企業と生活者が常時接続する時代に、広告枠のモノ取引的な側面から進化をし、広告主が求める効果をサービスとして提供する「Advertising as a service」(AaaS)という概念を提唱する著書『広告ビジネスは、変われるか?―テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』を刊行した安藤元博氏。
「パーセプションフロー・モデル」と「AaaS」は相性がよいのではないか?と考える安藤氏が聞き手となって、両者の接点を導き出していきます。
音部氏が考える消費者のパーセプションに着目したマーケティング活動を実践するうえでは、広告をはじめとするマーケティング活動の受け手である生活者のフィードバックを得ながら進化をさせていく必要があります。それでは、企業と生活者の間に入る広告会社・メディアはどのような役割を果たしていけばよいのでしょうか。両社の対話から、マーケティング活動において、重要な顧客との接点となる広告や広告ビジネスの在り方を考えていきます。
マーケティング戦略と広告メディアやコンテンツ戦略の分断についての指摘、またこの課題に対する解決の道筋を議論した前篇に続き、後編ではマーケティング戦略そのものが変化していく時代の広告ビジネスの形を考えていきます(本文中・敬称略)。
ダイナミックに価値変動が起きるモノがサービスである
音部:私が安藤さんのご著書の中で、共感したところがもうひとつあって。それが「個々の広告枠の価値を最大化するためには、媒体を横断して広告枠が最大限効果を発揮するような戦略のなかに位置づけられる必要がある」という指摘です。
この話など、マーケティングの全体最適を実現しようと考えるマーケターにとって、共感できるものだと思いました。しかし前述(前篇参照)のように、企業側が求める広告の効果とは別の基軸で個々のメディアを図る指標や取引の単位、形態が決められているという課題がありますよね。
安藤:おっしゃる通りだと思います。私が「Advertising as a Service」という概念を言い出した際、「そもそも広告業はサービス業ではないか?」という指摘がありました。
確かに広告産業は一般的にサービス業態と呼ばれるかもしれませんが、実際にそこで扱われていたのは「広告枠」で、それはいわば「モノ」。ここで「モノ」という言葉を使うのは、そこに価値があらかじめ静的に備わっている、埋め込まれているという前提で取引される、という意味です。その意味で、広告産業はモノ取引的な側面が強かったのです。そこで広告枠をモノとしてではなく、さまざまな広告主がそれぞれの文脈において、広告で得たい効果という価値を動的に見出し、提供しようとするべきだと考え、「Advertising as a Service」という表現を使いました。
モノの取引は2つの側面から捉えることができます。例えば、ボールペンがあるとして、インクの色や量、書き心地などのスペックに誰もが認める基準価値を想定して売買する場合、いつでも例えば「100円」という価格にしかならない。しかし、「〇〇さんも使っている」とか、「このボールペンを〇〇で使ったらどうでしょう?」などスペックだけでなく、情報が付加されると受け手の違いやその場面場面によって価値が変わってくる、よって価格も変わってくるのが当たり前だ、と考えます。
後者がつまり「サービスとしてのペン」となります。「このペンの本来の価値は」というような言い方がそもそもおかしい、と考える。それは常に、例外なく可変なのです。そして僕は「モノからコトへ」という議論をする際、大切なのはたとえ外形的には「モノ」の取引であっても、前述のように価値がダイナミックに変動すると捉えることではないか、と考えています。
音部:ダイナミックに価値変動が起きるモノのことをサービスと言う。なるほど。
安藤:今ほど、モノにあふれていない時代は、価値とはモノに内在する固定的な要素であると考えるだけでも十分だったかもしれません。例えば、小麦。衣食住の基盤が今以上に重要だった時代においては、小麦の価値はそれほど変動しなかったはずです。
それが今は「国産の春小麦である」とか「小麦を使ったパンのレシピもセットで提供する」とか、モノに含有されているスタティックな価値に対して文脈により流動している価値のの割合が高まっていますよね。これが、すべてのモノにおいて起きていることではないかと思います。広告枠においても同様で、例えばテレビでいえば、GRPはスタティックな価値を表す指標ですよね。
音部:スタティックな価値と流動的な価値は、ブランドマネジメントの視点で言えば前者が企業視点の機能であり、後者は顧客視点のベネフィットとも言い換えられそうです。
安藤:おっしゃる通りですね。より正確に言えば、送り手と受け手の間にたちあがる創発的な価値、といってもよいのですが。
現在のような常時接続が基本の、高度デジタルネットワーク環境下においては、価値が常に送り手と受け手の相互作用の中で見出されていくものであることがはっきりしつつあると思います。
