社員にとって最大の不幸は「企業理念に共感できない」会社に勤めること

「カンパニー」の語源が持つ宗教性

新入社員を迎える季節になると、うんちく好きの上司が披露しがちなクリシェ(もはや目新しさが失われた常套句)がある。

companyというのはラテン語の「companio」に由来していて、comは「共に」、 panは「panis(パン)」を意味する、というもの。つまり「共にパンを食べる仲間」が語源である。ということで、「日本語にも『同じ釜の飯を食う』という言い方があるように、会社って要するに家族みたいなもんだ。……さて、早速、昼飯でも食いに行くか」と、一般的なうんちく上司であれば、こんな話をするだろう。

しかし、世のうんちくおじさんの中でも割と厄介な部類に入るであろう私の場合、これでは終わらない。4月、TBMの新卒社員向け研修では、こう付け加えた。

じゃ、この「パン」って何だかわかりますか? 西洋のキリスト教社会では、パンといえば礼拝やミサの聖餐(パンとぶどう酒)であって、「共にパンを食べる仲間」というのは同じ信仰を持つ同志を指します。つまり、たまたま居合わせて一緒に飯を食って仲良くなった程度の関係ではない。進みたい未来や理念を同じくし、そこに忠誠を誓い合う仲を意味するわけです。だから、企業理念が曖昧な企業は社員を繋ぎ止められないし、社員にとっても企業理念に共感できない会社に勤めることは不幸なことなんですね――。

もっともらしく語っているが、語源辞典などで確かな裏をとったわけではない。ただ、私は西洋人でこそないが、まるで敬虔ではないにせよ一応クリスチャンなので、「パン」と聞けば、そう連想するのは事実だ。一方、2月に入社したばかりの新参者が、4月入社の新卒社員に何を偉そうに先輩面してるんだというツッコミもありそうだが、それは許してほしい。

ビジネス書の古典的名著『ビジョナリー・カンパニー』(ジム・コリンズ著、日経BP社)では、永続する企業に共通する「8つの生存の法則」が導き出されており、そのひとつに「カルトのような文化」が挙げられている。

ビジョナリーな企業はある種宗教的な面があり、共通の信念・理念が組織の求心力になっているのだ。事実、名経営者と呼ばれる人物の多くは「教祖」の趣があるし、一貫した言動によるリーダーシップで組織を率いてきた。

『ビジョナリー・カンパニー』より。IBM、ディズニー、プロクター&ギャンブルなどが「カルトのような文化」を持つ企業として紹介されている

パナソニックの創業者・松下幸之助氏は「水道哲学」と呼ばれる理念を提唱した。水道の水のように、良質なものをより安く大量に供給することで、世の中から貧困をなくすことを自らの使命としたのである。この考え方は、松下氏が1932年に天理教の本部を見学に行った際に着想を得たという。

『ダイヤモンド』1963年9月10日号で松下氏は、「その宗教団体は私の目には驚くほど見事な事業経営に映った」と語っている。「多数の悩める人々を導き安心を与え、人生を幸福にすることを目的として全力を尽くしている事業である」と評価しながら、「われわれの事業は、このような宗教団体以上に繁栄せねばならぬ神聖な事業である」という結論に達したのだという。

松下氏は戦後、PHP(Peace and Happiness through Prosperity:繁栄によって平和と幸福を)という運動に取り組んだが、その基礎となる考え方は、神道、仏教、キリスト教などさまざまな宗教や思想に接する中から形成されたといわれる。

さらに松下氏は、宇宙の根源を祀る「根源の社」という宗教施設まで創建している。以前、PHP研究所の京都本部を訪ねた際、ビルの最上階にある根源の社を見せてもらった。私が行ったときには、ヒット祈願なのかPHP文庫の新刊本が祭壇に供えられていた。

京セラ、KDDIの創業者・稲盛和夫氏も、日本を代表するカリスマ経営者だ。稲盛氏が自身の経営哲学を後進経営者に伝える勉強会「盛和塾」の現場を何度か取材したことがあるが、稲盛塾長を囲んで、塾生はお互いを「ソウルメイト(魂で結ばれた仲間)」と呼び合う、多分に宗教性を帯びた集まりだった。

もっとも、そもそも稲盛氏自身が臨済宗の僧籍を持ち、宗教的な言動や著書が多いが、決して稲盛氏の信仰を押し付ける場ではない。塾生には無宗教の人もいれば、キリスト教徒や新宗教の信者もいる。あくまで中心にあるのは稲盛氏の経営哲学である。

