広告・メディアビジネス、これからの進化の形 須賀久彌氏(TVer)×安藤元博氏(博報堂) 

2022年4月より民放5系列揃ってのリアルタイム配信(地上波同時配信)を開始するなど、テレビコンテンツとユーザーの新しい接点を創出し続けているTVer。

2022年3月時点でアプリダウンロード数4,700万、月間の動画再生数は2億5千万回、MUB(月間利用ブラウザ数)は1,800万を突破するなど、テレビ局由来のコンテンツと出合う新たな場を提供している。総合広告会社でキャリアをスタートさせ、現在はTVerで取締役を務める須賀久彌氏と、「Advertising as a Service」という新たな広告ビジネスの構想を立ち上げ、3月に著書『広告ビジネスは変われるか?―テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』を刊行した安藤元博氏が、広告ビジネス、メディアビジネスの進化の形を議論します。

「マスメディア企業はデータ活用で遅れている」は本当?

安藤:僕は企業のマーケティング戦略と広告メディアの活用は連携しているのが当然でありながら、実際にはその2つの間には一定の溝が存在してきたのではないかという問題意識を持っています。これまで、「その問題に目を向けてこなかった」とは言いませんが、この溝を十分には重視せずにきてしまったということはあると思います。

これは広告業界が怠慢だったということではなく、多少の分断があったとしても、市場全体が右肩上がりの成長をしている状況では、広告の露出という価値で十分に事業に貢献できていたからなのではないかとの仮説を持っています。

しかし国内に目を向ければ、右肩上がりの経済成長が続く市場環境ではありません。加えてデジタルマーケティングが浸透し、データドリブンなマーケティングへのシフトが進んでいます。マーケティング戦略の企画と実行がデータドリブンになっていけば、おのずと広告活動においても、マーケティング戦略と同じ粒度でのプラニングやバイイングが求められるようになっていく。だからこそ今、マーケティングの戦略とメディアのプラニング、バイイングをダイレクトにつなげなければならないと考えています。

それが、僕が著書『広告ビジネスは変われるか?―テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』を書こうと思った背景にあることです。またその考えは、博報堂DYグループが提唱する「AaaS(Advertising as a Service)」という構想とつながっています。

須賀さんは広告会社でキャリアを積まれて、現在はTVerでマスメディアのデジタル時代における新たな可能性を切り拓こうとチャレンジをされている。そんなキャリアから、勝手ながら須賀さんも同じようなビジョンを描いているのではないかと考えていました。それでは、どの部分が共通していて、どの部分が違うのか。須賀さんは現在はメディア企業側の立場にいらっしゃるので、そのあたりの相違点を浮かび上がらせていきたいと思っています。

もうひとつ、僕が須賀さんと話したいことがあって、それは広告戦略におけるクリエイティブやコンテンツの部分。「AaaS」について『広告ビジネスは、変われるか?―テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』で触れていますが、あの書籍のなかで、十分には言及しきれていない部分がクリエイティブやコンテンツです。

データを活用した広告活動の最適化といった場合、クリエイティブやコンテンツの要素は重要であり、広告の効果への振れ幅が非常に大きい。その意味でデータを使った最適化の難しい部分でもあると考えています。

しかしながらTVerはテレビメディアのコンテンツ価値と僕が想定している「AaaS」的な世界観をつなぎ合わせるプラットフォームになりうるのではないかとの仮説を持っています。

須賀:僕はメディア側、安藤さんはメディアも見るけれど、もう少しクライアント寄りという立ち位置の違いがありますが、考えているテーマは同じなのではないか、と思いました。最近、放送局の人たちと話すとき、よく「メディア企業にとってのデータの価値、使い道って何だろう」という話題が出てきます。

安藤さんはご著書の中で「メディアは単体では評価しようがない」とか「メディア側も積極的にデータを出していかなければいけない」という指摘をされていますよね。「まさに、その通り」と思っている半面、でもメディアの側にしてみれば、データを出したら自分たちが提供する広告枠の価値を勝手に評価されてハンドリングできない領域に行ってしまうのではないかという恐怖感もあるのではないかと感じています。

安藤:そうなのかもしれないですね。

須賀:あと、マスメディアはデータの面で遅れていると言われるケースもあると思うのですが、実はそんなこともなくて、テレビで言うと1996年からは編成や制作において個人視聴率を活用しています。データを使ってPDCAサイクルを回そうという取り組みは、すでに制作や編成の現場では当たり前のように行われてきたわけです。

それでは、広告セールスの現場で使われてきたかといえば、セールスの通貨としての取引指標としては使われていたものの、広告枠が生み出す、広告主視点での効果についてPDCAサイクルが回せているかといえば、決してそうではなかったと考えています。
広告主サイドにも「あの広告枠は良かった」とフィードバックをしてしまうと、次の交渉の際に同じ枠でも価格が上がるのではないか?という懸念もあるのではないかと思います。
つまり実際の効果に関するデータをメディア側が持ちえない状況があったのではないでしょうか。

