「破り捨てたいのに絶対に破れない馬券」というアイデアのカラクリ

走りながら考える、何を?

先日、社内の若手社員に「スタートアップに入って驚いたことって何ですか」と聞かれ、「やっぱスピード感かな、何事も走りながら考えるって感じ?」と答えたところ、「走りながら考える」という表現にピンと来なかったのか、「ああ、深澤さん、マラソンされるんですもんね。走ってるときも考えてるんですね」と返され、笑ってしまった。

それはそれとして、コロナ禍ですっかり体が鈍ってしまったが、2年前までは年に何度もフルマラソンの大会に出るくらいマラソンにはまっていた。実際、4時間弱ずっと走り続けるわけで(さりげなくサブ4ランナーであることをアピールしている)、その間は確かに考えごとをすることが多い。普段、近所をジョギングするときも、締め切りが眼前に迫った原稿の構成や新しい特集企画などを、1人ぼーっと考えながら足を進めていたものだ。

もっとも、残念なことに走り終える頃にはすべてを忘れてしまうので、さすがに大会中は控えるが、良いアイデアがひらめいたら、立ち止まってボイスメモを録ることもある。

雑誌編集の仕事においては、とにかく企画をたくさん出すことが何より大事であると意識してきた。新入社員の頃、先輩社員から「何でもいいから今週中に企画を100個出せ」と言われ、最初は冗談だと思って受け流していたら、「いや、マジだよ」と叱られて途方に暮れたことがある。結局、100は思いつかなかった記憶がある。情けない体験だ。

以来、たまたま思いついた最初の企画にずっと固執するより、まずはたくさん選択肢を出すという作業が先であると、肝に銘じている。それを経ないと、企画の良し悪しなど判断がつかないということを学んだ。

2012年、米マイクロソフトの研究開発部門(マイクロソフトリサーチ)のトップを務めていたダニエル・リード副社長(当時)にインタビューをしたことがある。私は「今のマイクロソフトにはアップルのスティーブ・ジョブズのようなカリスマ的なアイデアマンがいないように見受けられるが、未来に向けたアイデアはどのように生み出しているのですか」と失礼な質問をぶつけた。

当時の取材メモがクラウド上に残っていたので引っ張り出してみたところ、リード氏の答えはこうだった。

「ジョブズは本当に類まれな人物で、これからのデバイスがどうなるかというビジョンを持っていた。そんなカリスマ的人物が存在すれば、確かにすごいことが起こせる。だが、すべての人が当てはまるわけじゃない。通常は『良いアイデアを持つには多くのアイデアを持つこと』に尽きる。それがイノベーションの本質だ」

マイクロソフトには頼るべきカリスマがいない以上、R&D部門に在籍する800人にのぼるPh.D.(博士)に、大量のアイデアを出させるというのである。みんなでアイデアを出し合い、合議によって未来予想図をつくり上げる。その成果の一例が「Productivity Future Vision」と呼ばれる“未来予想動画”だ。10年前に見せてもらい、マイクロソフトはこんな未来を創ろうとしているのかとワクワクしたものだ。

マイクロソフト「Productivity Future Vision」2015年版

穴埋め式企画ジェネレーターの発明

当時、私は副編集長だったが、リード氏の言葉に触発されて、雑誌づくりもとにかくベースとなる企画の量を増やすことだと編集部内に呼びかけた。しかし、闇雲に「面白い企画を出せ」と要求したところで、発想の手順、仕組みがなければ、散発的に脈絡のない企画しか生まれない。

そこで私が発明したのは、「穴埋め」方式で自動的に新企画を生み出す「企画ジェネレーター」という仕組みだった。

『週刊ダイヤモンド』は毎週毎週、手を替え品を替え、さまざまなテーマで特集を組んでいるが、つまるところその視点は以下の7パターンに分類(あるいは組み合わせ)されているということに、まずは気付いた。


1.知られざる○○の実態
2.あやしい○○の正体、カラクリ
3.○○のウソ(定説を覆す)
4.気になる○○の最新事情
5.○○をランキングする、リスト化する
6.○○をやさしく解説する
7.○○の未来を予測する

