このコラムでは、競合を勝ち抜くための「もう片方のスキル」と題し、コンペで安定した結果を残すためのスキルをシェアします。これまでは、コンペのお題に直接答えるための「キラースキル」もさることながら、勝つ環境を整えるための「アシストスキル」が勝敗を左右するという話をしました。第4回の今回は「会議」にまつわるアシストスキルについて詳しく解説します。
【クイズ】リベンジに燃えたけど負けたのはなぜ?
これは実際に私が経験したコンペの話です。企業名は伏せますが、このケースを読んで、A社が犯したミスが何だったのか、少し想像してみてください。
とあるエンタメ企業の競合のお話。数年前の大型施設以上に社運をかけた、超大型施設のローンチプロジェクトが発足。そこで再びコンペを実施。広告代理店A社にとっては、前回の敗退の借りを返す、絶好のチャンス。
前回、コアアイデアは非常に評価されたため、企画職のスタッフは変更せずに臨んだ。しかし同じ轍は踏まないよう、きっちりと反省をふまえ、体制面を強固に構築。プレゼンにも役員クラスを連れて行き、全社でバックアップする姿勢をアピール。トップ外交の甲斐もあり、A社という会社に対する不安も払拭された様子。
コンセプトも何度も練り直し、提案前日まで喧々諤々とブラッシュアップ。最後まで悩みぬき、コアアイデア違いで3方向の企画案を提案。それぞれにエグゼキューション(具体表現)も付け、質も量も申し分なしの提案。ところが、今回も既存代理店の継続が決定。
【答え】社内会議の運営と時間配分のミス
採用された既存代理店は1案のみの提案。評価されたのは、コアアイデアから具体表現までの一貫性があり、話題が広がっていく様がイメージできたこと。逆にA社の提案は、コアアイデアはどれも良さそうだが、具体の作り込みが散漫に見えた。結果として、話題がどう世の中に広がっていくのかイマイチ想像できなかったとの評価。
A社の社内会議では、1案に絞った提案にすべきとの意見も出たが、なかなか絞り込む意思決定ができなかった。背景には、前回のコンペでコアアイデアが評価されたという淡い思い出があったから。結果、前日までコアアイデアが絞られず、3案を提案することにしたため、具体表現を詳細に作り込む時間を失ってしまった。
コンペの9割は「社内」でつくられる
乱暴な計算ですが、仮にコンペ仕事全体にかける時間を50時間、そのうち、クライアントからのオリエンと質問会が3時間、本番のプレゼンが2時間だとします。そうすると、クライアントと共に過ごす時間は、全コンペ仕事の中でたったの1割。それ以外は、打ち合わせや資料作成を含む「社内業務」です。つまり、コンペの9割は「社内」でつくられるのです。
必然的に、社内の時間の過ごし方や時間配分、つまり「会議のデザイン」がいかに重要か、おわかりいただけるでしょう。会議そのものをデザインする意識があるのとないのとでは、効率も勝率も全く変わってくるのです。
提案のストーリーを早期にイメージしておこう
プランニング業務がスタートしたら、最初に、大まかな提案の流れ(ストーリーライン)を作ってしまいましょう。作るのは戦略系の人でも良いですし、クリエイティブディレクターでも、営業でも良いです。そのコンペを実施的にリードする人物が、責任を持って書きましょう。
実はストーリーラインを作ること自体は簡単です。重要なことは、そこに「オリエンへの答え」があることです。でも、コンペが始まってまだ序盤。提案すべきオリエンへの答えは、まだぼんやりしているはずです。
でも、それで構いません。仮で良いので、後でどんどん修正する前提で、現時点でのチームの立脚点を示すことが大事です。これを「仮説思考」と呼びます。あらかじめ仮説をつくることによって、考えたり調べたりするポイントを絞り込み、効果的な検証を行えるのです。
勇気を持って「1st Week Answer」を出す
そして、コンペが始まって1週間時点での答え(仮説)を「1st Week Answer」と呼びます。戦略としての「1st Week Answer」もあれば、クリエイティブのアイデアとしての「1st Week Answer」もあります。
