世界一クリエイティブなマーケティング企業を探せ―嶋野裕介のカンヌレポート2022

こんにちは、電通zeroのクリエーティブ・ディレクター 嶋野裕介です。2017年~19年、21年とアドタイでカンヌライオンズのレポートをしています。

さて、3年ぶりの現地開催となった今年のカンヌライオンズ。欧米は参加者数、受賞作とも活気があり、コロナ禍を一足先に抜けようとする意識を感じました。一方で渡航条件の厳しさなどから、日本人の参加者数は例年より少ない印象でした。

会場は例年同様「パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ」ですが、昼間はこんなに人がいない時も。

カンヌライオンズ全体では部門数が昨年から1つ(クリエイティブBtoB部門)増え29まで拡張し、「全体傾向」を掴むのはますます難しくなってきました。上位受賞作は欧米型のグローバルイシューを起点にしたものが独占し、日本勢はやや厳しい結果に。ただ、今後のヒントとなるような個性豊かな応募作も多く存在し、現場プレイヤーの感覚としては「日本でも展開できそう」なものも沢山ありました。

ですから、今年のカンヌレポートは2つに分けました。
第1弾(A面)は、日本の広告主・エージェンシーが知っておいて損はない「クリエイティブなマーケティング企業」の紹介、
第2弾(B面)は、いちクリエイターとして私個人が興味をもった作品や使えるメソッドの紹介を、書いていこうと思います。

最終日のギリギリまで居座っていたら、周りを撤去されて帰れプレッシャーを与えられた様子。

ではまずはA面。現代の「クリエイティブなマーケティング企業の事例」からお話しします。

1.FILMの絶対王者「APPLE」

カンヌにおいて「クリエイティブ」な企業の代表はもちろん、Appleだと思います。例年数多くの受賞作を輩出していますが、今年は特にFILMのクオリティが素晴らしかったです。

「Escape from the Office」はFILM部門のグランプリ、FILM CRAFT部門のゴールドを受賞。

Apple at Work「Escape from the Office」(8分50秒)。Apple製品を活用して働く4人のチーム「The Underdogs」が登場するシリーズの第3弾。会社を辞めて新規事業を立ち上げる様子を描いた。

「Detectives」はFILM部門のゴールド、FILM CRAFT部門のシルバーを受賞。

iPhone 13 Proのシネマティックモードを紹介する「Detectives」。「カメラの焦点は最も重要な人に合う」ことを前提にした2人の刑事のスリリングな掛け合いが描かれる。

めちゃくちゃいいですよねー。何回見ても飽きない!

彼らの広告マーケティングの方向性は明確。「最高のプロダクトには、最高の機能訴求を」だと思います。「使い方」を真ん中に置いてそれを最大限魅力的に見せるという、最もシンプルかつストロングなスタイル。商品機能を、これだけエンターテインメントとして描こうという意思をもつ会社は稀有で、FILM部門での圧倒的な王者だと感じます(今年は競合のSamsung「Galaxy」の「the Spider and the Window」もかなり高いクオリティでした)。

2.SNS時代の挑戦者「Burger King」

次いで、カンヌにおいてここ数年の王様として君臨してきたBurger King 。CMで「OK,Google!」と発することでGoogle Homeの音声認識をハッキングした「Google Home of The Whopper」や、競合店舗での注文でクーポンを配布してアプリ注文を爆発的に普及させた「Whopper Detour」など時代と社会を挑発するようなヤンチャな作品が多いのが特徴です。

今年はやや受賞数が少ないものの、激戦のBrand Experience & Activation(BE&A)部門でゴールドを受賞したのが「Burger Glitch」です。

Burger King の「Burger Glitch」。

「グリッチ」とは“バグ”を意味し、ネットやゲームでのバグに着目して、自社の商品をあえてバラバラにズラしたりして表現したキャンペーン。公式アプリ内でバグを見つけると、クーポンがもらえます。彼らは常に時代のデジタルトレンドや、テクノロジーの進化をキャッチして、その文脈の一歩先を行ことで「SNSでのにぎわい」を演出し続けます。SNS時代はタイムラインで目立ち続けることが重要であり、来店を誘発するプロモーション・マーケティングを展開。Social Influencer部門や、BE&A部門で強い企業です。

3.クリエイティビティとマーケティングの融合「AB inBev」

そして、昨年から一気に注目度を高めたのがAB inBev(アンハイザー・ブッシュ・インベブ、通称「エービーインベブ」)です。「バドワイザー」や「コロナ」などのブランドを保有する世界最大のビールメーカーであり、今年のカンヌでの「Creative Marketer of the year」も受賞した、いま世界で最もホットな企業のひとつ。

