マーケティングが拡張する時代、広告会社の役割は変わる!? 笠松良彦氏×木村健太郎氏×音部大輔氏鼎談【前篇】 

消費者のパーセプション(認識)の変化に着目してマーケティング活動を設計する「パーセプションフロー・モデル」について解説した、音部大輔さんの著書『The Art of Marketing マーケティングの技法』。音部さんは長く、事業会社のマーケターとして実績を積み、その経験を通じて「パーセプションフロー・モデル」を始めとする著書で提示のマーケティングの概念・フレームワークを構築してきました。
それでは、こうした概念・フレームワークは事業会社のマーケティングをサポートするパートナー企業である広告会社側でも活用できるのでしょうか。笠松良彦氏、木村健太郎氏と音部大輔氏が議論します。

1話完結の「水戸黄門」から「スター・ウォーズ」型へと変化

――今回、笠松さんと木村さんと音部さんの鼎談を企画した狙いは、事業会社側のマーケティング活動をサポートするエージェンシー側の視点から見た、パートナー企業に求められる役割の変化を通じて、企業のマーケティングの変化を浮かび上がらせることができないか、と考えてのことでした。以前から、企業はパートナー企業に対して「統合的なマーケティング戦略の企画・実行をサポートしてほしい」という要望を持っていると聞きます。しかし企業内においてマーケティングがカバーする範囲が広がるなかで、「統合」と一口にいっても、その範囲も広がっているはず。マーケティング自体が拡張していく時代に、パートナー企業はどうクライアント企業に寄り添えばいいのか。そんな点を伺っていきたいと思います。

木村:まず広告会社自体の変化から話します。ざっくり言うと、広告会社は以前のような主に媒体の買い付けと広告の制作をする会社から、クライアント企業の事業成長支援全般を支援する産業に生まれ変わろうとしています。
すでに広告会社以外にも事業成長全般を支援する会社はたくさんありますが、僕たちが強みとして提供できるのはクリエイティビティだと思っています。「クリエイティビティを軸に企業の事業成長を支援していこう」「私たちはそういう産業に生まれ変わっていくのである」という流れが、ここ最近の大手広告会社の動きだったと思います。

それでは、どうやって事業成長全般を支援する体制を構築するかといえば、やはり一番得意なマーケティング・コミュニケーション領域を軸にしながら、そこを基点に上流と下流、双方に広げていく形になると思います。

上流はコンサルティング会社と領域が重なる部分ですが、パーパスの作成から組織づくりやビジネスプロセスまで踏み込んだ支援をできるようになってきました。
下流というのは、実践・運用領域と言われるシステム開発に始まり、CRMやコミュニティ運営などで、広告で認知を獲得した後の工程まで価値提供できる範囲を拡大させています。

音部:そうした流れの中では、広告会社にとって、クライアント企業との付き合い方も変わりますよね。『The Art of Marketing マーケティングの技法』で提唱した「パーセプションフロー・モデル」もブランド側がつくることが大切だと考えていますが、クライアントとの関係性が変わるなかで、マーケティングの全体設計図はパートナー企業側にとって、どのような場面で活用できるものでしょうか。

ある企業で研修をした際に、「『パーセプションフロー・モデル』に合意してあることで、クライアントの担当が変わっても中長期で施策の検証ができるので有意義だ」という感想をいただいたことがあります。そこで、木村さんの見解も伺いたくて質問しました。

木村:マーケティング・コミュニケーションだけ取り上げても、広告をつくって届けて、認知を獲得したその後まで、価値提供する領域が広がることで、仕事の時間軸が長くなっています。
昔の広告キャンペーンは「ワンクール」で完結するケースが多かったですが、フルファネルさらには購入した後も関係が続き、ファネルがループしていくような今の状況だと、マーケティング・コミュニケーションの提案も1話完結型ではなくなってきますよね。

今まではキーインサイトからアイデアを見つけて、コアメッセージをつくって、コアとなるエクゼキューションを企画して、統合キャンペーンが完成!みたいな、1話完結の「水戸黄門」的なつくりだったのですが、今は、エピソード1からエピソード9くらいまで続いていく「スター・ウォーズ」みたいになっているなと思います。

さらに、それぞれのエピソードごとにインサイトがあったりして…。「スター・ウォーズ」だって登場人物は同じでも、1話ごとに悩みも違って、それぞれのエピソードごとに違った成長をしていきます。これをマーケティングで言えば、「意識変容」にあたると思うのですが、音部さんのご本を読んで「パーセプションフロー・モデル」は「スター・ウォーズ」的な連続シリーズものだなと思いました。

エピソード1からエピソード9まで、それぞれにちゃんと生活者の意識変容というのがあって、そういうところが、今の広告会社が向かっている方向と合致しているなと思いました。音部さん的に言うと、たとえは「スター・ウォーズ」より「ガンダム」の方がよかったかもしれないですが…。