ならば、この○○部分に言葉を埋めるだけで、どんどん特集企画が生まれるわけである。あるいは、既に決まった特集テーマについても、この穴埋めによって読者の求める切り口を盛り込むことで、網羅的な構成にブラッシュアップしていける。この方式で「企画の“種”をどんどん出し合ってみよう」と呼びかけた。当時うまく定着したとはいえないが、少なくとも自分自身は、この穴埋め方式でとにかく企画を量産することを心がけた。

ことほど左様に、編集・記者時代は、暇さえあれば雑誌の企画を考えることに頭を使っていたのだが、この度LIMEXという新素材の開発・販売を主業とするベンチャー企業TBMに移ったところ、街を歩いていても常に「これもLIMEXでつくれるのではないか」というアイデアが頭をよぎるようになった。

LIMEXの使用イメージ

石灰石を主原料としたLIMEXは、紙の代わり、プラスチックの代わりになる素材だが、紙代替としては製造時には森林資源と水資源をほぼ使わないだけでなく、紙より耐水性・耐久性が高いこと、リサイクル性能が高いことなどのメリットがある。

また、LIMEXはペレット(粒)の状態で供給されるので、既存のプラスチック成形機をそのまま使って、どんな形にも成形できる。紙のようにシートにもできるし、袋状にしたりトレーやボトルにしたり、金型に入れてプラモデルもつくれる。そのためあらゆるプラスチック製品を代替できるが、50%以上が石灰石なので、通常のプラスチック製品より石油資源の使用量を抑えられ、すなわち二酸化炭素排出量を減らすことができる。

つまり、世の中のほとんどの紙製品やプラスチック製品は、LIMEXに置き換えることができるのである。

紙やプラスチックの代替素材として、すでに8000社以上で導入されている

ふと立ち寄ったレストランで、ラミネート加工されたメニューを見れば、LIMEXならわざわざこんな加工などしなくても、水に濡れても平気で、縁がボロボロになったりもしない丈夫なメニュー表をつくれるのに……と思ったりする(実際、例えば吉野家のメニュー表は今、すべてLIMEX製である)。

あるいは街角で、背面にLEDを仕込んだ電飾看板を見ると、LIMEX製の板なら中に含まれる石灰石のおかげで光の拡散性が高いから、ただのプラスチック板よりきれいに映るのになぁなどと考えてしまうのである。

使用済LIMEXを100%回収できる夢の導入先

そして、単に用途だけでなく、回収してリサイクルするという流れまで合わせて企画するのが楽しい。

TBMは、LIMEXという新素材を普及させるだけでなく、新素材を世に送り出すからにはそのリサイクルの仕組みまでも創り出すことを、メーカーの責任として力を入れている。

100円ショップのセリアやヨドバシカメラのショッピングバッグなど、読者の方々も知らずに持ち帰っているであろうLIMEX製品も数々あるが、そんな市中に出回ったLIMEXを回収し、リサイクルする仕組みをつくるのは非常に大きな挑戦ではある。

そこで、今年秋には神奈川県横須賀市にリサイクルプラントの運営を始める。年間約4万トンという処理能力を持つ国内最大級のリサイクル工場で、地域から出た使用済みLIMEXや廃プラスチックを一括して回収し、赤外線を当てて跳ね返ってきた波長で自動選別することができる。

こうしてLIMEXはLIMEX、プラスチックはプラスチックに再生利用していくのだ。まずは実証実験から始めるが、早い段階でこの工場モデルを国内各地に展開し、さらには東南アジアなど世界中に普及させる計画を立てている。

その一方で、「確実に回収できるような場所に導入する」という発想も重要だ。例えば、前述したレストランチェーンのメニュー表などは、定期的に内容が更新されるので、その度に回収してリサイクルに回せる。

あるいは電車内の中づり広告。以前なら他誌の見出しが気になったものだが、今は内容より素材の方が気になるようになった。どうせ一定期間が過ぎたら回収するのだから、そのままリサイクルできるLIMEXにした方がいいんじゃないか、と。

他にも、例えば東京マラソンの給水カップにもLIMEXが使用されている。マラソン大会の給水所では、水やスポーツドリンクを飲んだランナーたちはその場でポイポイとカップを捨てていく。つまり、その場で使用済みLIMEXを確実に回収することができるのである。

