「母になるなら、流山市。」は優れたコンセプトだった(河尻和佳子×田中淳一)

自治体による観光キャンペーンや地元企業による産品のプロモーションなど、「地域」の案件に特化して企画立案から制作、実施までの進め方を紹介する書籍『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』が1月に発売されました。発刊を記念し、千葉県流山市のマーケティング課長、河尻和佳子さんと著者でクリエイティブディレクターの田中淳一さんが地域の課題解決の方法について話し合いました。
 
流山市が「母になるなら、流山市。」をキャッチフレーズに都内で広告展開を開始したのが2010年度のこと。10年超にわたって取り組み、メディアに注目されるとともに移住促進で成果を上げています。対談ではコンセプトの重要性や、パートナーとの仕事の進め方に話が広がりました。

定価:1,980円(本体1,800円+税)
四六判 273ページ

 
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社会課題の解決に結びついたコンセプトが必要

田中:「母になるなら、流山市。」の広告が出て十数年が経ちます。最近もテレビ番組で紹介されていますが、そのイメージが定着し、成果を出し続けていると感じます。河尻さんは、その理由をどのようにお考えですか。

河尻:プロモーションは、実態が伴わなければ長く続けられません。「母になるなら、流山市。」は、子育て世帯にターゲットを絞ったメッセージですが、同時に子育て担当部署が保育園などの新・増設などの環境整備を進め、コミュニティ創出の場づくりもしてきました。10年以上経って、今も評価をいただいているとすれば、広告と実態が伴っていくよう流山市全体で頑張って取り組んできたからかな、と思います。
 

河尻和佳子
流山市役所 総合政策部マーケティング課 課長

大学卒業後、東京電力に入社し14年間、営業、マーケティング等を担当。流山市に移住したことをきっかけに任期付職員公募に応募し、前例のない自治体マーケティングの道に入る。首都圏を中心に話題となった「母になるなら、流山市。」広告展開や、母の自己実現を応援する「そのママでいこうproject」、年間16万人を集客する「森のマルシェ」の企画・運営などを手掛ける。

 
田中さんの著書『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』を読んで、共感するところばかりでした。冒頭に書かれているコンセプトの重要性はそのひとつです。

「母になるなら」「父になるなら」は子育てだけでなく、親である自分自身がどう自分らしく生きるかというテーマに向き合う覚悟を持って出しました。今思えば、これも紛れもなくコンセプトだったと感じます。「母だから、父だから」という役割と自己実現のはざまで悩む人が少なからずいるという課題に選択肢や多様な事例があるかもしれないと発信を試みたとも言えます。

知名度を上げるために炎上覚悟で発信を強化することも一つの方法ではあるかもしれませんが、きっと長くは続きません。あまり見えていないけれど“社会課題”とされているものに対して、自治体として地道に取り組んでいかないと、長く続く取り組みにはならないと思っています。いま説明しているように当初は頭の中で整理できたわけでありませんが、この本を読んで、「答え合わせ」をさせてもらっています。

2021年12月に開設した流山市ブランディングサイト「ながれやまStyle」

田中:それは嬉しいです。あのコピーを初めて目にしたのは、確か僕が地域の仕事を始める少し前だったかと思います。河尻さんが言うように、あのコピーには、流山市は東京からも近いし家も取得しやすいといった“実態”が伴っています。

今こそ子育て支援も充実しているという自治体はたくさんありますが、当時、それをあのキレのいい言葉で世の中に訴えた街はほかにありませんでした。すごく明確で、コンセプチュアルで、しかも、マーケティング的にも実効性のある言葉でしたよね。それをプロモーションに置き換えられているというのは、巧みだなと感じていました。
 

