2004年に米国・ニューヨークで始まった「Advertising Week」は、2016年から東京を舞台に「Advertising Week Asia」が開催され、今回は連続7回目の開催にあたる。
本企画では「Advertising Week Asia」に登壇するスピーカー5名に「広告ビジネスのパーパス」をテーマに、2つの質問を投げかける。
広告ビジネスは BtoBの事業体であることから、広告会社をはじめとする広告ビジネスのプレイヤーの多くがクライアントに提供すべき価値は明示していても、その先のエンドユーザーさらには社会に対して、提供しうる価値はあまり明示してこなかったのではないでしょうか。
「広告が企業の売上に貢献し、それによって経済の活性化に貢献している」とは言えると思いますが社会環境、消費者の意識が変わった時代において、広告ビジネスが提供しうる価値が、経済活動への寄与だけでよいのだろうか?との疑問も浮かびます。
本企画では「Advertising Week Asia」の登壇者のなかでも、特に独自の視点から広告・メディアビジネスに新たな役割見出そうと、実務においてチャレンジをされている方々に同じ内容の質問を投げかけ。広告ビジネスの「パーパス」をテーマに2つの質問にお答えいただきます。
1つ目の質問は「広告ビジネス(広告会社、広告メディア企業)の社会における「パーパス」とは何だと思いますか?」でした。
今回、公開する2つ目の質問は「マーケティングまたはマーケティングを生業とするマーケターが、自らが属する組織の事業に貢献するだけでなく、社会において果たすべき、あるいは果たせうる役割とは何だと思いますか?(マーケティングという職能が社会に存在することで実現しうる、社会における価値とは何だと思いますか?)」です。
Quesiton:「マーケティングまたはマーケティングを生業とするマーケターが、自らが属する組織の事業に貢献するだけでなく、社会において果たすべき、あるいは果たせうる役割とは何だと思いますか?(マーケティングという職能が社会に存在することで実現しうる、社会における価値とは何だと思いますか?)
【笠松氏のAnswer】
マーケティングという言葉の定義・解釈は様々ありますが、目標、目的、手段に分けて整理すると、一般的にマーケティングとは、
「目標」:自社のブランドを出来るだけ多くの人に買ってもらう事(比較的、短期)
「目的」:自社のブランドの本当のファンを一人でも多く増やすこと(中長期)
「手段」:目標を効率的に、目的を効果的に実践するために活用する、あらゆる手段
ということになるかと思います。
ここで気が付くのは、この整理では主語が「ブランド」になっていて「顧客」ではないということです。マーケティングや、マーケターという言葉を考える時に、おのずと主語が「ブランド」になってしまう、これはある意味致し方ない事だと思います。世の中のマーケターという職業には必ず雇用主がいて、それはほとんどの場合、ブランド側になるからです。
ただし、偉大なマーケターの方々がすでに唱えられているように、この時にいかに「顧客」を主語としてマーケティング活動ができるか否かによって、結果的にそのブランドが永続的に顧客や社会から必要とされるか否かが決まってきます。ここが正に「理念」と「利益」の矛盾をどうやって両立するのか? マーケターの力量が問われるところだと感じています。
そして、この問いに対する答えとしては、世の中のあらゆるブランドの本質的な価値を見抜き、真の顧客になる人にだけ、必要不可欠な情報として届ける人、それこそがマーケターが会社の為だけでなく、社会のために貢献できる事なのであり、必要とされるスキルなのだと思います。そして、このスキルを獲得するためには、顧客であり生活者である「人」を観察する力、妄想する力、寄り添い続ける力が一番必要なのだと思います。
真のマーケターであれば、商品・サービス側に開発のための適切なアドバイスも可能ではないでしょうか?これは行政や国に対しても同様なアウトプットが可能なはずです。コミュニケーションのチカラで徹底的に人に寄り添う仕事。そう考えると社会においてマーケターが貢献できることは無限にありそうです。
【小々馬氏のAnswer】
私たちのゼミは2013年創設以来、「マーケティングで世界をハッピーに!」をパーパスに掲げています。マーケティングは平和な社会でこそ機能する。世界中でマーケティングの本質を理解する人々が活躍することで、世の中から紛争をなくすことができると信じて「より良い社会を実現する」産学連携研究活動を継承しています。
毎年、2年生が新しく入ゼミする際に「マーケティングの意義」を1ケ月の時間を掛けて話し合い明文化していますが、歴年の定義を並べて比較すると、毎年少しずつですが学生の価値観変化により進化していく様子が見られます。こちらのホームページ「マーケティングビジョン」でご覧いただけます。
マーケティングの歴史を振り返ってみると、フィリップ・コトラーは一貫して「社会と人間のニーズに対応することの大切さ(消費者ニーズではなく)」を謳っています。社会の最大かつ高次ニーズは「幸せであることと笑顔でいること・Happiness&Smile」ではないでしょうか。コカ・コーラ、マクドナルドやグリコ・ポッキーなど半世紀を超えるロングライフ・ブランドの価値提案は究極、ハピネスとスマイルに行き着いています。
マーケティングに携わるすべての人のタレント(才)を、「ハッピーで笑顔あふれる世界を実現する」という人類共通の普遍ニーズの充足に焦点すべきと考えます。
1960年代後半以降、先進国市場は供給過多となり「モノが売れない時代」に突入します。広告会社が主導して、買い替え需要をつくる計画的陳腐化戦略や購買意欲を喚起する様々なセリング・メソッドを生み出しマーケティング技術を進化させていきました。企業成長と経済成長を牽引したことに社会意義がありましたが、企業の生き残りを賭けたセリング志向のマーケティングには軍事用語が多いことに気が付きます。ターゲティング、キャンペーン、営業部隊、囲い込み・・・。
