オーランド・ウッド氏による「右脳」と「左脳」のクリエイティブ判断の構造化
この点においては、昨年このコラムでも紹介した英国の調査会社System1のオーランド・ウッド氏が主張した効果的な広告クリエイティブを「右脳的特長」として構造化した見方が参考になります。ウッド氏はSystem1のCIOとして、著書の『lemon.』(2019年刊)やそれに続く『Look out.』(2021年刊)において、10年以上、カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルの受賞作品や、イギリスやアメリカで受賞歴のある広告と一般的な広告のデータを収集するだけでなく、それらの広告がブランドに実際どのようなビジネス上の変化をもたらしたかという事例を「統計的視点」で追跡調査しています。
彼が英国のIPAのピーター・フィールド氏とともに見出した事実は、「2008年以降、広告のクリエイティブ効果が年々減少している」という事実です。そしてこの事実の背景を、表現の要素を脳神経学的な視点で、大きく「左脳的特長」と「右脳的特長」に分けて分析しています。ウッド氏はこれらの要素に分けられたクリエイティブに対して統計的視点からそのビジネス効果との相関関係を検証したところ、「広告の効果を下げるのは左脳的特長の要素が多いクリエイティブである」と結論付けています。
そして2008年以降、広告のクリエイティブ効果が減少している背景に、左脳的特徴の要素の増加があると示しています。
ウッド氏のアプローチは、従来のような広告クリエイティブに対する主観的な臨床的判断に頼るのではなく、あくまで実際の広告群に現れた要素を客観的に分解し、その要素が現れた大量の広告のデータと実際のビジネス結果を統計的思考によって照らし合わせてはじめて、「右脳的特長の要素が多い広告の効果が高い」という主張をしているのです。
このウッド氏の見方が、カーネマンが主張しているバイアスやノイズをなるべく排除するアプローチに沿っていることは明白です。このような作業や把握は決して簡単な知的作業ではありません。そしておそらくここでの発見は、効果の予測においても精度が高いことが想像できます。
この「判断を構造化して捉える」という視点は、カーネマンがいう人間の過剰な一貫性というバイアス(なんでも自分の想定通りに理屈をつけてしまう因果論的な思考)を避けるためには欠かせないものです。このような構造化の視点は、優れたマーケターは必ず持っているもので、それを元に統計的思考で分析し判断することが大事だと教えてくれます。
人間の直観力は判断の最後に取っておくもの
最後にカーネマンは人間の直観的判断について、かなり批判的ではあるものの、決して活用してはいけないとは言っていません。しかしながらそれは判断においては、最後までとっておくもの、として順番を強調しています。人間の直観力は確かに優れてはいますが、最初にそれを使ってしまうと、バイアスやノイズが入りやすくなるからです。
そのためにまずは「外部の視点」である参照点や、自分とは違う他者の客観的な判断を構造化したうえで検討するプロセスが必要です。ここでは集団の多様性や独立性を保つために、判断そのものは集団で意見を過度に共有しないことも大事になります。そうでないと少数の声が大きい人や立場が判断に大きくバイアスやノイズを与えることになります。直観力というのは、これらのすべての材料がそろったうえで活用してこそ、その力を発揮できるものです。このことはマーケターも肝に銘じても良いのではないでしょうか。