大麻で収監された人を救おうと、米国の大麻企業などがパッケージを通じて呼びかけている。指定のラベルを大麻製品に貼ることで、他社も参加できるようにした。売上の全額を釈放に必要な費用に充てる。企画などを担当した広告会社サービスプランの谷脇太郎氏は、「将来、日本のクリエイターもかかわる可能性のある領域ではないか」と話す。
「Freedom Grams(フリーダム・グラムス)」は、非営利団体「ラスト・プリズナー・プロジェクト(LPP)」と、大麻企業のゲイビー(Gaby)、栽培プラットフォームのアロヤ(Aroya)によるプロジェクトだ。
配布するラベルには、LPPの支援先が逮捕された際に所持していた大麻の量(グラム数)が大きく記されている。「こんなに少量の、そして(現在では合法的に)購入可能なもののために投獄され続けている人がいる、という実感を持ちやすくするため」と谷脇氏は話す。
「ターゲットはすでに大麻を使用している人だが、複雑な背景を持つ問題。わかりやすくビジュアライズしようと考えた」(谷脇氏)
4月20日の発売から初回出荷分は完売したといい、ゲイビーで広報を担当するチャーリー・ロールフス氏は「素晴らしい反響があった。すでに100ユニットの花穂を販売した」と話す。
価格は花穂3.5グラムで20ドル(約2600円)など。6月18日には、LPPの資金調達のための音楽イベントも開催する。ビジネスSNS「LinkedIn(リンクトイン)」を中心に情報が拡散され、多くの人がプロジェクトを認知し始めている。
ゲイビーは急成長中の企業で、2021年の収益は前年比で約8倍の3244万ドル(約42億1100万円)、売上総利益は前年の15万ドルの損失から、1192万ドルへと大幅に伸びた。主力はいわゆる混載事業だが、買収した小売での販売の貢献も大きい。
コスト減と税収増、誰が享受
大麻使用や所持による収監は、米国の社会的費用の肥大化にも影を落とす。
収監者数増大の発端は、ニクソン大統領による「麻薬戦争」だ。絶対的下限刑や三振法などの法制度によって近年まで増加を続けている。全米の収容者数は現在200万人超に至った。そのうちの一割以上が、薬物犯罪によるものだ。米非営利団体「量刑プロジェクト」は19年時点で24万9500人と推計する。80年の2万3700人から10倍以上に増えた。
収容者が増えればコストも肥大化する。これに呼応するように普及したのが民営の刑務所だ。大手のコアシビック(旧コレクションズ・コーポレーション・オブ・アメリカ)の2021年の収益は186億ドル(約2兆4160億円)。一大産業に育った。
民間刑務所は、収容者が増えれば増えるほど利益が出るビジネスだ。政府から補助金が出るほか、労働力としても生かせる。バイデン大統領は、「大量の収容には莫大な社会的費用を要する」とし、民間刑務所を廃止する方針を打ち出した。
大麻を解禁する州には、経済活性化の側面への期待もある。21年に嗜好用大麻を合法化したニューヨーク州では、当時のアンドリュー・クオモ知事が40億ドル規模(約5200億円)の産業が生まれ、年間3億5000万ドル(455億円)の税収増が見込めると試算した。
大麻合法化を主張する団体「マリファナ政策プロジェクト」の発表によると、2021年に大麻を合法化している州は、合計で37億ドル(約4830億円)の税収があった。州別で最も多いのはカリフォルニアで、単独で13億ドル(約1750億円)に上る。
収容者数の肥大化を緩和できる上、新たなマーケットが開拓できることが、合法化の後押しとなっているのは確かだ。LPPは、「現在、大麻を享受している人々にこそ、いまなお重荷を背負っている人たちについて、思いを馳せてほしい」とする。
谷脇氏は「大麻については、〔合法化によって〕遡及的に釈放されるケースもある。恩赦請求の費用が工面できれば受刑者を救える。その資金調達のために今回のプロジェクトが生まれた」と話す。
若者の大麻事犯が急増