その結束力は強く、2010年に稲盛氏が経営破綻した日本航空(JAL)の会長に就任した際には、「盛和塾JAL応援団」なる組織が自然発生的に結成され、塾生1人当たり100人の知り合いに「JALに乗ろう」と声をかけ、合計55万人の搭乗実績を作るというプロジェクトが立ち上がったほどだ。

海外では、アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏も、教祖的な見られ方をされる経営者だ。「Stay hungry, stay Foolish.」 「Think different.」といったメッセージと共に、信奉者は世界中に広がっている(私も30年以上に及ぶMac信者だ)。そしてジョブズ氏が創り上げた「アップルらしさ」は、教祖が亡くなった後も、社員やユーザーのあいだで受け継がれている。

いずれにしても、経営者が掲げる理念の下に結集し、共通の強い価値観が浸透した事業組織が強いことは、古今東西の例を見ても明らかなのである。

ミッション、ビジョン、バリューと会社選びの軸

前置きが長くなったが、今回のライフシフトにあたり、私は会社選びの軸をいくつか定めた。

そのうち、「メディア業界とは違う新しい世界に挑戦する」という軸や「若い人たちと刺激を共有できるスタートアップ」という条件については、本連載ですでに述べた。その他、「特に社会貢献、社会課題の解決に挑む分野」であること、「大きな成長を確信できる強みがある」こと、「経営者の掲げる方針に共感できる」ことなども、私にとっての重要ポイントだった。

冒頭で、創業の理念や経営哲学の重要性について長々と述べたが、昨今は自社の進むべき道を「ミッション」「ビジョン」「バリュー」という言葉で指し示す経営者が多い。ちなみに、TBMという社名はTimes Bridge Managementの頭文字で、「時代の架け橋となる会社にしたい」という創業の想いが社名自体に込められている。その上で、TBMの場合も2020年11月に企業理念体系を策定し、ミッション、ビジョン、バリューを以下のように定めている。

・ミッション
進みたい未来へ、橋を架ける


・ビジョン
過去を活かして未来を創る。
100年後でも持続可能な循環型イノベーション。


・バリュー
1.非常識に挑戦しよう
2.両立主義で行こう
3.自分ゴトを拡げよう
4.約束への逆算思考
5.感謝と謙虚で繋がろう

 

TBM Compassより

改めて解説すると、ミッションとは「私たちの使命であり、宿命」のことだ。組織として何を達成したいのか、という存在意義そのものを指す。

ビジョンとは「わたしたちが目指す場所」を指し、文字通り「見たい未来」を意味する。未来といっても通常は5~10年程度先、つまり今いる仲間たちと見ることができる世界のことだ。

バリューとは「わたしたちの価値観であり、人格を形づくるもの」と言い換えられる。掲げたミッションやビジョンを、どのような行動様式で達成していくのかというものだ。

「どんな会社で働きたいか」と考えるとき、その会社が目指すミッション、ビジョンは当然重要なのだが、実はこのバリューこそ最も重視すべきではないかと私は思っている。いわゆる「社風」は、バリューに現れるからだ。

例えば、「向こう岸に橋を架ける」というミッションを達成するにしても、誰一人取りこぼすことなく全員同時に橋を渡るのか、足が速く体力のある者だけ先に渡るのか、みんなで歌でも歌いながら楽しく渡るのか、リーダーを神輿に乗せ担いで渡るのか――など、橋の渡り方にもさまざまある。掲げるミッションやビジョンに共鳴しながらも、組織の価値観に共感できなかったら、在籍し続けるのは苦痛でしかないだろう。

人生の価値観に合致したTBMの5つのバリュー

私の場合、先に挙げたTBMの5つのバリューは、まさに自分の人生の価値観と共通していると感じた。

「1.非常識に挑戦しよう」については、入社後に詳しく知って驚いたことがある。

当社の祖業である「LIMEX」は、世界中に豊富に存在する石灰石という資源を主原料とし、水と森林資源を使わずにつくれる環境配慮型の新素材だ。これを普及させるというのが最大の目標であり挑戦だということは認識したが、それだけでなく使用済みLIMEXをどう回収し、リサイクルするか。つまり資源循環の仕組みをつくることも本気で推進しているのである。