仮説は、その名の通り「仮の説」です。間違っていても大丈夫。「1st Week Answer」は、早期に打ち立てる仮説であり、その時点で考えうる正解です。チーム全体の議論を正しく導く役割があります。コンペが進む中で、調査結果が上がってきたり、クライアントから追加情報が来たりします。当然、その新情報や議論によってどんどん内容は進化していくので「2nd Week Answer」「3rd Week Answer」と、いくらでも変わっていきます。
大事なことは、検討を進めていく中で、仮説と反する事実が見つかったら、速やかに修正することです。「1st Week Answer」の精度はさほど重要ではありません。「仮説→検証→修正」のサイクルを、いかに早く回せるかの方が重要です。
「完璧じゃないと動けない病」から脱却する
データや情報を網羅的に集めて、詳細に検討してからでないと、答えが出せないタイプの人もいます。確かに、一見すると正しく安全なやり方に思えます。しかし「あのデータがないと結論が出せない」「あの情報も必要だ」となって、最後まで答えが出せないやり方でもあります。
科学や政府統計などの分野には必要な思考態度ですが、ことビジネスにおいては、いたずらに時間と労力を消費するやり方です。特にコンサル業界では「総花的な検討方法」と呼び、NGとされているようです。時間がないコンペ業務においては、負けにつながる思考法だと思ってください。
推奨されるのは「クイック&ダーティー」という考え方です。意思決定の材料になるのであれば、データや分析の精度は多少粗くても良い(ダーティー)ので、スピードを重視する(クイック)という意味です。「完璧じゃないと動けない病」から脱却し、データの精度よりも、仮説検証と修正のスピードを優先してみましょう。それが勝利につながる動き方です。
「決め打ち」はNG。「一貫性」に囚われない
よく誤解されるのですが「1st Week Answer」は「決め打ち」とは異なるものです。決め打ちとは、要は「変更する気のない意見」のこと。少ない情報と議論から思いついた考えであり、声の大きい人の意見にすぎません。情報が更新され、議論が進んでもなお、当初の仮説に固執し、自分の立場を変えられない人が時々います。変更する気がないのがメンバーにバレバレなので、議論が正しく進みません。結果、チームに不満が溜まっていくことになります。
最初に出した意見に固執してしまう人は、頭が固いのでも、怠惰なわけでもなく、「一貫性」に囚われていることがあります。背景にあるのは「一貫性(の法則)」です。ロバート・B・チャルディーニの著書「影響力の武器」によると、一貫性(の法則)とは、ひとたび決定を下したり、ある立場をとったりする(コミットする)と、自分の内からも外からも、そのコミットメントと一貫した行動をとるように圧力がかかる、というものです。つまり、一度出した意見を変えるのは「一貫していない人間だと思われてしまう」という心理的負荷がかかるのです。
大事なことは、あくまでも仮説は仮説と割り切ること。「1st Week Answer」が間違っていても、それを責めない空気をつくることです。「あの方向性はないとわかって、一歩前進」くらいに捉えて、前向きに会議を進めていきましょう。そして、もし周囲に「一貫性」に囚われている人がいたら、あくまで「判断の材料となるデータや情報が更新されたから」という「意見を変える理由」をしっかり強調してあげることで、心理的負荷を減らしてあげましょう。
職域を超えた判断をスムーズに行うために
コンペ業務では、序盤は各パートを個別に進めることが多いと思います。そして時間が経つにつれ、だんだんと全体での意見のすり合わせが必要な場面が出てきます。つまり、職域を超えた判断をする回数が増えてきます。
では、職域を超えた判断をスムーズに行うためには、どんな準備をしておく必要があるでしょうか。よく聞くのが「社内での人間関係を円滑にしておく」という意見です。確かのその通りなのですが、ことコンペにおいては、そのアプローチは正しくありません。
もちろん、人間あっての仕事ですので、人間関係が円滑であるに越したことはありません。気心が知れた間柄の方が、意見交換もしやすいですし、誰かの意見が否定されても、角が立ちにくいものです。ただしコンペでは、初対面の人とチームを組むことは珍しくありません。つまり、人間関係はできていない(つくる時間がない)前提でプロジェクト運営を考えるべきなのです。
「判断」と「人間関係」は、わけて考える