厚生労働省は5月25日、大麻規制検討小委員会の初会合を開いた。大麻規制を部位から成分に改め、医療目的での使用や、使用に直罰を定める「使用罪」の設置について議論を進めている。今夏にも改正案の骨子をまとめる。
医療に有用な成分を用いた医薬品の製造や施用を可能にするという医療ニーズに応えたり、伝統的な利用、新たな産業の振興を図ったりといった狙いがある。一方、大麻事犯の増加、特に若年層で増えているという課題もあり、慎重さが求められる。
大麻事犯の検挙人員は2020年に過去最多の5260人となった。薬物事犯全体の伸び率よりもはるかに大きく伸長している。世代別の構成比では、20歳未満や30歳未満の割合が増加している。
厚労省の医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課(監麻課)の担当者は、「若年層で増加していることについて、一義的な原因を特定することは難しい」とする。
「ソーシャルメディアなどでは隠語によって取引されるなど、情報や大麻自体へのアクセスが容易であることが、乱用を促す一因だと考えられる」(監麻課担当者)
「大麻については、以前に比べ気軽にソーシャルメディアで買えることなどに合わせ、若者が大麻カルチャーへ接触しやすいことがあるのではないか」と話すのは、CBD(カンナビジオール)製品を扱うワンインチ(東京・渋谷)の柴田耕佑社長だ。
CBDは大麻由来の成分だが幻覚作用がないとされ、CBDは難治性てんかんの治療薬として用いられている。
「若年層における海外の文化の影響、特にラッパーなどのプロモーションビデオや動画配信サービスなどでも当然のように大麻が出てくることも無関係ではないだろう」(柴田社長)
不正確な情報、責任を負うのは
厚労省は、現行法での部位規制から、有害成分のTHC=テトラヒドラカンナビノールの成分規制への移行や、CBDに限らず、大麻から製造された医薬品の施用などを禁じる大麻取締法の関係条項の改正の検討を続けている。
その過程で課題となるのは、情報発信の徹底だ。ニューヨーク州では、クオモ知事の後任のキャシー・ホークル知事が、大麻の合法化に伴う注意喚起のための広告キャンペーンで、「TikTok」に協力を要請した。「TikTok」は大麻についての話題を全面的に禁じているが、特に脳神経への影響が出やすい若年層への発信のため、方針を曲げて対応してほしい、という書簡を出した。
前述の監麻課担当者は、「合法化している国でも大麻そのものが有害ではないといった、誤った情報が発信されている」と警鐘を鳴らす。米国で合法化している州でも大麻に有害性があることを認めているが、無害説は根強く残る。
米国の保険業界のように、「タバコと同様、あとになって大麻産業が高額な医療費求償訴訟や、健康被害による訴訟を抱えるリスクはゼロではない」と、大麻産業に対して比較的冷静に見ている向きもある。
日本でも、ディスカウントストア大手や、美容製品を扱う小売をはじめ、ネット通販でCBD製品が花盛りだ。NHKや民放でも、CBD入りの飲料を出す店などを紹介した。
柴田社長はCBD製品について伝える際、「未確定の情報はできるだけ伝えず、伝える場合でも未確定であることをきちんと伝えることに注意している」と話す。薬機法や景表法に抵触しないことはもちろん、「万能薬や医薬品的扱いがされることもあるが、そうした表現は控え、あくまで研究途上であることも伝え、わかっているファクトのみを正確に出す」。
「Freedom Grams」に携わった谷脇氏は、「個人的には、大麻ほか麻薬全般には批判的。これからも自分がこの商品を購入することはないと断言できるし、仮に麻薬のユーザー拡大キャンペーンであったら、絶対に参加しなかった」と話す。
「『Freedom Grams』は、釈放または減刑されるべき囚人を解放する取り組みで、たとえ大麻反対派でもクリエイターとしてやるべきことはあると感じた。日本のクリエイターもいつかは関わる可能性のある領域だと思う。議論をし続ける価値のあるトピックだ」(谷脇氏)