「ここはクリエイターの方に頑張っていただき、クリエイティビティを存分に発揮して、今までにないクリエイティブなものをつくってください」。
こんな言葉を聞くと、プレッシャーでその場から消えたくなります。誰に教わったわけでもないのに、クリエイターの使命は無から有を生み出すこと。0から1をつくれなければ真のクリエイターとは呼べない、と自分自身に課していませんか?それは、思い違いです。
クリエイティブとは、今までに全く無かったものを生み出すわけではないのです。そもそも「太陽の下に新しいものはない。」と旧約聖書にもあります。かのニュートンでさえ、「私が遠くを見渡せるのは、ひとえに巨人の肩に乗っているから。」と自らの功績を先人たちに捧げています。本当に新しいものは、この世にはほとんど無いということです。自分が思い付いたことは、世界のどこかで誰かがすでにやっている可能性があります。だから、無闇に新しいもの探しをするのではなく、謙虚に先人の到達した高みを知った上で、自分の仕事に取り組むべきだと思います。
先人たちの仕事をご紹介します。
「Think Small.」これは、Volkswagen社Beetle北米ローンチ時のヘッドライン。半世紀以上前、全長7m超のアメ車が人気の市場では、小さなドイツ車は売れるわけがないと見込まれていました。そこにあえて、小さいという商品特長から、「小さく考える」という時流とは正反対のコンセプトを導き、クリエイティブ表現に繋げたものです。つまり、【プロダクト → コンセプト → クリエイティブ表現】という流れ。コンセプトをコピーやビジュアルで表現することが、クリエイティブの仕事でした。
そこでもう一歩、クリエイティブのつくり方を進めてみましょう。メッセージの核となるコンセプトに替えて、ビジョンを設けてクリエイティブを導く方法です。
クリエイティブとは、ビジョンをカタチにするという考え。そもそもはミレニアム当時、TBWA\Worldwideのストラテジストが、クリエイティブを定義した言葉です。早速、ビジョンって何?となりますよね。ビジョンとは、遥か先の未来ではなく少し先にある憧れの世界。まず、今あるものでなく時代の波(ベルカーブの頂点)に乗ってやってくるものを感じ取ること。それを、手を伸ばせば届きそうであったらいいなという憧れとして描くのです。ここでのビジョンは、これまで世の中に全く無かったものである必要はありません。その分野で初めてなら、OK。そのまま描けば、ビジョンをカタチにすることになります。つまり、【プロダクト → ビジョン = クリエイティブ表現】という行程です。
ビジョンと表現が1つになったシンプルなステップなので、その分、ビジョン探しが重要になります。そこで、ビジョン探しの手掛かりにするのが、コンベンションです。
コンベンション(習慣・しきたり・因習)とは、今ある状態を示し、定型や常識や既成概念を意味しています。ビジョンは必ずコンベンションの外側(アウト・オブ・ボックス)に存在し、コンベンションが大きいほどビジョンとのギャップが生まれ、それがインパクトになります。即ち、コンベンションを探り、一線を画すビジョンを描き、それを表現とする。【コンベンション → ビジョン = クリエイティブ表現】というのが、新しいつくり方です。
もう少し具体的に説明してみます。FRISKというミントをご存知ですか?食べるとスーッとする白い小さなタブレットです。まず、現在のミントのコンベンション探しから。最初に「口臭予防」を思い付きますが、それよりも「菓子」の方が大きなコンベンションではないでしょうか?そこで、形状は似ていますが、菓子とは明白な一線を画す「クスリ」というビジョンを持ってみましょう。相当大胆です。とにかく頭に効くクスリとして、1粒摂れば頭が冴える(気がする)というメディカルなビジョンを描いてみます。
タグラインは、「Sharpens You Up!/あなたをシャープにする」。このビジョンなら、プレミアム(値段が一般ミントタブレットの2倍)という条件も満たせそうです。あとは、クスリのような効き目をクリエイティブで表現すればいいのですが、本物のクスリではないので少しツイストを効かせなければなりません。難しく考えずに、むしろ楽しんで。こうしてコンベンションを抜け出すことができれば、唯一無二のブランドになる可能性が十分にあります。
また、クリエイティブと似た言葉に、「オリジナリティ」があります。辞書では、独創的(性)で今まで誰も生み出したことのないもの、この世に唯一のものと訳されています。しかし、この言葉にも現代的な解釈が持ち込まれています。例えば、誰かが「もっとオリジナリティのあるものにしよう!」と発言すると、みんな一斉に競合商品を調べ始めたりしませんか?つまり、オリジナリティとは他者(ライバル)との違いであって、独創的ではなく相対的なものとして理解されるようになっています。もはや、本来の語彙である「ゼロから生み出された産物」ではないと認識しておいた方がよさそうです。ちなみに本来的なオリジナリティを生み出せたとしても、それは結果的に到達したもの。オリジナリティを創り出そうとしてオリジナリティを成し遂げることは決してできない、とされていることも記しておきます。
さらに、「アイディア」もアブナイ言葉です。アイディアがない!と否定形で使われた場合、浴びせられた企画はゴミ箱へ、突き付けられたクリエイターはハウスに籠ってしまいます。企画やクリエイターの致命傷になり得るので、はっきりさせておきます。
アイディアとは、ビジョン。ビジョンを持つことこそ、アイディアそのもの。前述のビジョンをカタチにすることがクリエイティブである、との定義に入れると、「アイディアをカタチにすることがクリエイティブである。」となります。アイディアとビジョンは同じ意味であり、アイディアを考え出すことは、プロダクトがもたらす新しい世界をリアルに描くことです。ところが日本語では、アイディアを「ひねる」と表現するので、ツイストとアイディアが混同されて少しややこしくなっています。
ほとんどの場合、アイディアはビジョンという意味ではなく、ひとひねりの意味で通用しています。ですから、アイディアがないとの指摘には、壮大なビジョン探しではなく少々工夫が足りないと翻訳しておけば、それほど凹まずに対応することができるかもしれません。
クリエイティブに限らず、オリジナリティ、アイディア……プロジェクトを進める際には、ぜひ言葉の本質を理解して共有しておきたいものです。当初の小さなズレが、後々のアウトプットを大きく変えてしまうことにもなりかねませんから。
今回のまとめ:クリエイティブとは、ビジョンをカタチにすること。
次回は、ブランドという言葉とその本質について考えます。