既存の枠にとらわれず、唯一無二の自分を生きてゆく。漫画家がアーティストとして生きていくことがSNSの発達により可能になってきた。日本最後の輸出産業は漫画、アニメ、ゲームと言っても過言ではない昨今、漫画家たちは何を見ているのだろうか。
インスタグラムメッセージから始まったBMWとのコラボレーション
「初めてDMを見たときは冗談かと思ったよ。」当時を思い出してショーンさんが笑った。昨年暮れ、インスタグラムのアカウント宛に1通のDMがきた。文面は全て小文字、文章としてもあまり成立していないその相手とのやりとりを始めた。話を進めていくうちに、相手はドイツの大手広告代理店であり、クライアントはBMWであることが分かった。
BMWは2020年からesportsチームのスポンサーをしており、大会での露出などはしていたものの、特徴的なマーケティング活動は手つかずにいた。そこに目をつけたドイツ広告代理店のJung von Mattが「esportsファンの中心であるGenZ世代に刺さるマーケティングをするためには、彼らの好きなカルチャーに寄り添うべき。esports選手を登場人物にした冒険漫画はどうか。」と提案した。
「クレイジーなアイデアだと思ったよ。だって主人公が30人いる漫画ってある?しかも全員ファンのついている実在の人物だから気をつかう。さらに毎週1話をネットで公開したいって、無理だと思った。」とショーンさんは続ける。
「でも実現したかった。こんなグローバル企業の案件を断るなんてありえない。しかもこれは自分が今までコツコツとがんばってきたことが成果につながった証だから。」
ショーンさんはTOKYO DIRECTという会社の共同設立者の1人で、日本人漫画アーティストを発掘し、彼らと共に様々なプロジェクトにクリエイター兼プロデューサーとして参加している。前職ではアメリカの映画配給会社で日本映画の買いつけを担当しており、特にアニメへの造詣が深く、人脈も多い。現在の会社を立ち上げてからは、ホームページ、フェイスブック、インスタグラムへの日々の投稿は自分でやっている。地道な努力により、フォロワー数も伸び、ハッシュタグ検索をしてくれた人からの問い合わせも増えてきていた。紹介もなく、DM経由で大きな仕事が受注できたのはその努力のおかげと喜ぶ。
BMWとのコラボレーションは、非常にエキサイティングな仕事であるものの、多くの課題もあった。短い準備期間で30人分の漫画似顔絵、衣装、武器案の提出、BMWのランディングページ用クリエイティブの制作、ティーザービデオの挿入画の制作など、漫画制作自体以外にも提出物の量が多い。分業しやすいアニメとは違い、背景などはアシスタントに手伝ってもらえるものの、漫画家本人に依存する作業が漫画の場合は圧倒的に多い。これができる人は彼しかいなかった。
新進気鋭の漫画家と夢を実現
その彼とはAcky Brightさん。Ackyさんは東京と大阪に拠点を持つBRIGHT WORKSというデザイン会社を営みながら、自身もプランナーとして多くのクライアントを持つ会社経営者。さらに日々個人のインスタグラムに絵を投稿し、多くのファンを持つマルチタレントなクリエイターでもある。超売れっ子の彼ならクライアントの意図をくみ取り、レベルの高い作品を短期間で作り上げられるはず。スケジュールに不安を覚えながらも、強い信頼関係ができているAckyさんと二人三脚で取り組むことになる。
厳しい納期、選手やチームからの難しい要求、レベルアップするごとに武具が頑丈になってゆく上での衣装デザインの増加、esportsチームの選手交代による絵の変更、選手を一人一人主人公のように扱いながらも読者をストーリーで魅せてゆくことの難しさ、全てのコミュニケーションが英語、ヨーロッパとの時差。休みは1日もない、ほぼ寝られない日々が続いた。
連載を終えたばかりのAckyさんに話を聞いた。この体験を振り返ってどう思うか。
「あまりにタイトなスケジュールで、自分がやるという以外の選択肢がなかった。非常にきつかったが、これはあらゆる点において自分にしかできない、ということが励みになった。ドイツの代理店の温かいサポートもありがたかった。感謝を示す方法はいい仕事をするしかないと思い、命を削って最後まで手を抜くことなく、がんばりきった。また、ゲームの世界では国境、宗教、人種の壁を超え、全員がフラットな関係になれて、本当の意味での交流ができる。esportsはフィジカルに左右されない、ユニバーサルにみんなが目指せるスポーツでもある。それも魅力に感じた。」
