第4話:インパクトって何?

この仕事には、ギャグになるほどカタカナが登場します。ターゲット、ローンチ、ストラテジー、ゲリラアド…しかも戦争ジャーゴン(Jargon:専門用語)ばかりでうんざりします。おそらくマーケットや生活者を奪い合う経済戦争の中枢機能を担っているせいかもしれません。

さらに日本にはカタカナ英語があって、英語本来の意味なのか、カタカナ特有の意味に変化してしまったのか、その見極めも難しい。ラーメンと聞いて全員の好みが違うように、カタカナ英語の解釈にも各人独自のテイストが入っているかもしれません。同じ言葉でも、中味が違う。普段使って分かっているつもりのシンプルな言葉が、実は曲者です。

随分前のこと。ある飲料のキャンペーン企画中に、「コンセプトを決めてから、企画するんですね」とCMプランナーが呟きました。「え、違うの?」即座に問い返すと、「茶の間のブラウン管(←当時は)に何が映ったらインパクトがあるか?真っ黒なTV画面と睨めっこしたりしますよ」との回答。コンセプトどころかペルソナさえ見えてないし、日頃から常にアンテナを立ててなければ何も映らない…インパクトって何だろう?と考えさせられる出来事でした。

クリエイティブの仕事は、CDのディレクションから始まります。アイディアを卵に例えて、「とにかく大きな卵を産んでくれ。場所はどこでもいいから」というタイプと、「小さくていいからここに産んで。どんなに大きくても場違いだと育たないから」というタイプ。前者はインパクト重視で、後者はコンセプト重視でしょうか。彼に依頼したCDは前者タイプが多く、彼に驚かれた私は後者タイプかもしれません。そして前者の考え方には、マスメディア全盛期にエンターテインメントの立役者だったTVメディアが大きく影響を与えているように思います。

「何が映れば驚くか?」という企画の入り方は、まさにメディアありきの日本独自の作法だと思います。このメディア至上主義がクリエイターにも入り込んで、漠としたインパクト探しの旅を強いていたのかもしれません。彼にとって「インパクト」と「面白い」は、ほぼ同義語でしょう。そして今、この「何を映せば」の考えは、YouTuberたちに受け継がれているのかも、と思ったりします。インパクトとは、暗中模索した末にブラウン管(→今はスマホ)に映し出される「誰もが驚くようなビジュアル」を指しています。未だに「インパクトが足りない」という一言で刺激的なビジュアルを求めてPC画面と向き合うのは、睨めっこの名残りかもしれません。

ところでインパクトには、もう1種類あります。語彙を調べると、「物理的・心理的に受ける強い影響や衝撃」とあります。物理的インパクトを与えるものが前述の「刺激的ビジュアル」だとしたら、心理的インパクトを与えるものは何でしょうか?「プロポーズの返事」「合格発表ボード」「初ドリアン」…突然の出会いや初めて見て聞いて食べた時の驚きが浮かびます。つまり自分の予想が覆された物や出来事に対して、心の動揺を受けることだと思います。

その代表例として人類史上一番大きなインパクトをもたらしたのは、「地動説」ではないでしょうか。太陽や星が動いていると信じていたのに、実は地球(自分が立っている地面)の方が動いているなんて。知識としては理解できても、全く実感がありません。唐突に陸上競技の話になりますが、走り高跳びの「背面跳び」にも信じ難いインパクトがあったと思います。まさかこの跳び方が世界記録をつくるとは。目の前で初めて見た時のビジュアル的インパクトも抜群です。つまり、これまでの常識や価値観をひっくり返すことが、心理的インパクトの定義です。常識が大きければ大きいほど、それが覆ったときに与えるインパクトは大きくなります。

©123RF

地動説は大きすぎて気づきもしませんでしたが、知るや否や教会の権威が崩れるほどのインパクトを与えました。ぜひ視覚的インパクトだけに捉われず、心理的インパクトを探す旅にも出掛けてください。心理的インパクトとは、新たな常識として刻まれる大いなる価値変革をもたらすもの。一瞬の「オドカシ」ではなく、心に残る「オドロキ」の体験なのです。

この考え方を広告づくりに活かせば、「もっとインパクトが欲しい」という要求に対して、別の解決策が見つかるかもしれません。刺激的なビジュアルではなく、常識破りのコピーでアプローチする方法です。そんなチャレンジをしているいくつかのコピーを挙げてみます。