もうひとつ、ご本の感想として思ったことが徹頭徹尾、生活者視点で書かれているなということでした。マーケティングがデジタル化し、効果が見えるようになってくると、皆が数字で管理をするようになっていきます。でも数字を見すぎることで僕は、逆に「人が見えなくなっている」ことがあるのではないかと危惧していました。

その意味で「パーセプションフロー・モデル」は、徹底的に生活者視点であるところがよいなと思いました。博報堂では、昔から生活総合研究所などが中心になって、例えばエスノグラフィーのような観察手法を用いて、購買行動とは関係のないところまで生活者を理解する取り組みを進めてきましたが、これに近いくらい本音に迫っている。音部さんは「パーセプションフロー・モデル」を通じて、「人の物語」を描こうとしているのだな、と思います。

もちろん、広告会社が事業成長全般を支援する会社になっていこうとするなかで、KPIの設定やその達成状況の量的な把握は大切です。ですが、マーケティングにおいて数字はあくまで脇役、主役は人なのではないでしょうか。

例えば、飲料市場で言えば「日本には1億の喉がある」と考えるのか、「日本には1億の心がある」と考えるのか、によってマーケティングに違いが出てくると思いますが、音部さんは「1億の心がある」というスタンスで、本を書かれていて、そこにとても共感しました。

音部:例えるのは「スター・ウォーズ」でもあるいは「ガンダム」でもどちらも素敵ですが(笑)、いずれにせよ、エピソードもブランドも続いていく。その時に、木村さん的には「パーセプションフロー・モデル」はエピソードごとにあるのか、もしくは全体を貫いて1つ存在するものなのか、どちらの印象ですか?

木村:全体を貫いてはいるのだけど、分かれてもいるという感じではないでしょうか。
この話に関係するかわからないですが、逆に僕から音部さんに質問したいことがあります。
ひとつのエピソードの中にも、対象となる生活者によって複数の「パーセプションフロー・モデル」が存在しうると思うんです。「ガンダム」だって、アムロの話だけでなく、シャーが主役の時もランバ・ラルが主役の時もありますよね。

音部:全体を貫く共通の部分、例えばブランドに興味を持つ理由や再購入の動機などはブランドとしての全体に一貫していることが多そうです。ひとつのブランドに複数のエピソードがあるように、複数バージョンや製品群が存在する場合、固有の要素を含んだ亜種を用意することは正しいことが多いです。

木村:そこを、どう消化するのかなって、思いました。

音部:複数の消費者をどう反映するのか、というのはよく聞かれる質問です。いろんな消費者はいますが、結論的にはひとつでよいと思っています。そもそも、ブランドはひとつの「意味」であると理解できますが、その意味は多くの場合、ベネフィットと同義です。そして、全消費者をひとつのベネフィットで満足させられることはほとんどありません。
ということは、そのブランドが担当するのはかなり限定的な消費者層、つまりはターゲット消費者です。もし、そのブランドが依って立つベネフィットとは異なるベネフィットを求める消費者にアプローチしたいのなら、本義的には違うブランドを立てるべきです。

では、なぜ1本で良いのか。「蟻コロニー最適化」という言葉を聞いたことがありますか?巣から出てきた蟻は、最初はランダムに動くんです。その後、餌を見つけると、巣まで戻る道のりでフェロモンを出して印をつけておく。こうすることで次に巣から餌場まで行く際には、印を辿れば最短距離で行けるようになるんです。これが「蟻コロニー最適化」で、私はこの話を聞いた時に、「なるほど、これなら1本で大丈夫だと説明がつく。」と気づきました。「パーセプションフロー・モデル」は、最終的に蟻の群れが描くような最適な1本道を描けばよいのです。

私たちは「パーセプションフロー・モデル」を設計する側ですから、そうした最短距離を1本描いておけばよいと思います。ブランドがターゲットとする消費者が魅力的に感じるベネフィットを念頭に、最適なブランド体験を最短距離で提供するよう「パーセプションフロー・モデル」を設計する。もちろん、そこから逸脱するケースはたくさん出てくると思うのですが、本道に回帰してくれている限り、逸脱は追いかけていく必要がないと考えています。もし逸脱の方が多ければどうするか?それは、きっとパーセプションフロー・モデルに改善点があることを示唆しているのでしょう。むしろ、正解に近づけるチャンスです。

木村:なるほど。

音部:異なるベネフィットを充足させるなら、違うブランドをつくってしまった方がよいです。
「ファブリーズ」の場合にも、無香の「ファブリーズ」の「パーセプションフロー・モデル」をメインストリームにしつつも、微香性の商品が出た際、車用が出た際と、それぞれ異なる「パーセプションフロー・モデル」をつくっています。