手応えがあった一方で、スマホで漫画を読むことの難しさ、インスタグラムからウェブページへ遷移させる難しさなど、課題は少し残った。ページビューなどの情報をBMW側からもらえていないので、認知やファン拡大につながったかどうかも現時点では不明だ。しかし、アーティストとして認知が広がりつつあるAckyさんにとって、このコラボレーションは記念すべき大きな一歩だろう。今後もグッズ制作などの話が進んでいるようだ。
文化庁 x MoMAの文化発信プロジェクトにも参加
ショーンさんとAckyさんの協業はBMW以外にも文化庁による文化発信プロジェクト「CULTURE GATE to JAPAN」がある。日本各地の文化資源を題材に、メディア芸術の分野で活躍するアーティストやクリエイターが新たな視点で日本を表現し、日本全国の7つの空港で展示を行うプロジェクトだ。羽田・成田空港ではニューヨーク近代美術館(MoMA)建築・デザイン部門シニア・キュレーター兼R&D部門創設ディレクターのパオラ・アントネッリがキュレーションした『VISION GATE』が開催されている。
そこの映像作品の漫画部門のアーティストとしてAckyさんが選ばれた。作品は両空港のデジタルサイネージで見ることができる。題材は東京の今と昔をミックスさせたもので、タイトルは『テーマパーク東京』。
「訪日客が空港ゲートを抜けるとごちゃ混ぜのすごい異世界に入り込む。東京はまさにテーマパーク。」とAckyさんは語る。
「東京は伝統と革新が入り混じり、浅草、両国、渋谷、新宿、原宿など全く個性の異なるエリアが隣接する稀有な都市。そのような都市が日本には全国的にある。海外の人から見たら日本自体がテーマパーク。一定のトンマナがない国は世界的に珍しく、神様でさえ八百万いる。最初のミーティングで日本人でないパオラからこのような事が書かれたA41枚のコンセプトシートを渡されて驚いた。彼女はデザイン界の世界的権威で、影響力も大きいが、その看板に偽り無しの人だと感じた。MoMAという名前に惹かれたというより、あのA4の1枚が自分を動かした。彼女のエッセイに共感した部分を作品に反映させた。『要約すると東京はこんな感じ』と伝えられるものを作りたかった。」
マッキー1本でライブペイントをするコスプレ漫画家
ショーンさんは他にもサポートしているアーティストが数名おり、その中には内田慎之介さんがいる。内田慎之介さんは実は女性で、作品を少年漫画誌のコンペに出品する際に男性名の方が良いと思い、このペンネームをつけたとのこと。目標としている漫画家は大友克洋氏。特に好きな作品は『AKIRA』で、大きな影響を受けている。イベントでサイバーパンク好きのショーンさんの目に留まり、LAで開催されたアニメエキスポのライブドローイングやVehementという音楽グループのMV制作にも共に携わっている。
彼女の主戦場はライブペイントだ。長さ4メートル弱、高さ2メートルの壁一面に、大胆かつ精緻な漫画を描く。男性的な作風と、きれいな顔立ちと女子高生風コスプレ。その意外な組み合わせが目を引く。インスタグラムのプロフィールには『世界唯一のビッグマンガライブペイントアーティスト』とある。
「元々は漫画家を目指していて、何年もコンペにも出し続け、持ち込みもした。ある時、編集者に作風が古いので、今のテイストをやめないなら、もう諦めた方がいいと言われた。その場で大泣きし、帰りの電車でも泣き続けた。商業誌での漫画は無理かもしれないと思い、他の道を探していたところ、ライブペイントが出来るデザインフェスタというイベントを見つけた。そこでマッキー1本で絵を描き始めたのがきっかけ。調べたところ、自分以外で壁画一面に漫画を描くアーティストはいないので、そのように名乗っている。」
SNSで世界とつながる
アーティストたちの海外への道はもちろんインターネットだ。SNSの発達はこのような漫画家たちにとっては起爆剤となっている。
内田さんも仕事はSNSのDM経由が多いとのことだ。「アディダスウォッチのポップアップイベントの依頼はツイッターから。イタリアでのイベント参加依頼はインスタグラム。自分が好きなスタイルのサイバーパンクは海外での人気の方が高いので、アメリカやブラジルなどのファンが多く、SNSのコメントも英語が多い。最近は国内イベントが少ない上に、海外にも行けないので、YouTubeでの配信にも力を入れている。」
Ackyさんの場合も同様だ。
「DMでの問い合わせは数がとにかく多いので、会社名、住所、連絡先などがないものには返事をしていない。アメリカ大手制作スタジオからのオファーも2年越しで来ているけど、断り続けている。国内外の出版社からの連載依頼も後を絶たない。