大事なのは「判断」と「人間関係」を、わけて考えること。別の言い方をすれば、「人間関係」や「社内のパワーバランス」が「判断」に影響を与えてはならない、ということです。
あなたの会社にもきっといると思いますが、声の大きい人、忙しそうにしている人、不機嫌そうな人、偉い人の意見は、なぜか通りがち。意見そのものの正しさではなく、意見を主張している人物に影響される場面は、多々あります。それはつまり、人間関係が判断に影響を与えてしまっているということ。この状態は、競合他社としのぎを削るコンペでは、敗退に直結する状態であり、好ましくありません。
しかし、特に議論下手と言われる日本人は、意見の否定が人格否定になったり、議論が人格攻撃になったりすることが多々あります。そこで、波風立てずに、でも正しい判断をバシバシ下していくためのポイントをご紹介します。
ホワイトボードを活用しよう
ポイントは「書面(地上戦)で議論する」こと。言い換えれば「口頭(空中戦)のみで議論しない」ことです。そこで活用するのはホワイトボード。リモート会議が多い昨今なら、パワーポイントをスライド共有しながら、その場で議論を書きとめていくことです。
ホワイトボードの最大の効果は「意見を言った人物A」と「Aさんの意見a」を切り離せること。話者の音声が、文字として記録された瞬間に「意見a」は「人物A」から切り離されるのです。そうなると、もともとAさんが主張していた意見aが否定されたとしても、それは、Aさんの人格が否定されたのではなく、ホワイトボードに書かれた(誰が言ったかはあまり関係がない)意見aが否定されたことになります。なので、Aさんへの心象は、かなりマイルドになります。
ボトルネックの作業時間を確保する
コンペに限らずですが、様々なタスクがリレーされて成り立つ業務の場合、どこかに作業能力が低い(作業時間がかかる)「ボトルネック」があると、そこで目詰まりを起こします。そうすると、他がいくら頑張っても思うような成果は出ません。ボトルネックが、全体のスループットを決めているのです。
だとすると、ボトルネックの能力を最大限に発揮するために、他の作業の無駄を省く必要があります。確保した時間をボトルネックに充てることで、全体のスループットが上昇します。これを「TOC(Theory of Constraints):制約理論」と呼びます。
重要度を増す「具体」の完成度
昨今のコンペでは、提案のヘソとなる「コンセプト/コアアイデア」もさることながら、その後の「具体」が勝負を決める時代になったと感じることが増えてきました。
業界によって様々ではありますが、多くの提案は(見積もりや体制を除けば)主に次の3つのパートから成り立っています。
1. 考え方(課題設定/戦略など)
2. 提案のヘソ(コンセプト/コアアイデアなど)
3. 具体(表現/施策など)
では、コンペの採用/不採用を判断する際に、この3つに優先順位をつけるとしたらどうでしょう。クライアントは「考え方」と「提案のヘソ」を重視すると答えます。なぜなら、その2つは「立ち戻れる場所」であり、そこさえクライアントと参加社で握れたら「具体」は後でいくらでも変更可能だからです。むしろ、予算やスケジュールなどの諸条件の変更が頻繁にある現代では、提案通りに「具体」が採用されることは、ほとんどありません。
でも、ことコンペの勝敗においては「具体」の完成度が重要度を増してきています。理由は、ビジネス上の課題そのもの、あるいは、その解決策としてとれる手段が複雑化しているために、「考え方」や「提案のヘソ」それだけで、良し悪しを判断しづらくなっているからです。だから「具体」を見て、リアルに成功のイ.メージがわかないと「考え方」も「提案のヘソ」も、お買い上げする決断ができないのです。
冒頭のケースでは、スケジュール的に後ろの工程に、充分な作業時間を確保できなかったことが、ひとつの敗因でした。だからこそ「具体」を詰める時間を確保するべく、社内業務全体の進行をマネジメントする必要があるのです。
いかがでしたでしょうか?
9割の時間を社内で過ごすコンペ業務において、会議そのものをデザインする意識があるのとないのとでは、効率も勝率も全く変わる、というお話でした。
第5回(7月5日掲載)では「軌道修正」をテーマにしたアシストスキルについてお話しします。