「消費を抑えることがサステナブル」と捉えているSDGsネイティブなZ世代の学生を前にして、広告・マーケティングの講義を行うたびに、そろそろ軍事用語を卒業して軌道修正しないと次世代にマーケティングの存在意義を継承できないのではないかと危惧を感じます。
企業経営の命題が競争から共創へとシフトしている今こそ、マーケティングが果たすべき本文を「世界をハッピーで笑顔あふれる場所にする」というシンプルながらも社会意義の大きい原点へ回帰する絶好のタイミングではないでしょうか。
【須賀氏のAnswer】
TVerというサービスを提供する会社にいて、マーケティングに関わる立場として、社会に対して果たせうる役割が何かと考えるとき、サブスクリプション全盛の時代に、「無料」で、「放送基準をクリアした番組やCM」を配信する動画サービスを提供すること、ではないかと思います。
それには、「無料がゆえに誰でもアクセスできる情報」という責任も生じますし、「あらゆる人に情報にアクセスするチャンスを提供できる」と言うこともあると思います。
また、インターネットの普及を始めとしたメディアというカテゴリーの急速な拡大に伴って、そこに掲載される情報の質や真贋を見極めることを日々課せられることになってしまった生活者に対して、そのことをわざわざ意識しなくても良い、安心して楽しめる場を提供していること、というのも、1つの価値だと考えています。
一方で、その源泉となる広告の体験が、ユーザにとって、不快に感じられてしまえば、サービスとして、ユーザに受け入れられないだけでなく、そもそものクライアントへの価値提供が不十分なものになってしまいます。どういった仕組みで、どういった体験として、番組を、広告を届けるのか、まさに、クライアントと生活者をどう繋いで価値を生み出す場とするのか、と言ったことを考えることも重要な責務だと思っています。
2020年7月に新体制としてスタートしたTVerは、社のミッションを、
テレビを開放して、もっとワクワクする未来を
TVerと新しい世界を、一緒に。
としました。
放送によるサービスを指していた「テレビ」を、「放送と配信のミックスされたサービス」に進化させることが自分たちの役目、価値だと考えています。
【廣澤氏のAnswer】
結論から言えば、価値のある商品をつくり、知らせ、届けるといった一連のプロセスがマーケティングの役割であり、このプロセスを通じて消費者が商品を体験することによって、消費者の生活がより良くなるといった循環に貢献することが、マーケティング活動を行う企業の果たすべき責任だと考えています。“より良く”と表現すると、イノベーションだとか、新たな製品を打ち出すといった印象を持たれるかもしれませんが、ここでの「より良い生活」は日常の当たり前を支えるという意味も包含しています。
例えば、我々のような日用品・消費財メーカーのマーケティングですと、製品開発やプロモーションといった華々しい印象を一般的に持たれがちです。しかし、実際のマーケティング担当者の業務は製品開発やプロモーションの企画ばかりでなく、適切な生産計画を立て、各工場と生産数とラインの調整などを行い、店頭に置いていただけるように流通様にとって使いやすく邪魔にならない、それでいて消費者に適切な価値提案のできる販促ツールはどんなものかを考えて全国の店頭に配布できるように調整し、販売の方々とプロセスをすり合わせ・・・といった仕事も多く、思いのほか地味な作業の割合が高いという実態があります。
しかし、こうした仕事を我々が遂行できなければ、日々、全国に弊社の商品を配送し、洗剤や化粧品を購入できるといった当たり前の生活を守ることができなくなります。実際、2020年にCovid-19の影響で初めての緊急事態宣言に直面した際、日本の中でも物流が乱れ、当たり前の生活を過ごすことができなくなった経験を多くの方がしたことと思います。
商品のあふれる現代社会では、花王が商品を供給できなくなったところで他社品がある、と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、競合他社との健全な競争があることで、各社が商品の付加価値だけでなく、それを消費者に届けるための仕組みを改善し、高度な効率化を実現しようと努力します。こうした高度な改善を実現するために、利益を出して再投資していくことが企業には求められます。
渋沢栄一は『論語と算盤』の中で、道徳と経済は本質的に一致するという道徳経済合一説を唱えています。渋沢は、いかに経済上の発展がある活動でも、道徳が欠けていれば必ず争いが生まれ破綻してしまうが、道徳ばかりを重視することで経済をないがしろにしていては、いかに志が高くとも結局は人々の役に立つ成果を生み出せないと指摘しています。
つまり、自らの組織の事業に貢献することと、社会に貢献することはそもそも矛盾する問題ではなく、むしろ本質的に同一の問題であると言えます。そのため、利益を生み出せない事業は社会的責任を果たしているとは言えず、企業が利益獲得のための活動を行うことは社会への貢献を実現する上での、重要な活動となります。
私は学生さんや新人社員などに「マーケティングとは何か?」と問われたとき、「平たく言えば商品を買っていただける仕組みを作り、運用していくこと」と答えています(もちろん、AMAの公開している定義や著名な学者の引用もあわせてご紹介しています)。
その理由は、これまで述べたように、マーケティングという活動が経済の「発展」に寄与するという役割だけでなく、経済の日々の循環を支える機能の一つとしての役割も担っていて、その活動の総体が社会にとっての公益となっていると、私が考えているからです。
※回答者4名のプロフィールは、こちら記事にて紹介。
Quesiton1:「広告ビジネス(広告会社、広告メディア企業)の社会における「パーパス」とは何だと思いますか?」
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