①「コンタクトレンズ、まだ洗っているんですか?」
②「メタルのオモチャだ。」
③「好きな色をベージュと答える人はいないのに、どうしてコンピュータはベージュなの?」
④「First-Class on the Ground.」
⑤「Think Different.」

①は、使い捨てコンタクトレンズのヘッドラインです。当時のレンズ洗浄という面倒な習慣に真っ向から抗ったコピーです。
②は、若者向けワゴン車のキャッチフレーズです。オモチャという子供ワードが独占欲と遊び心を刺激します。100万円以上の製品をオモチャと呼んだ先例かもしれません。
③は、ブルーのiMac発売時のCMナレーションです。従来のパソコンの定番に対して素朴な疑問を投じたコピーです。共感というインパクトがあります。
④は、高級ミニバンのヘッドラインです。空路のファーストクラスと対比することで、地上のライバル群から抜け出しています。違うカテゴリーで戦えば、一人勝ちですね。
⑤は、アップルコンピュータ社のスローガン。「違うことを考える」とは、既存の考えを覆すという心理的インパクトの定義をそのまま表現したようなコピーです。常に現状に満足しない創業者の強い意志を感じます。

 
ハイテク化した現代社会でも、地動説や背面跳びレベルのインパクトあるプロダクトとはなかなか出会えませんね。でも諦めずに、プロダクトが現在の習慣や概念に対抗しているようなポイントを注意深く探してください。プロダクトの特長をそのままコピーにしてはダメです。使い捨てなのでメンテ不要とか、ワゴン車なので遊び道具満載というオリエン資料はひとまず横に置いて。カテゴリーの中での差別化や競合商品のことも考えないようにしましょう。むしろ、カテゴリーの外に出ること(第2話のOut of the Box的な考え)や世の中の常識と対比させることを目指すべきです。この視点が、きっと新たな発見に繋がります。あとは、その事実を世の中に問いかけるようなコピーにすることをお願いしたい。常識を覆したインパクトある広告ができると信じています。

今回のまとめ:インパクトとは、既成概念をひっくり返すこと。

次回は、ビジュアルとコピーの関係性についてお話します。


内田しんじ(DENTSU ONE CHINA(広州)/ ECD)
内田しんじ(DENTSU ONE CHINA(広州)/ ECD)

うちだ・しんじ/大学在学中よりコピーライター@プロダクション(1984-89)からスタートし、DY&R(1989-’99)→TBWA/JAPAN(1999-’04)ECDを経て電通へ。現在、DENTSU ONE@広州(2020-)。外資系と電通でほぼ半々(約15年ずつ)のキャリア。3つの代理店で3つのクルマ(VOLVO→NISSAN→Honda)を担当。ウイスキーやコニャックを担当するも下戸。1988年度TCC新人賞(講談社)、1994年カンヌシルバー(スーパーニッカ)、2000年朝日広告大賞(アップルコンピュータG3)、2003年カンヌファイナル(フリスク)、2004年アドフェストブロンズ(NISSANカウゾー)、2011年ギャラクシー賞(AC公共広告機構)、2013年ACC+ADCグランプリ(Honda負けるもんか)、2018年中国国際広告賞ゴールド(Acura China)など受賞多数。2013年全広連広告大学・夏期セミナー講師。

内田しんじ(DENTSU ONE CHINA(広州)/ ECD)

うちだ・しんじ/大学在学中よりコピーライター@プロダクション(1984-89)からスタートし、DY&R(1989-’99)→TBWA/JAPAN(1999-’04)ECDを経て電通へ。現在、DENTSU ONE@広州(2020-)。外資系と電通でほぼ半々(約15年ずつ)のキャリア。3つの代理店で3つのクルマ(VOLVO→NISSAN→Honda)を担当。ウイスキーやコニャックを担当するも下戸。1988年度TCC新人賞(講談社)、1994年カンヌシルバー(スーパーニッカ)、2000年朝日広告大賞(アップルコンピュータG3)、2003年カンヌファイナル(フリスク)、2004年アドフェストブロンズ(NISSANカウゾー)、2011年ギャラクシー賞(AC公共広告機構)、2013年ACC+ADCグランプリ(Honda負けるもんか)、2018年中国国際広告賞ゴールド(Acura China)など受賞多数。2013年全広連広告大学・夏期セミナー講師。

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