田中 淳一
POPS クリエイティブ・ディレクター/東北芸術工科大学客員教授

宮崎県延岡市出身、早稲田大学卒業後、旭通信社(現ADK)入社、営業本部を経て制作本部(コピーライター)に転属。38歳でクリエイティブ・ディレクターに就任。2014年にCreativity for Local, Social, Globalを掲げPOPS設立。松山市、鳥取市、今帰仁村、登米市、高知県など38都道府県以上でシティプロモーション、観光PR、移住定住施策などの自治体案件や地域企業、NPO団体のクリエイティブ・コンサルティング、企業ブランディング、プロモーション、商品開発などを手がける。

 

地域の課題は、一つとして同じものはない

河尻:ありがとうございます。今回の本を書かれたきっかけにも通じることだと思いますが、自治体の仕事を担当する上で、どのような点を心がけてきましたか。

田中:自治体の仕事では、年度単位で担当者が変わってしまうという経験をしているため、3年や5年といった期間を見据えて風雪に耐えるようなコンセプトを立てることを意識しています。ほかにも、地域住民の方々や庁内の各部署など、多方面のステークホルダーに配慮しなければならないご担当の立場を踏まえて、そこをうまく飲み込みながらも“強いメッセージ”を出すということや、自治体が持っている課題を見失わないようにプロモートし、プロモーションの中に取り入れていくことも意識してきました。

また、誤解を恐れず言えば、河尻さんのような「共犯者」を作ることを重要視しています。前向きにこの街を良くしたいと思っている人がほとんどだと思うので、その意思を汲んで、一緒に伴走しながら盛り上げるように心がけています。

河尻:なるほど。もうひとつお聞きしたいのですが、地域によってプロモーションの手法は異なるものなのでしょうか。それともいくつかのパターンがあるのでしょうか。


田中:地域ごとに解像度を上げて見ていくと、地域の課題や地域が持っているポテンシャルなど、環境が同じ場所など一つもないので、その地域に合ったものを都度考えていきます。課題の解像度をグッと上げていくと、自ずと施策はそこ特有のものになっていくのは、経験上感じているところです。

河尻:私もそう思います。私自身も失敗をしたこともありますが、よその「いいところ」を移植して何かをやろうとすると、全然定着しないし、応援してくれる人も出てきません。脈々とその地域に流れている歴史や風土みたいなところは絶対に無視できないですし、ちょっと編集は必要ですが、それこそがオリジナリティであり地域のブランドなので、同じ施策は一つとしてないと思います。だからこそ面白かったりするんですよね。

流山市民や関心のある人を対象にしたオンラインコミュニティ「Nの研究室」をFacebookグループ上に開設

 
田中:おっしゃる通り、他の真似をしてしまうと生活者の方が「自分たちのものじゃない」ってすぐ気づくんですよね。そこには河尻さんも含め、僕たちのような自治体のマーケティングに関わる人はもっと敏感に、それを察知する感度は持ってないといけないと思います。

地元のクリエイターを起用したい

河尻:地域の仕事を手掛ける際にクリエイターのスタッフィングについて心がけていることはありますか。

田中:企画にもよりますが、なるべく地元の人にどこかのポジションに入ってもらうようにしています。その地域の人に関与してもらうことで、クリエイターとしての味方も増えて、その人が一つのハブとなって広がっていくことも想定しています。

地域のデザイナーやコピーライターがクリエイティブディレクターと仕事をする機会はなかなか少ないと思います。「こういうやり方や考える方法もあるんだ」ということを知ってもらうことで、僕が関与しなくなっても違う仕事のやり方とか、地域の課題についての解決の仕方が広がるかもしれません。やはり人は、頼られると頑張るものです。頼られることで、その人の新しい可能性が開くこともありますから、地域の仕事の場合は積極的に地域を頼るようにしていますね。

河尻:私たちも市民の皆さんに参画いただくことがありますが、自分の住む地域で何かしらの「役に立ちたい」という強い思いを持っている方が多くいらっしゃいます。地元のクリエイターと一緒に取り組むことで、意外な化学反応が生まれるかもしれませんね。

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