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解釈の「余白」を残すコミュニケーション
高広:アニメの「機動戦士ガンダム」が一部で話題ですよね。宇宙世紀シリーズの映画作品に「機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)」があります。
本田:そっちの「ナラティブ」ですか(笑)。
高広:ガンダムシリーズに登場するニュータイプという存在に関する作品で、1979年に放送を開始したテレビアニメ「機動戦士ガンダム」から続く物語です。
ニュータイプというのは初期の作品から登場するトピックなのですが、生みの親の富野由悠季さんも細かく設定を決めていなかったといわれています。そのため、ガンダムの制作にかかわる人、ファン、さまざまな人がそれぞれの独自解釈を紡ぎ合わせた先に今現在のニュータイプの考え方が存在しています。
「機動戦士ガンダムNT」はその名の通り、ニュータイプというものを、これまでの解釈と本作品の監督や脚本家の解釈も含めて紡いだ上でつくられているのが興味深いところです。
作品そのものにも「解釈は自由だ」と投げかけている部分があり、かつ「NT」というのはニュータイプとのダブルミーニングではないかと。まさにナラティブ。
本田:作品のあり方としてナラティブというのは深いですね。富野さんが最初に明確に定義しなかったことが紡ぎにつながった。解釈を後の人に託したというか。
高広:余白を残したという考え方もできますね。
『キングダム』はパーパス実現の物語
本田:ナラティブを前提にしたコミュニケーションは、常に現在進行形で終わりがないものですが、ナラティブ自体が変化していくことはありますよね。シラー教授の『ナラティブ経済学』にも、普遍的なナラティブが時代の象徴的な出来事と組み合わさって続いていくという指摘もある。
今はSDGsを例に出すまでもなく持続可能性が重視されるようになり、人々の目線が長期視点になっています。そうなるとナラティブで紡ぎながら事業を展開するというのは時代に合っているし、ナラティブが求められている要因のひとつなのではないでしょうか。
『ナラティブカンパニー』ではパーパスはナラティブの起点だと記しています。ナラティブを紡いでいくときの企業側の出発点として、「売上を何倍に」ではなく「なぜ社会に存在しているのか」ということであるべきだと。
昨今はパーパスの策定が流行で、その作業自体は策定したところで終わってしまう。だけど本当はそこからが大事で、パーパスを起点とした物語を世の中で紡いでいかなければならない。それこそがナラティブの実践だと思っています。
高広:パーパスのブームについてはひとこと言いたいですね。例えば、企業がパーパスとして打ち出しているものを見て、「それはミッションと何が違うのか」と思うことがあります。そうしたミッションとパーパスを混同した「パーパスっぽいもの」が出てくる理由は、おそらく、企業が社会をどう捉えているか、その上でその社会の中で企業がどのような関係性を持つのかについて考慮されていないから。
パーパスとは、ある企業が社会の中でどのような存在意義があるのかという問いに対する回答であるべきなのですが、そもそも企業側が自らが属している社会とはなんぞや、どのようなものかという社会を定義していないのでパーパスそのものがふわふわしてしまう。
本田:「私たちは、豊かな社会を創ります」みたいな抽象度の高いものになってしまう。
高広:そう。そして「豊かな社会」についての定義がない。
本田:パーパスでいえば、パタゴニアの「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」はよく知られています。
高広:地球環境をめぐる危機があって、それに対する自らの姿勢を明確にする。社会と結びついているから、誰も否定できないですよね。今の社会「As is」があって、本来あるべき姿「To be」がある。それをパーパスとして示すべきです。
ここでまた漫画の話になりますが、『キングダム』では主人公の嬴政(えいせい)、のちの秦の始皇帝がなぜ戦うのかというと、「争いのない社会」をつくりたいから。戦争の続く状態が「As is」で、国を統一して戦を終わらせることが「To be」です。国を統べて戦(いくさ)のない世の中をつくるという大義は、誰も否定できない。つまり『キングダム』は秦の始皇帝のパーパス実現の物語なのです。
本田:ガンダムはニュータイプのナラティブで、キングダムはパーパス。すごくわかりやすい。大義があるからこそ、取るべき行動がおのずと示される。
高広:一方、「パーパスブランディング」のようにパーパスの後に何かがつくと、パーパスが手段化してしまう。ブランディングのためにパーパスを策定すると本来のあるべき姿から離れてしまいます。
社会の変化を前提に、永遠のベータ版を続けていく
本田:最近の仕事でコーポレートコミュニケーションやマーケティングをナラティブアプローチにしたいという相談を受けると、まずは「皆さんが語りたいことは何ですか?」と問い、企業やブランドのナラティブを精査します。一方で届けたい相手にもそれぞれのナラティブがある。相手を「語り」を持つひとりの人間として見たときに、どういうことを考え、語り、行動するのか。そのどこの接点に、企業と生活者が物語を紡げる可能性があるのかを模索していく。
そうすると、共創的なナラティブが出来上がっていきます。どちらか一方というわけではなく進化する。第三の道が開けて両者によるフラットな新しい物語をつくれるようになるかもしれないし、さらには社会にも受け入れられるような素敵な話になるかもしれない。最近の仕事はそういうプロセスを経ています。