Creative Marketer of the yearの受賞プレゼンテーションの様子。この盛り上がりを見るだけでも、企業の勢いを感じます。

これまでも「広告」では多数受賞してきた彼らですが、前回のカンヌでは有機農法を普及すために農家との契約方法からつくりかえた「Contact for change」や、コロナ禍で苦しむ店舗をDXで救った「TIENDA CERCA」などの社会的意義の高い事業・マーケティングで2つのグランプリを獲得。2020-2021のカンヌで約40の受賞を積み上げるなど、大躍進しました。

注目が集まる中で今年は、「コロナビール」の「Plastic fishing tournament」でチタニウム部門のゴールドを獲得。

AB inBev「Corona | Plastic fishing tournament,」。

これは、プラごみが多すぎて漁ができないと嘆く漁師たちに、プラごみの獲得量を競うトーナメントを開催し、獲得量に応じたフィーを懸賞金にした事例。

他にも在宅勤務が広がる現代人や、日照時間が極端に短いエリアの人たちの「太陽光不足によるビタミンD欠乏」を助けるためのノンアルコールビール「Corona Sunbrew 0.0%」の開発(PR部門のシルバーなど受賞)も。

AB inBev「Introducing Corona Sunbrew 0.0% –The World’s First Non-Alcoholic Beer with Vitamin D」。

これらは一例で、AB inBev各ブランドの世界中の施策が多数の上位賞を受賞しています。しかもその部門もはかなり多様で、PR / BE&A / Direct /Mobile / Creative Effectiveness など本当に多くのジャンルで、しかも違う仕事での受賞が特徴的です。

さて、なぜAB inBevの仕事がこれほど多くのジャンルで、成果を残すことができるのか?それは彼らが、「クリエイティビティ」を社内の「マーケティング組織」に組み入れたビジネストランスフォーメーション(BX)を達成したからです。

※ちなみにこのBXの仕組み自体を彼らはCreative Business Transformation部門に応募して、シルバーを受賞しています。タイトルも「How Creativity helped AB inBev to grow」。カンヌでも彼らをテーマにしたセミナーも開催されていました。

AB inBev社内のプロジェクト指針「Creative Spectrum」

彼らは、世界各国に拠点を置く社員全員に「ABI Creative X」と呼ばれる「クリエイティビティ」を活性化するための研修を用意したり、事業のKPI評価においても数字以外のツールとしてクリエイティビティの度合いを目標値とする「Creative Spectrum」を取り入れたそうです。また、いま世界で何が求められ、何をすることが「お酒メーカーとしてZ世代にとってカッコいいことなのか」を常に考えて、それに一致するような商品づくりやプロジェクトを進めています。

さらに、グループ会社にZX venturesという投資会社があり、未来のビール製造につながる技術に投資を行っています。そことの連動がこれまでにない画期的なプロダクトづくりにもつながり、他の企業とは異なる商品づくりやサービス開発が可能になり、コミュニケーションも独創的で話題になるものが生まれているのです。

結果、AB inBevは2022年に、FAST COMPANYによる「世界で最もイノベーティブな企業」に初めて選ばれました。

デジタル化は日本の企業にとっても引き続き課題になります。しかし単なる効率化だけでは各社とも同じゴールにつながり、企業の個性や差別化ができなります。だからこそ、AB inBEVのような取り組みを企業自身が自社内に組み込み、おもしろい広告ではなく「クリエイティブな商品・事業」として実現させることが、これからの時代の最も効果的なコミュニケーションになっていく、と今回のカンヌで感じました。

A面のレポートは以上です。次回はB面、クリエイターとして私個人が興味をもった作品や使えるメソッドの紹介に続きます!

最後になりますが、2019年からカンヌのレップを務める日本経済新聞社さんが、カバナでの講演会や、パーティなども開催されました。日本人が例年より少ない年だったゆえに、こうした催しでみんなと意見交換できるのは、とても貴重でありがたい機会でした。

日経カバナで3人で講義したときの写真。筆者右。

「この広告、みなさんどう思いますか?」――嶋野裕介のカンヌレポート2022(2)

しまの・ゆうすけ

電通 クリエーティブ・ディレクター/PRディレクター
東京大学を卒業後、電通入社。主な仕事は「TOYOTA #金曜日の新垣さん」、「BOSS|
ゴジラシリーズ」、「BOSS×競馬シリーズ」、「ホトレモン」、「3cm market」、「フリー素材アイドルMIKA+RIKA」など。Cannes Lions、Spikes Asia、Adfest、ADC、ACC、TCC新人賞、OCCなど受賞。趣味は、新聞と研修。

 

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