実はそのフィードバックがあると、本来は次回、もっと良い提案ができるようになるのに、という思いはありました。もちろん、ここには広告会社側の責任もあって、メディアと広告主をどうデータでつないでいけるかという方針が必要とされるとは思います。

また、ただ効果に関するフィードバックを期待するだけでなく、メディア側が取り組むべきこともあるとも思っています。

例えば、教養番組では視聴者は情報をインプットしようとしているので、保険などの多少、商品情報が難しいものの広告でも頭に入ってきやすい。逆に次々笑わせるようなバラエティの枠だと、もっと直感的に伝わるような商材の方が向いているかもしれない。
こういうことって、ふだん営業担当がセールストークで話していたことだったりするわけですが、今はそれをデータで提示していかなければならなくなってきていると思います。その意味で、もっとデータを提供していくべきという指摘に対して、まだまだメディア側の対応が不十分な点もあると考えています。

成果至上主義と感性重視のブランド主義 両社が歩み寄るにはどうしたらよい?

安藤:メディア側も、もっとデータを出していかなければなりませんが、それと同時に広告主側も効果に関するデータをメディア側にフィードバックしていくべき。須賀さんの話を聞いていて思ったのは、その双方が効果を最大化するための努力ができるような、新しいスキームというかエコシステムをつくる必要があるということです。

これまでのメディアは、どちらかと言えば売り手市場的な側面があったと思いますが、広告主の視点での価値を起点に考えれば、おのずと買い手市場になっていくべきですよね。このときに単に売り手市場から買い手市場に変わればよいわけではなく、三方よしのエコシステムを考えていかなければならないのではないでしょうか。

須賀:そう思います。生活者にとっての情報ソースが増えすぎたあまり、情報接点全体に占めるマスメディアのシェアが小さくなってしまった。マスメディアの相対的な影響力が弱まっているのは事実です。だとするとリーチ力だけでなく、広告主側がリーチしたい人に届く枠の提案が必要になってくるわけですが、企業側の戦略、求める価値をわからないままでは、片方だけがwinになるというより、結果的にlost-lostみたいなことが起こってしまいかねませんよね

安藤:そうですね。その危険性がありますね。

あと効果の話でいうと、デジタル広告の世界で起きてきたような短期的な指標だけを効果として重視する流れに陥らないかという懸念も抱いています。

現在の広告業界を見ていると、成果至上主義の世界がトンネルの入り口にあって、反対側には、データよりも感性を重視するようなブランド貢献を語る別の入り口があるような状態になっているのではないかと思います。
でも、もともとは相容れなかった両者が歩み寄って融合しようとしている。両者がつながり、トンネルが開通するには、質的な効果の可視化、データとしての提供が必要になりますよね。

もちろん、すべてを可視化できるかと言えば、それは難しい。そうなったとき、データを重視するか、まったく気にしないかの両極端に行ってしまうのではなく、双方のバランスを取るべきですが、そこが難しいのですよね。

でも、常にこの両側からトンネルを掘っていくような努力が求められているのではないでしょうか。それをしないと、場面によっては本来のメディアの価値が過小評価される事態も起きかねない。今日は相手が須賀さんなのでテレビの話を中心にしていますが、テレビはまさに過小評価されてしまう場面が今、頻繁に起きかねない状況だと思います。

須賀:ネット広告と違ってテレビは効果が可視化しづらいと言われてきましたが、実はテレビが出せるデータは意外とあります。もちろんすべてを補足している実数のデータはなく、パネルを対象としたデータか、許諾を取れているユーザーのログではありますが、とはいえいろいろな種類があるので、組み合わせることで解決できることは多かったりするのです。

安藤:そうですよね。テレビについて、これまでも問題意識を持って広告を活用しようと思ってきたクライアントさんに対応して、博報堂も電通もデータを提供して、その課題に応えてきた自負があります。でも、こうしたニーズを持つ企業が、まだ一部ではあった。なぜ、こうしたニーズがあまり出てこなかったかと言えば一般的には、リーチの規模がある程度、売上につながりやすい市場環境にあったからだと思います。

テレビ効果をより明確に可視化すべきだという機運になってきた今、総合広告会社内を含む各プレイヤーにおける、提供するデータの質の向上の競争もあれば、新規参入してくる新たなプレイヤーの提起が業界全体を活性化することもあるでしょう。ただ、僕たちのような総合広告会社だからこそできる課題解決があるはずで、それは真摯に考えていかなければいけないと思っています。

須賀:博報堂でもそうだと思いますが、電通ではクライアント個別の事情に合わせたシステムを作っていて、汎用的なシステムとして打ち出してこなかったことが、世の中ではやっていない、と見られてしまっていたこともあるような気がします。最近では、そういった、膨大なクライアントとの経験を通じて得たロジックを汎用化する、電通グループで言う、MIEROやテレシー、博報堂のAaaSなどでのダッシュボードの取り組みも活発になってきています。

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