生活者の変化に対応したDXなのであれば、顧客接点の最前線にいるマーケティング部門がその実現をリードすればよいのでしょうか? 確かにマーケティング部門の顧客インサイトに迫る洞察力、さらに市場を創造する仮説設計力は、その実現に欠かせないものです。
しかし、今日の顧客理解は、常時接続とも言える環境のなかで取得が可能になった顧客に関するデータの活用なくしては、競争力を担保できなくなっているのも事実です。
今こそ、マーケティング部門はデータやシステムのプロフェッショナルと手を組んで、会社全体の顧客基点のDXを実現させるべき。いま、マーケターにとって存在感を高めているパートナーはCIOをはじめとする情報システム部門であると言えます。
しかしCMOとCIOはどこまで意思疎通が図れ、連携が取れているものなのでしょうか。
マーケターの立場を代表して『The Art of Marketing ―マーケティングの技法』の著者である音部大輔氏が、マーケティング実務を経験しながら情報システム部門との接点も多くCIOの気持ちに寄り添える堀内健后氏が議論。現時点、接点の薄いCMOとCIOが共通言語をいかにつくるべきか?企業のDXの実現を担うといっても過言ではない両者の連携の方向性を探ります。
本気で消費者中心思考になったらCMOとCIOも連携できる?
――前篇の対談では、そもそもCMOとCIOの間にプロトコルが存在していないという指摘がありました。一方でコロナ禍のなかで否応なく進めざるを得ない企業のデジタル・トランスフォーメーションの中で、この両者の連携の必要性はますます高まっているという話を伺いました。
堀内:今回はCIOとCMOの話ですが、マーケティングだけでなく工場、営業などあらゆる部門と情報システムの間で同様の議論が起きるのかもしれません。CMOとの関係性について考えると、まずはCIOがCMOの仕事を理解する、CMOもCIO仕事を理解するということから始まる気がします。
ただ、日本企業の人材育成の方法を考えると、CMOもCIOもジョブローテーションの結果、その部門を担当しているケースが多く、たたき上げのプロフェッショナルでない場合が多いと思います。経営における共通言語は持っていると思いますが、専門領域についてはどうでしょう?両方ともジェネラリストとなったときの意思疎通という問題があるか、と。
音部:そもそも、それぞれが専門の話をあまりしていないこともありますからね。
堀内:比較的、外資企業で経験を積んできたCIOの方たちはCMOとも連携が取れているように思います。
音部:日本企業と違って、専門職としてスキルを磨いてきているのは共通しているでしょう。
堀内:CMOとCIOの連携を阻む理由として、日本企業はジェネラリストばかりを育ててきているからいけないのだ、という答えになってしまうと解決が難しくなるかもしれませんが…。
音部:先ほどの各部門が何を代表するのか?という話に戻るのですが、情報システムと物流がマーケティングにとっては共通点があるとして、物流は「トラックやコンベア」という“管”を代表しているのか、“管”を通るモノを大事にしているのか、どちらなのでしょうね。そしてCIOも同様で、“管”を大事にしているのか、“管”で運んでいる中身、つまりはデータを大事にしているのかどちらなのでしょう。
堀内さんが言うように保守点検の役割が大きいのだとすれば、管を大事にすることが多いと思うのだけど。ただ、おそらく外資で経験を積んできたプロフェッショナルなCIOたちは運んでいる中身、具体的に言えばデータだと思うけれど。データとは消費者、それを意識しているのではないかと思ったりします。
堀内:本来はコンシューマー側がどこにいるかによって情報のチャネル、物流のチャネルは変わると思うんですよね。皆がWebの方に入っていけば、Webサイトで注文できるようにするし。コロナ禍の外出自粛でお客さまが自宅にいるならお店ではなく、家に届けるようにすべき。“管”の中身を重視して、“管”が届く先の顧客を重視していれば、物流も情報システムも仕事の仕方は変わってくるのではないかと思います。
音部:消費者中心なんて話は、もう何十年も前からマーケティング界隈で言われてきましたが、恐ろしく浸透していないですよね。
堀内:Z世代は生まれたときからスマホがありますが、かたや彼らに商品・サービスを提供する側の企業の意思決定層は50~60代の男性で彼らほどスマホを使いこなしているかと言えば難しい。常に消費者を見て、判断すればよいけれど、意思決定層がやりたいことをしようとすると今の消費者から離れて行ってしまうというジレンマがありますよね。
音部:まったくその通りだと思います。『The Art of Marketing―マーケティングの技法』本中でも書きましたけど、「売る」っていう単語を使うことが間違っているのかもしれなくて、そこは「買う」だろう、と。売ろうと思うと、自分たちのことを見る。買うというと、消費者を見ざるを得ない。
意思決定層が直感的にZ世代を理解できるかと言ったら、そんなことはできるわけはない。でもZ世代であろうとなかろうと、理解をすることができないわけではありません。売るために理解するのではなく、何を買いたいのかと言う観点から理解しようとするだけで、だいぶ変わると思いますよ。
VUCAの時代に消費者調査はどこまで機能するか?
