「ノイズ」を避け、より良い判断をするにはどうすべきか?
前回のコラムでダニエル・カーネマン、キャス・R・サンスティーン、オリヴィエ・シボニーの共著である『ノイズ』について紹介し、マーケティングの現場でもこ人間の臨床的判断に基づく限り、ここに紛れ込んでくるバイアスやノイズ、そして無知について注意することを解説してきました。
今回のコラムでは、このような問題に対してマーケターがどのようなアプローチをしていけば、バイアスやノイズのエラーを避けて、正確で精度の高い判断ができるのかについて、他のマーケティングの論者の例も含めて紹介していきたいと思います。
ノイズを避けるための遅いシステム2を用いた「統計的思考」
カーネマンは、プロフェッショナルな仕事に就く人たちが判断する方法を「臨床的判断」と呼び、それが主にシステム1による直観的な速い思考によって行われると主張しています。そして、そのパターンは判断する側による主観的な「因果論的思考」であり、その結果が「異常」でない限りにおいて、ほとんど知的な努力がなされていないことを指摘していました。そしてこの判断と思考のプロセスには、バイアスとノイズが入り込む原因になり得ると言うのです。
カーネマンは判断において通常、人間がしているこの思考のパターンには死角があることを痛烈に批判しています。彼が皮肉っぽく「因果論的」という言葉を使うのは、言葉の見せかけ上は論理的で筋が通っているように見えても、「いかようにも都合のよい原因を引き出せるから」と考えがあってのことです。また、わかりやすい原因を見つけ出せなかった時でさえ、人は自分の想像する「空白を埋めることによって説明をなんとかひねりだそうとする」傾向にあり、それが人間の「世界を理解する」というやり方であるというのです。
これらの指摘は、マーケターにとっても耳が痛い話です。マーケティング活動の結果として、起こった消費者の行動がもっともらしく説明ができるからといって、その原因をもって未来の行動の予測ができないのであれば、結果的には「次に起こることはわからない」ということになります。実務に即していえば、どれだけ消費者行動を理解している人でも、それをもとに確実に成功するマーケティング戦略を実施できないのであれば、それは「因果論的思考」と言わざるをえません。
したがって、これと対照的な、より知的な努力を要する、すなわちシステム2の遅い熟考を使ったより客観的で批判的な判断があれば、そのようなバイアスとノイズが介入する事態を最小限に抑えることができるというのがカーネマンの主張です。では、その思考法とはどのようなものでしょうか。
カーネマンはこのシステム2が必要な思考を、「統計的思考」と呼び、それを行うことを「統計的視点を取り入れる」もしくは、「外部の視点を取り入れる」と説明しています。この統計的思考には、専門的な訓練が必要で、因果論的思考に比べて、意思的な努力が必要です。
たとえば、ある消費者の行動の結果があったとすると、それが一連の「自然な」出来事の結果とは考えず、その消費者と同じ特徴を備えた他の消費者の大量のデータを分析したうえで、それが統計的に起こり得るかどうか、みなすというアプローチです。
そもそもノイズとは、このような他と比較したうえで出てくる統計的な結果のなかから現れるもので、通常の因果論的思考には一切出てこないものなので、ノイズを自覚するためには、このような統計的思考が必要です。これは、具体的に言えば、その消費者と同様のひとたちの「基準率」を知ることで、その個々のケースがどれだけ確率的に起こりやすいかを示すものです。
「外部の視点を取り入れる」とカーネマンが言うのは、ここで因果論的思考にはなかった「参照点」が導入されるからです。これまでは個々の消費者やケースを単体でとりあげて行動の理由を考えるのではなく、そのケースと同様のものを多く見つけることで、その行動の可能性は「外部から導入された」基準となる参照点から考えて、どれだけ確率的に高いか低いかを考えられるからです。