有名な漫画家さんたちがフォローしてくれているおかげもあるのか、まだアーティストとしての活動は2年ちょっとだが、勝手に大御所だと勘違いしてくれている人もいる。海外の人気アーティストが宣伝してくれた事もあり、フォロワー数の伸びは早かった。特にインスタグラムはコロナ前数百人だったのに、広告一切入れずに1年弱で8万人に増えた。
本業がある上、7月、8月は連続で展示が入っているので、もう大きな仕事は受けられない。この二つの仕事も信頼できるフォロワーさんの紹介で繋がったもの。今年後半の仕事のほとんどがインスタ経由。」
世界が欲するアーティストを冷遇する日本
日本人漫画家が世界に目を向けるもう一つの理由は、一向に良くならないアーティストを取り巻く日本の労働環境だ。お隣り韓国では国をあげてエンタメを国策としており、同国でコンテンツ輸出の支援を担当する韓国コンテンツ振興院の2020年度予算は約440億円。一方で、財政投融資として上限枠が設定されるクールジャパン機構の2019年度の出資枠は170億円だ。
BTSはビルボードでナンバーワンとなり、世界一の音楽グループとなった。昨年に行われた第92回米アカデミー賞授賞式では、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』が非英語作品として初の作品賞を受賞した。韓流ドラマの世界的人気も言わずもがなだ。
中国の場合、2018年の国内漫画・アニメ産業の規模は約2兆6千億円で、人気を支えるのは次々と作品を生み出す動画配信プラットフォームだ。大手IT企業、テンセントが運営する『騰訊動漫』はその一つ。登録読者は1億5千万人と日本の人口を上回る。
日本アニメは世界的に高い評価を受けているが、その状況とは裏腹にアニメーターの待遇は劣悪だ。中小制作会社の若手は生活できず、最近では中国系アニメ制作会社に人材が流出している。また、NETFLIXは日本でアニメーターの育成支援を行い、受講生は卒業後はNETFLIXの独自アニメの制作にあたる。日本が長い間、アニメーターの劣悪環境を放置したツケが回ってきた形だ。漫画家の場合も充分な稼ぎがあり、生活が成り立っている人はほんのひと握りだろう。
長年モノづくりの頂点に立ってきた日本だが、今はそれがアニメ、漫画とゲームなどのコンテンツに移った。日本最後の輸出産業であるこれらを、未だに幼稚なものと見て、世界の潮流を理解していない人が日本のリーダーシップ層に多いのではないだろうか。
夢と現実の狭間でゆれる
世界がつながっている今、3人はどのようなヴィジョンを持っているのだろうか。
「海外のイベントに参加しながら世界1周したい。世界各地で壁一面に大きな絵を描いてみたい。」(内田さん)
「目標はIPインキュベーターになること。アーティストと一緒に IPを所有できるプロジェクトを立ち上げて、それを漫画ファン対象にマーケティングで広めてゆく。自分がクレジットされる良い作品に関わりたい。アーティストと一緒に漫画を制作する。アーティストがストーリーを書けないなら自分が書く。その漫画のキャラクターのアイテムを販売する。そのような経済圏を作り出したい。」(ショーンさん)
「制作スタジオを作りたいという想いはある。将来的には会社をもっとエンタメに寄せて、自分を商品化したい。自分の夢は世界中が熱狂できるコンテンツを作ること。90年代の少年ジャンプのような熱狂をグローバルで起こしたい。月曜日にジャンプが出るということで生きてこられた過去がある。そういうことで救われる人はたくさんいる。世の中のためになるなら、やって良かったなと思えるし、ちっぽけな自分でもやろうと思ったら、案外できるかもしれないと思う。」(Ackyさん)
広いオフィスの一角、社員とは離れた場所に席を持つAckyさんは孤独に見えた。自分を商品化し、会社の方向転換を図ってゆくヴィジョンを持ちながら、現実的には今のクライアントワークもこなさなければ会社は維持できない。その両輪を動かし続けるために山ほどの仕事を黙々と進めてゆく姿に、アーティストと商業の両立の難しさを垣間見る。内田さんの場合はアーティスト活動を優先させるために、普段は渋谷のカフェバーでアルバイトをしているそうだ。ショーンさんも他のアーティストとのプロジェクトはあるが、彼らは皆、創作時間の捻出に苦労しているとのこと。生計を立てるためにもフルタイムで仕事をしている人が多く、思うようなスケジュール感で物事が進まない。
それでも日本人アーティストは世界を目指せ
世界を目指し、マネタイズすることは一筋縄にはいかないが、成功すれば、そこには見た事がない景色が広がっている。日本の漫画家、アーティストは少子高齢化が進む日本だけではなく、世界を視野に入れたほうが良いのではないか?彼らは今、何をすべきか?