スタートアップとしては、まずは新素材の開発と普及に専念していれば良いものを、新素材を世に送り出すからには、そのリサイクルの仕組みまで最初から提供することが社会的使命だと考え、その先の循環経済の構築にまで乗り出しているわけだ。

例えば今秋、神奈川県横須賀市で年間約4万トンという処理能力を持つ国内最大級のリサイクルプラントの運営を始める。この工場は、廃プラスチックと使用済みLIMEXを一括回収してきて、光学選別機を用いて自動で選り分けて、再生に回すことができる。この横須賀モデルは今後、日本国内に展開し、さらには世界中に広げていくという計画を立てている。

これこそが、エコロジーとエコノミーを同時に実現する「2.両立主義で行こう」であり、こうした非常識な計画に「3.自分ゴトを拡げよう」という意識の下、全社一丸となって邁進していることに、私は驚きと興奮を覚えざるを得なかった。

そして「4.約束への逆算思考」にあるように、TBMは未来のために今の課題を解決しようとする会社である。見たい未来を実現するために今何をやるべきか、スピード感をもって取り組んでいる。

しかし一方で私は、「理想の未来なんか来ない」とも考えている。

冒頭で紹介した松下氏や稲盛氏のエピソードのように、週刊ダイヤモンドの過去100年以上にわたるバックナンバーを読みあさり、面白い記事を発見するのは、私の趣味のひとつである。その過程で気付いたのは、どんな時代の記者も、判で押したように「今は激動の時代である」とか「現代は課題が山積している」などと書いていることだ。

今を生きる我々は、目の前の課題を解決して理想の社会を実現しようと躍起になっているが、その課題を解決したところで、その先にはまた新たな課題が生まれているのだろう。であるならば、必要なのは、目の前の課題を解決した後の未来の課題を想像し、先回りすることなのではないかと思う。それができた企業こそが、真の意味で「未来を生きる」ことができるのだろう。

バブル崩壊以降、「この厳しい時代をいかに生き残るか」という言葉で社員を鼓舞する経営者をたくさん見てきたが、生き残りたいのは経営者や会社の都合に過ぎない。ただ生き残ることをミッションにした会社など、社会は求めていない。

その点、進みたい未来を常に想像し、「4.約束への逆算思考」によって今何をすべきかという行動基準を掲げたTBMに、私は魅力を感じたわけである。

それにしても、ここまで読み返してみて思った。企業や経営について、一介のサラリーマンのくせに、この男は何をえらそうに語っているのだろう。まるで経済紙誌の論説委員のような、上から目線の論評だ。

どのような相手に対しても誠実に接することを旨とし、「5.感謝と謙虚で繋がろう」も自分の価値観にはマッチしていると考えていたのだが、どうにもこの男の書く文章は謙虚さに欠け、不遜さが抜けていない。そのあたりの行動様式は、まだまだアップデートが必要なようである。


深澤 献(TBM ブランド&コミュニケーションセンター長)
深澤 献(TBM ブランド&コミュニケーションセンター長)

ふかさわ・けん/広島県出身。株式会社TBMのブランド&コミュニケーションセンター長。1989年ダイヤモンド社入社。『週刊ダイヤモンド』でソフトウェア、流通・小売り、通信・IT業界などの担当記者を経て、2002年10月より副編集長。16年4月よりダイヤモンド・オンライン(DOL)編集長。17年4月よりDOL編集長との兼任で週刊ダイヤモンド編集長。19年4月よりサブスクリプション事業や論説委員などを経て、22年2月に新素材スタートアップのTBMに転じる。著書に『そごう 壊れた百貨店』『沸騰する中国』(いずれもダイヤモンド社刊・共著)など。趣味はマラソン。

深澤 献(TBM ブランド&コミュニケーションセンター長)

ふかさわ・けん/広島県出身。株式会社TBMのブランド&コミュニケーションセンター長。1989年ダイヤモンド社入社。『週刊ダイヤモンド』でソフトウェア、流通・小売り、通信・IT業界などの担当記者を経て、2002年10月より副編集長。16年4月よりダイヤモンド・オンライン(DOL)編集長。17年4月よりDOL編集長との兼任で週刊ダイヤモンド編集長。19年4月よりサブスクリプション事業や論説委員などを経て、22年2月に新素材スタートアップのTBMに転じる。著書に『そごう 壊れた百貨店』『沸騰する中国』(いずれもダイヤモンド社刊・共著)など。趣味はマラソン。

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