高広:ストーリーには起承転結があって完結する一方、ナラティブには対話的な要素がある。参加的、相互的な要素を持つので深化し、昇華する可能性を持っています。こうしたことを前提にコミュニケーションを行う必要があるでしょうね。
本田:はっきりしておきたいのは、ナラティブは手法ではないということです。この記事を読んでいる方も、「結局のところ何をすればいいのか」とノウハウを知りたがっているかもしれません。それも大事ですが、ナラティブには世界的に多様な研究領域の歴史があります。それらを多少なりとも勉強することで、本質的な理解につながるはずです。
とはいえ具体的なアプローチについても触れておくと、「あなた自身のナラティブは何か」を考えてみてもいいと思います。人は誰しも経験を重ねて生きているので、誰にでもナラティブはある。自分のパーソナルヒストリーやライフヒストリーから、「私はなぜこういう行動をとるようになったのか?」とあらためて考えてみる。それがすなわち、これまでの経験を「再編集」してみるということなんですね。
自分の所属している企業、組織のナラティブを考えるのは結構難しいもの。どうしても、「プロジェクトX」みたいな開発ストーリーに行きがちです。それならまずは「自分」で考えてみると、ナラティブアプローチに慣れるきっかけになるかもしれません。
高広:物語ではあるんだけど、そのアウトプットは映像でも文章でも何でもいい。ナラティブはアウトプットの形式ではないのです。完成しない、終わりのない企業とステークホルダーの関係性の中で紡ぎ続けられる物語という位置づけです。
企業は社会の中に存在するわけですが、その社会も変化します。変化の要素は多いので何かを決めつけたような物事の進め方をするのは良くない。なぜならナラティブが示す物語の源泉とは、企業自身が持つ経験とステークホルダーたちの持つ経験そのものだからです。
起業家論の中では比較的新しい考え方に「エフェクチュエーション」というものがあります。社会が変化をしていくのであれば、それに合わせて企業やブランドのあり方も変わっていくのが自然なことです。ならば目標を当座のものしか決めないようにする方が現実的です。
企業やブランドが変化に即時対応できるようにするためには、目標を短期的なものにとどめておくことも大事ですし、資源投入を無尽蔵にしないことも大切。投入しすぎると、路線を変更する際に無駄が生まれる。だから「この範囲の失敗なら問題ない」と割り切れる資源投入にしておくというのがエフェクチュエーションの考え方です。
ナラティブを企業や顧客の経験、社会の変化の中で紡がれるものと考えると、従来のPRやブランドのストーリーのように「こうである」と決めるのは難しい。システム開発でいうところのアジャイルやアプリケーションの世界でいう「永遠のβ(ベータ)版」といった考え方が大事です。
VUCAの時代といわれ、企業のトップも「変化の多い世の中」と言う。でも他方では「5年先のビジョン」を求められたりする。それが本当に成立するのかという話です。社会的な制度は変わりにくいので、そこをベースに長期的な視点を持つことはできますが、消費活動は変化が激しいので5年先を見通すことは現実的ではない。「社会」をどう捉えるかというのはそういう意味。変化のないところで語るのか、多いところで語るのか。その前提を明らかにしないと社会における存在意義を語ることはできません。
本田:永遠に未完成で構わないという考え方ですね。若い世代の方がその発想に近い気がします。年配者には過去の成功体験がありますし、SNSコミュニケーションのスピード感についていけない。今はデジタルネイティブでソーシャルネイティブ。あらゆる予想できない事象を見てきた10代などはかなり「ナラティブ力」が高いのではないでしょうか。
高広:物語のサイズも違うでしょうね。もしかするとひとりにひとつでもない、もっと小さな物語なのかもしれません。
本田:半径5メートルくらいの物語。多面性も持っているので、数年後は世の中の見え方がもっと変わっているかもしれないですね。
(おわり)
高広伯彦氏(たかひろ・のりひこ), Ph.D.
マーケティング及び事業開発アドバイザー、実務家教員(社会構想大学院大学特任教授)、京都大学博士(経営科学)
博報堂、電通、Googleを経て独立。実務における広告テクノロジー、マーケティングテクノロジー、顧客視点での事業・プロダクト開発についての知見と経験をもとに、現在はB2C/B2B、ベンチャー、大手上場企業問わず、各種企業のマーケティングや事業開発支援を行っている。主な著書『次世代コミュニケーションプランニング』、『インバウンドマーケティング』など。他論文・寄稿に「コンテクストを重視した企業コミュニケーション活動への視点」『広報研究』25号2021年、「デジタルマーケティング~マーケティングの民主化」『一橋ビジネスレビュー』VOL.64 NO.2 2016年など。
本田哲也氏(ほんだ・てつや)
株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト
「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に『PRWEEK』誌によって選出されたPR専門家。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードに入社。2006年にブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。2019年より株式会社本田事務所としての活動を開始。
著書に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ナラティブカンパニー企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)ほか。