このように、使用したその場で効率的に回収できる仕組みがあれば、資源循環の提案とともにLIMEXの導入を勧められる。そんな用途がないか、街を歩いていてもそんなことばかりが気になるようになった。もうすっかり新素材メーカーの人間である。

先日、友人たちと飲んでいた際、私の転職の話題になり、こういう素材なのだと説明をしたところ、みんなが面白がって用途開発を議論してくれた。例えば「馬券はどうだ」というアイデアが出た。なるほど、はずれ馬券を大事に持って帰る者などいない。大体皆、その場で捨てていく。大量に回収でき、そのままリサイクル工場に持ち込んで再生することができるではないか。ナイスアイデアだ。

しかし、ひとつ困ったことに気付いた。LIMEXは紙と比べて耐久性が極めて高いのである。

私はLIMEXでできた自分の名刺を取り出し、「これ、破ってみ?」と手渡した。そこにいた4人、誰も破ることができなかった。それほど強度がある。なのに、はずれ馬券は、誰もが悔し紛れに破って捨てるものである。LIMEX馬券ではその憂さ晴らしができないのだ。

「仕方ない、ミシン目をつけるか」という結論にならざるを得なかった(実際には“目”と呼ばれるポイントがあって、うまくそこを刺激すればスーッと裂けるのだが、なかなかコツがいる)。

誰も破ることができなかったLIMEX製の名刺

というわけで、この週末も私は、回収の方法とともにLIMEXの導入先を考えながら近所をジョギングしてきた。今日は神社の前を通ったとき、おみくじってどうやって処分しているんだろうと気になった。よく境内の枝に結んであったりするが、どのくらいの頻度で回収され、どう処分しているんだろう。燃やしているんだろうか、古紙回収に出しているんだろうか。ならLIMEXでもよくない?

おみくじもさることながら、実は先週のジョギングにおいて私は、誰も家のゴミ箱に捨てたり、勝手に燃やしたりしない、100%回収が見込まれる夢のような導入先を思いついている。

紙幣である。オーストラリアでは1988年にプラスチック製の紙幣が導入され、今ではすべての紙幣がプラスチック製だという(もはや“紙”幣ではないが、便宜上紙幣と呼ぶ)。

現在、25カ国以上で発行されていて、オーストラリアの他にもニュージーランドやカナダ、ルーマニアなど7カ国ではすべてプラスチック製に切り替わっているという。確かに、耐水性や耐久性では紙より格段に上で、使い勝手が良いのは明らかだ。世はキャッシュレス時代だが、紙幣自体がなくなるのはまだまだ先のことだろう。

さて、誰のところに営業に行けばいいのだろうか。どなたか日本銀行にコネありませんか?


深澤 献(TBM ブランド&コミュニケーションセンター長)
深澤 献(TBM ブランド&コミュニケーションセンター長)

ふかさわ・けん/広島県出身。株式会社TBMのブランド&コミュニケーションセンター長。1989年ダイヤモンド社入社。『週刊ダイヤモンド』でソフトウェア、流通・小売り、通信・IT業界などの担当記者を経て、2002年10月より副編集長。16年4月よりダイヤモンド・オンライン(DOL)編集長。17年4月よりDOL編集長との兼任で週刊ダイヤモンド編集長。19年4月よりサブスクリプション事業や論説委員などを経て、22年2月に新素材スタートアップのTBMに転じる。著書に『そごう 壊れた百貨店』『沸騰する中国』(いずれもダイヤモンド社刊・共著)など。趣味はマラソン。

深澤 献(TBM ブランド&コミュニケーションセンター長)

ふかさわ・けん/広島県出身。株式会社TBMのブランド&コミュニケーションセンター長。1989年ダイヤモンド社入社。『週刊ダイヤモンド』でソフトウェア、流通・小売り、通信・IT業界などの担当記者を経て、2002年10月より副編集長。16年4月よりダイヤモンド・オンライン(DOL)編集長。17年4月よりDOL編集長との兼任で週刊ダイヤモンド編集長。19年4月よりサブスクリプション事業や論説委員などを経て、22年2月に新素材スタートアップのTBMに転じる。著書に『そごう 壊れた百貨店』『沸騰する中国』(いずれもダイヤモンド社刊・共著)など。趣味はマラソン。

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

このコラムを読んだ方におススメのコラム

    タイアップ