「自分らしいオリジナリティーがあふれた作品を作り続けてほしい。創作が楽しいと感じられる、自分が表現したいものを世に発表し続けるべきだ。」とショーンさんは力説する。「絵のテイストが古いとか新しいとかはあまり関係がなく、80年代の『ジョジョの奇妙な冒険』が最近ヒットしたし、『進撃の巨人』の作画も必ずしもトレンドに合った作風とは言えない。自分がパッションを持って作ったレベルの高い作品であれば、マーケットはあるはず。奴隷契約のようなアシスタント業務は何年やっても自分の作品にはならないし、売れても自分の懐は潤わない。発表する場がたくさんある今は、自ら発信し、ファンと繋がり、Tシャツなどのグッズや作品集などでマネタイズできる。時には大きな仕事の声がかかる事もあるので、信じて続けて欲しい。」(ショーンさん)
「息を吐くように漫画を描く人はどんどん作品を描くし、上手くなってゆく。人と比べず、ブレずに描き続けるしかない。どれだけ自分がいいと思うものの表現を突き詰めていけるかがポイント。」とAckyさんはいう。
「絵を描くことはテクニック以外のものも大きい。想いがあるものは、荒くても伝わる。ある程度のレベル以上の人であれば、漫画もアニメも世界基準なのだから、そこを意識してやるべき。Google翻訳もあるのでメールのやりとりであれば、英語ができなくてもどうにかなる。契約書などは専門家に任せればいいので、そこで躊躇すべきではない。
自分の出すイラスト集もロット数500冊と少ないが、利益は漫画本を出版社で出版して1万部売れた時の印税と同じ。だから商業誌でやることだけが道ではない。みんなが『鬼滅の刃』のように売れればいいけど、多くの漫画は2,000部、3,000部レベルで打ち切りとなる。原稿料とアシスタント費用を入れたら生活できなかったりする。一方、同人誌ですごく儲けている人もいる。
自分は会社経営をしているから、ある程度の規模が必要。でも個人だったら、サブスク月額500円で漫画を登録者1,000人に提供すれば、それだけで50万円になり、十分生活が成り立つ。そういう選択肢が今の時代にはある。しかも自分のようにファン層がグローバルだと、日本のパイで勝負しなくていいから1,000人集めるのも、日本だけでやるよりラク。音楽や絵は超えてゆく。政治や宗教ではできないことが芸術にはできる。人間が豊かに生きるには芸術は必要なもの。そういう意識でやっていれば必ず伝わる。」
漫画はコマから飛び出し、高級車の宣伝に登場し、歌手本人が出てこないミュージックビデオで踊る。世界中の人がマスでは知られていない新しい作品集が出るのを待ち侘び、売り切れで買えないとコメント欄に落胆と怒りの声が続く。YouTube、NETFLIX、漫画アプリの登場で誰でも、いつでも、どこでも、好きなものにアクセスできる。ファン人口は増えてゆく一方だ。
日本は世界が欲しているコンテンツの作り手を守るのか、それとも海外に引き渡すのか。多くの日本人は自分たちの競争力が更に弱まっていること自体、気がついていない。日本の漫画家、アニメーターの環境の改善を望む一方で、劣悪な環境にいる彼らには、世界に羽ばたき、そのスキルに見合った待遇で働けること望む。そしてアーティストには臆することなく、唯一無二の自分を表現し、ファンを育て、そこでマネタイズし、更に表現を高めてもらいたい。
上野純子(うえのじゅんこ)
ライター | 英語会議通訳者 | マーケティング コンサルタント
慶應義塾大学法学部卒。
幼少期をアメリカ フロリダ州で過ごす。
愛犬のミニダックスを膝にのせて、ゆるりと過ごすのが一番の癒し。
最優秀賞をいただけたことに非常に驚いています。身近なところで、面白い人たちが面白いことをやっていたのが幸運でした。インタビュイーの方々には貴重なお時間をいただき、大変感謝しています。三人とも高い熱量と志をもっているので、その想いを伝えたい一心で書きあげました。
インタビューを行ったのは2021年6月だったのですが、その後Ackyさんは名古屋PARCOやatmosプロペラ通り店での個展、内田さんもドイツ大使館の壁面展示とライブペインティングを行うなど、活躍の場を広げていらっしゃいます。
稚拙な文章ですが、一人でも多くのクリエイターに読んでいただけたらと願っております。「クリエイターエコノミー」という言葉がバズワードになっている今日この頃。最近は日本国内でもNFTが盛り上がってきており、大手プラットフォーム以外の発信の場も増えています。ブロックチェーンの発達も相まって、今後クリエイターは自分の力で稼ぎやすくなるはずです。そのような未来が楽しみですし、みなさんには夢を諦めず、自分の世界観を信じて、自分自身を表現してもらいたいです。
結局一度もクラスに足を運ぶこともなく、修了式もオンラインだったのが少し残念でしたが、自宅のリビングから豪華な講師陣のお話が聞けて、とても贅沢な時間でした。学んだことを生かして、英語で取材・リサーチし、日本語で執筆することを得意とするライターを目指したいと思っております。
このような機会を下さった講師と事務局のみなさまに、心より感謝申し上げます。