堀内:「売る」ではなく、本気で顧客の視点で「買う」ことを考える企業であれば、MAKUAKEのようなクラウドファンディングだったりNFTとかだったりを商品の開発や販売において活用できないかを真剣に議論していると思うのですが、そんな企業は稀有でしょうね。
音部:非常に少なさそうですね。
堀内:デジタル的に存在する製品を要素分解して、NFTで売ってみて人気を得るとかMAKUAKEで小ロットで新製品を販売してみて、消費者の反応を見るとか。本当に消費者視点に立とうとしたら、商品を出してから売るためのプロモーション考えるのではなく、マーケティングにもアジャイル型に変化する必要がありますよね。情報システム部門がウォーターホール型からアジャイル型に変わったように、何をつくるかは、動き始めた後に決める、みたいな。
音部:先日、D2Cブランドの方たちが登壇するパネルのファシリテートをしたのですが、そこで出てきた共通点は、自分たちはどこに進むべきなのか、パーパスをしっかりと持つこと。あとはリーン開発とオンラインとオフラインの連携でした。
リーン開発とオンライン活用の話が近しくて、まさに堀内さんの言うMAKUAKEの活用のような話です。オンラインを実験場に、そこでプロトタイプを出して、消費者の反応を見て商品の精度を高めていくというアプローチをとっています。
これは大企業のアプローチとはまったく真逆ですよね。大手企業が全力で3カ月間、大型の工場を稼働させたら3年分くらいの商品を生産できてしまいます。だからこそ、事前のリサーチが非常に重要です。確証が得られない段階で気軽に製造を開始できないような仕組みにしているわけです。
一方でスタートアップは3カ月、全力で工場を稼働させても3カ月半くらい分の量くらいしか製造できないかもしれない。だからこそ「とりあえずつくってみればいいじゃない」というのは、非常に強力なアプローチですよね。一言でいえば、これはVUCA対策なのだろうと思います。
同時に、消費者調査の限界という角度からも捉えられそうです。何が起きるかわからないVUCAの時代に、調査してから2年後に商品が世に出ていくという構造自体が危うくなっているかもしれません。
堀内:プロトタイプをつくって調査プールに投げて反応を見るということをしていく必要があると思いますが、消費者側がβ版を受け入れてくれるかを考えると大企業に比べてスタートアップの方には、それを許してもらえる免罪符があるように思います。
CIOとCMOがどう連携するか、というそもそもの議題からからはかなり壮大なテーマになってきましたが、デジタル化の進展により、モノづくりのアプローチも変化していく。それを担うのがCIOなのか、CDOなのか、新規事業開発担当なのかはわかりませんが、CMOが連携すべき人も変わっていくと思います。
――消費者も社会も大きく変化した時代、メーカーにおいても商品開発を含めてお客さまの手元に商品が届くまでの一連のプロセスに大きな変革が必要とされていることがわかりました。単にCMOがアドテク、マーテク、データを活用すべき状況になったからCIOと連携すべきだという狭義の理論ではなく、新たなサプライチェーンに合わせた社内プロセスの再構築と役割分担が必要とされているように思います。
堀内:今回の音部さんと私がしたような議論を、いろいろな企業の方としていきたいですね。
音部:私がCIOやCDOの人に話を、堀内さんがCMOの人に話を聞きながら、VUCAの時代に消費者中心の経営を実現するとして、どんなアプローチをとるべきなのか、導き出していけるとよいですね。
【プロフィール】
トレジャーデータ
取締役 マーケティング担当シニアディレクター
堀内健后氏
東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント(現日本アイ・ビー・エム)、マネックスビーンズホールディングス(現マネックスグループ)を経て、2013年2月トレジャーデータ入社。日本事業の立ち上げ、マーケティング担当として日本国内での事業展開を進める。2019年からアジア地域展開も開始している。2021年6月より現職。
クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役
音部大輔氏
17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング組織強化やビジネスの回復・伸長を、マーケティング担当副社長やCMOとして主導。2018年より独立し、現職。消費財や化粧品をはじめ、輸送機器、家電、放送局、電力、D2C、医薬品、IP、BtoBなど、国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略を支援。博士(経営学・神戸大学)。 著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)。
【書籍紹介】
【好評4刷!】『The Art of Marketing マーケティングの技法-パーセプションフロー・モデル全解説』
2021年12月に発売された『The Art of Marketing マーケティングの技法-パーセプションフロー・モデル全解説』(音部大輔著)は、マーケティング活動の全体設計図「パーセプションフロー・モデル」の活用法を紹介した初めての書籍。
発売前から多くの反響をいただき、早くも4刷と販売好調です。企業のマーケティング部門だけでなく、広告会社、マーケティングサービス提供企業などで、研修教材としてもお使いいただいています。
ブランドマネージャーやマーケティング・宣伝担当者、またブランドのパートナーである広告会社のマーケターにとっても活動の指針となる一冊です。
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