度を高めることができれば、マーケティングプロセス全体の意図が明確になるし、施策実施後の検証もしやすくなるし、社内の他部門やメーカーであれば流通に対して等、説明のしやすさが変わると思います。そういう意味で、メーカーのマーケターの方だけでなく、営業の人や流通の人なども必読の1冊だと思います。
音部:ありがとうございます。いつも通り、意図を理解してもらい、的確に読み込んでいただいていてうれしいです。いま、富永さんに触れてもらったアイデンティティ、「自我」の部分の話は、きっと富永さんはお好きだろうな…と思っていました(笑)。
実はまだ検証が完全には終わっていない、ちょっと挑戦的な考えも示したのですが、その部分について富永さんがどう思われたのか知りたいです。
本書の中で、主語がブランドである「機能・性能」と主語が消費者である「ベネフィット」は違うということを書いています。そして、この区別はそれなりに経験を積んできたマーケターでも難しいということに触れました。
様々な製品カテゴリーで多様なベネフィットが考えられますが、私がちょっと挑戦的と言ったのは、ベネフィットの類型についての項です(本著:P274で詳述)。
具体的にはいろいろなベネフィットがあるのだけれど、概念化してまとめてしまえば普遍的な3つの類型に分けられるのではないかと提起しました。
「個人」の快体験に関するベネフィット(能力を使い、整え、強化する)、「社会」的な快体験に関するベネフィット(他者や社会との関係をよくし、期待に応える)、「代理」による快体験に関するベネフィットの3つです。
富永:この話、斬新だと思いました。あの本に書かれている内容の中で今後、思わぬ方向に進化していく可能性を一番感じたのはそこでした。
よく、どうやってブランドをつくっていくのか?という説明で認知から始まっていくピラミッドで解説することがありますよね。このあたり、片山さん(ダイキン工業・片山義丈氏)の『実務家ブランド論』でも触れられていて、「知らない」状態から始まって「知っている」「嫌いではない」「なんとなく好き」「約束」でシンプルに解説をされていました。
ピラミッド内部をどこまで詳細にするかは、いろいろありますが、とはいえピラミッドのどのステージにあるか?で、提示すべきベネフィットを説明していくのが一番、早いのかな、と思っていました。が、音部さんの見解を聞いて、そうではないのかも? と思ったんですよね。
音部:巻末に「戦略」「マーケティング」「ベネフィットと機能」「ベネフィットの類型」「ブランド」「ブランドホロタイプ・モデル」「成長」の7つのテーマについて解説する、コラムを入れています。富永さんが「あのページから読むとよい」とおっしゃってくださったのですが、最初20くらいあったのを絞り込んで、あの7つが残ったので、さすがよく読み込んでいただいていると思いました。