富士通は2016年、「あん馬」のAI体操採点システムに着手。2017年からは国際体操連盟と共同で、開発を続けている。2019年、ドイツで開催された世界体操競技選手権大会で実際に採用された。24年までに体操競技全種目での運用を目指し、開発はいまも続いている。
スポーツ、体操という新たな業界への挑戦ということもあり、選手、審判、ファンなどを個別に捉えるのではなく、相互に高めあうようなあるべき姿の検討から取り組みを始めた。またデザインの関わりも、ハードウェア、ソフトウェアだけでなく、サービス企画検討、コンセプト検討、プレゼンテーション作成など、多岐にわたる。
このシステムのデザインを担当したのが富士通デザインセンターだ。仕組みはこうだ。演技中の選手に向け、3D(3次元)センサーを用いて、毎秒200万回もの回数、レーザーを照射。センシングしたデータから、選手の骨格の動きを正確に解析し、手足の位置や開き、跳躍の高さ、回転数などを分析して、技の難度や点数をはじき出し、ソフトウェアに表示する。初めて操作する審判でもわかりやすいよう、富士通JapanのUIUXデザインチームの有馬和宏氏は、視認性や操作のしやすさに細かな配慮をしてUIUXを考え抜いたという。
「2019年の初披露から現在に至るまでも、多くの実証実験と、現場や審判の声をもとにデザインをブラッシュアップし、より現場に寄り添ったものになったと考えています」(有馬氏)
特徴的なのは、モニター画面の右側に表示されるピクトグラムだ。選手の体の、部位ごとのデータを直感的に審判に伝達する。国際大会での使用を考慮して、なるべく言語に依存しないよう独自に開発した。画面の構成も、審判が採点のために使用する演技内容を記載するシートの要素を盛り込み、使用時の心理的障壁をできるだけ生じさせないよう、気を配っている。
AI体操採点システムのハードウェアを開発したのは、富士通デザインセンターのフロントデザイン部の城愛美氏だ。注力したのは、いかに選手たちのパフォーマンスを阻害しないか。マーカーレスで身体の動きを正確にセンシングすることを担保しつつも、「撮られている」ことを意識させないよう、3Dセンシングのためのレンズは筐体の奥まったところへ配置。カラーリングも選手の集中力を削がないよう、会場内で目立たないブラックを基調とした。
「スポーツ選手にとっては採点にブレのない公正な競技の実現、審判にとっては再審を素早く的確に行うこと、システム運用者にとっては素早く設置・回収できることがそれぞれの目的です。目的を果たす最善のUXを立てそれに即したUI/ハード設計を行っています」(城氏)
配線などもコンパクトにまとめ、大会運営者がスムーズに設置したり、撤去したりできるように心を砕いている。オーバル型の筐体デザインは、審判や選手、大会関係者がいかに使いやすく、公正で正確な審査を助けるだけでなく、競技進化の支えとなり、運用面でも負担のないAI体操採点システムの先進性を表現したものだ。
「審判の負荷を軽減しつつ、納得感のある審査が可能になると、選手のチャレンジも引き出しやすくなると考えられます」と語るのは、富士通デザインセンター フロントデザイン部マネージャーの滝澤友洋氏だ。
「AI体操採点システムによって、一定の判断基準が常になされることで、今後、場所や時間に縛られない新しい審査方法も生み出されるかもしれません。また、例えばファンが選手のすごさを実感したり、選手への思い入れを強めるような、そんな観戦での活用も検討するなど、体操業界全体を盛り上げるような貢献をしていきたい」(滝澤氏)
接点を仮想空間へ拡大
ファンを獲得し、育てる接点を設けることが、スポーツ振興の側面からも急務となっている。
富士通デザインセンターが制作・運営に参加した、サッカーJリーグ1部の「川崎フロンターレ」のバーチャルイベント「でじふろサンロクマル」は、一つの萌芽と言えそうだ。
富士通の未来社会&テクノロジー本部と川崎フロンターレの協業にデザインセンターが参加したプロジェクトにおいて、ホームスタジアムの「等々力陸上競技場」(川崎市)をバーチャル空間で再現したほか、クラブ公式のグッズショップ「アズーロ・ネロ」や、同・公式カフェ「フロカフェ」もVRで探索できるように構築した。
「ファンの方からは、オフシーズンの寂しい時期にもクラブと接することができて嬉しかった、などの声がありました」。こう話すのは、富士通デザインセンター フロントデザイン部の酒井翔氏だ。
「実際のスタジアムではファンが立ち入ることのできないロッカールームや、VIPエリア、ピッチなどを重点的に体験できるようにしました。オンラインショップとも連動させ、グッズを購入できるようにするなど、デジタル空間の楽しみ方を模索するような取り組みになりました」(酒井氏)
「でじふろサンロクマル」に限らず、デジタル空間ならハードルが低く、国外とのタッチポイントにもなりうる。
「まだ、グローバル観点で貢献するというのは、可能性の話ではあります。しかし、海外選手ほか、国境を超えたコンテンツの交流場所になるというのは十分考えられると思います」(酒井氏)
クラブの収益源のひとつに育つ可能性もある。ビジネスデザイン部の山岡鉄也氏は、「クラブとファンが共に築いていく場所にできるのではないでしょうか」と指摘する。
「今回の『でじふろサンロクマル』も、クラブチームと我々、富士通デザインセンターのデザイナーが膝を突き合わせて、実現したいことを決めながら同時に作っていく、というものでした。単に既存の競技場をVRに置き換えるのではなく、企画ありきで作っていくと、それが可視化されるたびに次のアイデアが誘発される、そんな感覚がありました」(山岡氏)
実際の競技場ならば、後からの増改築を短い期間で行うのは現実的ではない。しかし、VR空間ならそれができる。
「VRスタジアム内でデジタルデータを販売する、販売するというより、一緒にその空間を作る、というほうが適切かもしれませんが、クラブを応援する手段として、観戦やグッズ購入に次ぐ方法になるかもしれません」(山岡氏)
多人数でアクセスできるデジタル空間自体は新しいものではないのは確かだ。しかし、どのようなユーザー体験を提供すればいいのか、という正解もまだない。
「世界中で模索している段階ですが、富士通デザインセンター自体はデジタルデザインの手法として、ヘッドマウントディスプレーが開発された頃から、VR技術を大型製品のユーザビリティ調査に用いています。今回のスタジアムでも、空間内をどういうふうに動けるとアクセシビリティが高いか、といった点にさまざまな工夫を盛り込みましたが、こうした背景技術が生かされてもいます」(山岡氏)
「アバター」(仮想空間内での写し身)として等々力競技場のピッチに立ち、選手たちと交流する、というのも技術的には十分可能なことだ。それは、リアルでふれたい、観戦したいという気持ちを惹起する、デジタル社会でのスポーツ振興のスタンダードになるかもしれない。
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