エクスペリエンスデザイン機能の外販、古河電気工業の事例
富士通デザインセンターは、インハウスデザイン部門として自社のサービスやプロダクトのデザインを専業として来た。例えば、製造/販売するコンシューマー製品、官公庁や銀行など社会インフラを支える生活者から見えない部分のサービス/UXデザイン、実際に人が触れるエクスペリエンスデザインが世の中を支え、時には変革をもたらしてきたのだ。
加えて近年では、長年培ったエクスペリエンスデザイン機能を外販するプロジェクトをスタートさせ、自身の活動フィールドの拡大を図っている。具体的には異業種の顧客からデザイン業務を受託し、顧客企業の強みを活かしたアウトプットでビジネスへの貢献を行っている。今回は、古河電気工業の事例を紹介する。
「たとえば現在、顧客企業の柱となっている事業や基幹技術をどう再活性化するか。あるいは、新たに開発した基礎的なテクノロジーや素材をどうユーザーにフィットさせ、好意を持ってもらうか。最終的にサービスやプロダクトとして、第二、第三の事業として育てていくにはどうすれば良いか。これらが、おおよそ共通する課題だと感じます」と話すのは、富士通デザインセンター エクスペリエンスデザイン部の小池峻氏だ。
さらには、大まかなゴールイメージはあるものの、第一歩目が踏み出せない、具体的な課題がわからない。そういったケースも少なくない。
「問題意識がありながらも、いざ取り掛かるとなると、何から始めればいいのかがわからない。そうした課題探しから、われわれ富士通デザインセンターが携わるケースも増えてきました。現在、数プロジェクトが同時に走っていますが、いずれもプロジェクトの冒頭に丁寧なインタビューを行ったり、時には大胆な仮説提案を通じて、お客様と一緒に課題を明確にするフェーズを大切にしています」(小池氏)
「課題探しから携わることで、私たちも視野が広がっている感覚があります」と話すのは、2020年に入社した、村島琴美氏だ。小池氏と共に、社外向けのデザインサービスのほか、スマートフォンのデザイン、ユーザーエクスペリエンスの設計に携わる。
「一口にリサーチと言っても、業種や職種が異なれば、リサーチの観点も異なります。専門知識の交流という意味でも刺激を受けています。異なる視点で意見を出していくことで、私たちはユーザー視点を重要視していく必要があるということを改めて感じます。使う人やそれに関わる人がどう感じるかを軸に考えていくことが、デザインで最も大切なことではないかと思います」(村島氏)
実際の例では古河電気工業のケースがある。同社は通信、エネルギー、自動車、建設、医療と幅広い領域で素材や部品を提供し、シェアナンバーワンの領域も持つビッグプレーヤー。その古河電工の主要製品のひとつである「銅箔」は様々な製品に採用されているものの、一般生活者の暮らしには馴染みが薄い。
「特に、『銅』の分野は古河電工さまにとって祖業とも言えるわけですが、生活を支えるものとしての存在感を高めたい、というお話をいただきました」(小池氏)
富士通デザインセンターへは古河電気工業側から協力の要請があった。銅は、いわゆる微量金属作用によって、菌やウイルスを不活化させる効果が認められている。
どのようなアプローチをとれば、銅の魅力が正確に伝わるか。プロモーションや製品適用など、初めは広い切り口での提案を意識したという。こうしてできあがったのが、銅箔を用いたノベルティシリーズである。箸袋や、お菓子の包み紙、消毒用アルコールポンプの押下部に貼るシールだった。銅箔を実生活で触れ、目で見て驚き、興味を抱きやすいものへと変身させたのだ。
製品のストーリーを伝えるCMF
CMF=カラー・マテリアル・フィニッシュ――プロダクトデザインの世界では親しみのある言葉だが、そうでなければ、なかなか考えが及ぶ機会が少ないかもしれない。その名のとおり「色彩・素材・仕上げ」を指す言葉で、「モノ」のデザインを想起させる。しかし、富士通デザインセンターでは、製品デザインの評価、最終的な購買決定、持つ喜びに寄与する重要なファクターとして長年研究開発を行っており、今後、それをデジタルの世界に拡張しようとしている。
「もちろん、現実世界のモノとしてデザインする、形にするということが私たちの強みであることは、今後も変わりません」。こう話すのは、富士通デザインセンター エクスペリエンスデザイン部デザイナーの益山宜治氏だ。益山氏が手がけた代表的製品は、富士通の関連会社FCNTのスマートフォン「arrows 5G F-51A」だ。
5Gミリ波対応で7.7ミリの超薄型本体。ミリ波使用の効率だけを考えれば樹脂フレームだが、それではチープになってしまう。蒸着処理で金属の印象を強め、さらにあえてモアレ(光の干渉による波形模様)を起こして未来的な印象に仕上げた。