笠松:著書の中では音部さんが「パーセプションフロー・モデル」に行き着くきっかけとなった、P&G時代のケースが詳述されていますよね。僕が印象に残っているのが、洗濯洗剤の「アリエール」の除菌を訴求するプロジェクトの話。除菌をそのまま訴求しても響かないけど、母親の自我になると「子供の下着や運動着は菌が少ない方が良い」と考える、という気づきがあったという話に、なるほどと思いました。

消費者として見ていた対象者が、母親の顔に変わるベネフィットを見抜いていて、目から鱗でした。「人は、しょせん猿だ!」というのが、僕の持論なのですが、そこで言わんとしていることは、マーケティング戦略において企業は、人をモノとして捉えがちだということ。人はしょせん動物なのだから、0か1かで簡単に切り取れるものではありません。
モーメントごとにいろんな感情や表情があるわけで、それがあるからストーリーが生まれると思うんです。僕も、家でぼーっとYouTubeを見ている時には、たぶんIQが2ぐらいしかないと思うんですよ…。でも仕事で企画書を書いているときだけは100ぐらいになると思う。そういう風に人は表情が変わっていく、だからストーリーがあるのだっていう部分がめちゃくちゃ大事。

そしてカスタマージャーニーマップと違って、「パーセプションフロー・モデル」を取り入れてみようとしてハードルがあるとすれば、それは対象者をモノと捉えるか人と捉えるかの違いにあるように思います。
よくあるカスタマージャーニーマップは、ブランドにとって理想の態度変容をどんどん書き込んでいく感じです。一方で「パーセプションフロー・モデル」は、どうすれば人のパーセプションを変えられるのか。顧客のインサイトを突く、気持ちのホットボタンを押すことを重視している。
人は本当に不合理な判断をする生き物で、家を買うときは100万円の差があまり気にならないのに、大根を買うときは2円の差が気になってしまいますよね。そういう「人」を対象にしているのだという前提で「パーセプションフロー・モデル」はつくられていると思いました。

音部:おっしゃる通りですね。笠松さんが指摘された、インサイトってなんとなく1ブランドにつき1個みたいに設定しがちなのですが、実はいろんなモーメントにインサイトがあったりする。笠松さんに的確に抽出していただいてうれしいです。

木村:笠松さんの指摘に僕も共感しました。よくグループインタビューで、ほとんどの参加者に「NO」と言われることがありますよね。僕も何度か経験があるのですが、でもグループインタビューでは否定されたのに、上市したら結果的にうまくいったケースって、結構あるんです。
人の行動って決してロジカルに説明できるものではない。アンケートやインタビューの場で言うことと、実際の行動は違うということなのだと思います。

笠松:人はいろんな表情を持っているものです。ですから今、見ている表情が本当の表情かもわかりません。でも、そんな「人」に寄り添うことが、音部さんがベネフィットという言葉に込めている意味なのだと思います

ベネフィットに関連して、もうひとつ思ったことが「ベネフィットは顧客が主語である。そして機能・ファクトは企業・商品が主語だ」という指摘も文字にしてもらって、とてもすっきりしました。加えて、機能ではなく顧客が主語のベネフィットを重視するようになると、戦う相手が以外に社内になるのではないかと考えました。

音部:それは、どういうことでしょうか。

笠松:社内の敵というのは、主には商品開発部門です。商品開発部門は非常にピュアに技術・機能開発に取り組んでいる。それゆえ、顧客のベネフィットも意識していないわけではないけれど、どこかで自分がつくりたいものをつくってしまうところがあると思います。つまりは企業が主語の商品開発になりがちだという指摘でした。

音部:なるほど。これは会社によって違いはあるかもしれませんね。ただ、まだ満たされていない消費者ニーズが多くあった時代には、企業主語の技術・商品開発でも当たるものがつくれていたということもあるかもしれません。ですが、今のように成熟した市場環境だと、研究開発の人たちですら、何をつくったらよいかわからなくなっているという声も聞きます。ブランドが方向を示すことが、むしろ救いになるという状況もあるのではないでしょうか。

笠松:そうですよね。いわゆる高度経済成長期には、新しい機能を持った商品を送り出せば、それなりに売れました。だから、最初にキムケン(木村健太郎氏)が言ってくれたみたいに、広告会社も一発芸のオンパレードでもよかったわけです。でも、ほとんどのモノが出揃ってしまい、斬新な機能を持った新商品が生み出しづらい状況になると、まずはデザインによる付加価値提案が始まりました。
そして、今はストーリーの提案になっています。どうやってお客さまとの会話をつくっていくのか。さらにそのストーリーを1話完結ではなく、9話くらいまで続く、壮大なものにしていけるのか。競争の軸が変わっていくと、確かに商品開発を専門にしてきた人たちは指針を失うかもしれませんね。

次ページ「サラリーマンという構造上、担当者は必ず異動していく
」へ続く

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