広告枠を購入したタイミングでは、まだ真の意味でのクライアントにとっての価値は定まってはいない。しかし「この枠は戦略に寄与する価値を持つはずだ」ということを見出すことこそが、広告会社のメディアプラナーに求められる役割だと思います。
このプラニングにメディア取引がつながることで、広告枠が従来の固定的な価値からスタティックな価値へと変化していく。AaaSが目指しているのは、この世界観です。
マーケティングの4Pすべてが可変になっていく時代
音部:安藤さんのご著書に以下の一文が出てきます。
「顧客や生活者の動きと自社のサービスのかかわりについてのあらゆる情報を一元化できるならば、機能的に取り扱う基盤をつくろうという流れが出てくるのは当然でしょう。それはいわば“統合マーケティングプラットフォーム”です。(P137)
まさに、このプラットフォームこそ「パーセプションフロー・モデル」と連携するものだと思いました。
そしてこの1文を読んで、私自身が「パーセプションフロー・モデル」を説明する際に使用するスライドに1枚加えたものがあります。
広告主と消費者の間に入る存在として複数の広告会社やメディア企業がいるわけですが、その役割は何か。私は、その役割を「具現者」だと考えました。
建築家がお客さまに建築物を届ける際には、設計図を具現化させる施工業者が必要です。
作曲家が聴衆に音楽を届けるためには、演奏家が必要です。
これと同様にマーケティングの全体設計を具現化して、消費者に届けるために製品やサービスそのものに加えて、広告会社やメディアが存在している、と。
その意味で、広告主が適切な全体設計、つまりは「パーセプションフロー・モデル」をつくることが改めて大事であると再確認できました。
安藤:企業と生活者との常時接続が可能になった時代、受け取り手の生活者が、その具現化したものをどう受け止めたのかが、把握できる環境になりつつありますよね。そして、その受け手からのフィードバックが広告主、建築家、作曲家の創作活動に影響を与えるようになっている。企業から生活者への一方的な情報の流れだけでなく、その逆の流れも起きるようになっているはずなのですが、こと広告においては生活者からの情報の流れが機能していたわけではなかった。
今後は広告会社やメディアがマーケティングの全体設計図を具現化するだけでなく、受け手からのフィードバックを広告主に戻して、さらにその設計図をブラッシュアップさせていくことにも貢献できるとよいですよね。
音部:いま、「広告主」という言葉で表現はしましたが、これは広告(Promotion)がマーケティングの4Pのなかでも、「Product」「Price」「Place」に比べて、消費者の反応をもとに可変しやすいために便宜的に、あえて広告(Promotion)に限定して説明をしました。
Promotionの領域はダイナミックに変動させやすい。それであるがゆえに、マーケティングの4PのなかでもPromotionは“as a Service”化しやすいのでしょうね。
安藤:そうですね。まずは広告の領域から変わらなければいけない。でも、理想はマーケティングの4Pすべてが可変的になるべきだと思います。
本書の中で従来の広告と分ける形で、あえて「広告」と「」をつけて広告という言葉を用いている箇所があります。送り手からの一方向の施策ではなく、マーケティングの4Pすべてが可変になり、かつ生活者のフィードバックも受けながら双方向の流れが生まれていく時代のマーケティング活動全体につながる広義の施策として「広告」と表現しました。
そして広告会社が、これからの事業を考える際には、この「広告」の領域でどう新しい支援ができるかを志向すべきだと思っています。
もちろんマーケティングの4Pすべてで、双方向のコミュニケーションにおける情報を扱うプロフェッショナルは広告会社だけでなく、コンサルティング会社やメディア企業、ITベンダーも参入できる、すべき領域だと思いますが。
音部:夕方になるとデパ地下やスーパーのお惣菜売り場が値下げします。すでに今でも価格の可変は存在していますが、それがよりダイナミックに実現するようになりますよね。「Pricing as a Service」的なサービスは今後、出てきそうです。
すでにファブレスなメーカーは「Product as a Service」モデルを構築していますし、ドローンが自分のいる場所まで、商品を届けてくれるような実験も始まっています。そうなれば、Placeも”as a Service“化していきますね。
マーケティングの4Pすべてにおいて、ダイナミックに可変する要素が増えていくということは、ますますマーケティングの全体設計が必要になっていくでしょう。
マーケティングサイドにおける全体設計が、「パーセプションフロー・モデル」であり、その戦略を広告コミュニケーションに落とした際の全体設計を担うのがAaaSと言えるのかもしれませんね。