「手に取る方がプロダクトからのメッセージを受け取る、どんなストーリーを持つ製品なのかを伝えるためにあるのがCMFです。色彩や素材、仕上げを通じて、視覚や触覚にアプローチし、受け手の記憶や経験ともあいまって、言葉だけで伝わらないものが伝わる、というものだと思います」(益山氏)
「自動車業界では古くから、感性品質という言葉で表現していますが、目には見えてこないが品質に影響を与える要素、例えばクルマのドアを閉めたときにどんな音がすると、より高級そうに、より質感高く感じるか、といった様な事例は、古くから研究されてきました」と、益山氏は言葉をつなぐ。
さらに、「当社でいうなら、パソコンなどのハードウェアのデザインから、その歴史は始まりました」と小池氏。
「プロダクトに触れた人が、どのように感じるか。どんなメッセージを受け取るか。使い易さはもちろんのこと、感性的な価値を高めるという側面で、モノ起点ではなく使う人を中心に考える。それが、富士通デザインセンターの底流にある考え方だと思います」(小池氏)
小池氏が担当したシニア向け製品開発の先行研究では、地方の高齢者宅への訪問調査も実施した。いわゆる過疎地域で、普段どんな暮らしをしているのか。自宅にある家具や家電はどんなものがあるか。どういう操作に慣れ、どんな操作は困難なのか。デザイナーが直接、自分の目と耳で、見い出しに赴いた。
「人にとって心地よく、また正しく操作できる人間工学的な数値、エスノグラフィ的な知見は数十年というスパンで蓄積しています。例えば、キーボードならタイプしたときの触感やストロークなどが挙げられます」(小池氏)
それが、「こんな使い勝手にするには、どういう素材で、どのように設計すればいいのか」という基礎となる。益山氏は「なので、新規に開発する際は、それまでの蓄積を超えるものでないといけないんです。逆に言えば超えたものがリリースされています。年々ハードルが高くなりますね」と笑う。
CMFの舞台はデジタルにも
色彩や素材、仕上げによる触感。CMFについて、益山氏は「見ていただいて、さわっていただいて、ナンボの世界」と話す。しかし、そうしたこれまでの常識が通用しなくなった。新型コロナウィルスの世界的感染拡大を一因とする、世界のデジタルトランスフォーメーションの加速、変容によるものだ。
「村島も話したとおり、製品に込めたメッセージを、ユーザーに伝わるようにするのが大前提。なので、ユーザーがどう感じるのかが最も重要なんです。それまではCMFのデザインプロセスにおいてもユーザーを巻き込んで、見ていただいて、さわっていただいて、その感想や印象がカギを握っていました」(益山氏)
感染を広げないために、人との接触をできるだけ避けなくてはならなくなった。そこで開発手法を変えて、デジタル技術をもっと活用する、というのが現在の富士通デザインセンターのCMFデザイン活動で、ひとつの挑戦になっている。それを支えるのが、これまで蓄積してきたデータと、経験だった。
CMFをデジタル技術で。それは、開発プロセスより先のエクスペリエンスデザインの可能性を開くものにもなりつつある。
「たとえばバーチャル空間を前提としたエクスペリエンスデザインです。CDF、カラー・デジタル・フィニッシュとも言えるかもしれません。実際に先行事例も出てきていますが、デジタル空間で使うもの、身につけるものを見かけ以上にどうデザインするかは、まだ黎明期で、無限の可能性があると思います」(益山氏)
米ナイキは、多人数参加型のオンラインゲームで、実製品を再現するだけではなく、走ると煙が出るなど、ブランドイメージとの整合性をもたせながらも、現実には困難なプロダクトの提供を始めている。
「現実世界ではコンマ数ミリ、何ミクロンといった調整を施すCMFですが、ディスプレーの高精細化で素材感がよりリアルになったり、あるいはグローブなどの技術が進歩すれば、手触り感も再現できるときが来るのではないでしょうか。そのときエクスペリエンスデザインの中に含まれるCDFで何ができるか、というのは現実的な宿題です」(益山氏)
データに対して非代替性、ほかのデータと代えられない価値を持たせるNFTが浸透すれば、デジタル空間でも唯一無二のプロダクトの提供が可能になる。コピーできないとなれば、マーケットも生まれる。
「社会も手法も変わっていきますが、デザインという手段をもちいてどのようにメッセージを伝えるのか、それにより人が何を感じるのかを考えていくというところは変わらないと思います」と村島氏は語る。
いま、眼前にある課題の解決から、これから生まれるであろう、新しい生活空間まで。富士通デザインセンターのエクスペリエンスデザインとCMFが、新たなステージに踏み出そうとしている。
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