欲望で捉える広告ビジネスの過去・現在・未来 安藤元博×森永真弓×嶋浩一郎

2022年3月に著書『広告ビジネスは、変われるか? テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』を刊行した博報堂の安藤元博氏と、4月に『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』を刊行した森永真弓氏。両氏の書籍出版を記念して、2022年5月25日に下北沢「本屋B&B」にてトークイベントが開催されました。 これまでの業界の歴史を振り返り、様々な考察を経て生まれた、広告の未来に対する提案。嶋浩一郎氏の司会のもと、業界の豊富な知見を持つ両氏に、広告ビジネスやデジタルマーケティングの系譜、マスとデジタルが融合した先の広告の未来について議論が繰り広げられました。当日のイベントの様子を紹介します。

日本のインターネットの歴史が静かに消え去ろうとすることへの危機感

:4月に著書『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』を刊行された森永さんですが、この本を書いたきっかけは何だったんですか?

森永:とあるデジタルマーケティングの歴史が長い会社の方から、インターネットの歴史について講義してほしいという依頼を受けたのがきっかけです。最初は「自社内でできそうなのに、なぜ他社の私が?」って、ピンとこなくて。で、理由を聞いたら、社内に適任者がいないと。

今、業界では人材の流動性が高まっていて、インターネットの歴史をメディアや技術、コンテンツといった観点から俯瞰して見てきた人がいない。それで私にお声がかかったということでした。少し考えて、この機会にゼロから資料を作るのもいいかもしれないと思い始めたんです。

実はその1年ほど前に、NHKで日本のインターネットカルチャーの歴史を振り返るというテーマの番組制作に協力したことがあったのですが、その時に日本が辿ってきたインターネットカルチャーの足跡をきちんとした形で残さないと無くなってしまう!と危機感を覚えたことがあって。それを思い出して、じゃあドキュメントにまとめようと。そしたら本にしましょうかという話につながっていったんです。

:反響はどう?

森永:インターネットの黎明期を知っている人たちが、これを読んでノスタルジーに浸ったり(笑)。あとは若い人だと、昔の広告の作り方をこの本で知って、上の世代の人と何となく話が噛み合わない理由がわかったという感想もありましたね(笑)。

安藤:日本には「ガラケー文化」という独特のカルチャーがあったよね。グーグルや海外のソーシャルメディアが台頭してくる脇で、こっちも独自に発展・興隆してきた。その当時は、世界的に見ても日本はモバイルマーケティングの先端を行っていると言われていたよね。

森永:前略プロフとかモバゲーで培われたものは、一部TikTokやYouTubeで若者カルチャーとして残っていますが、ビジネスサイドからは消えかかろうとしている部分が大いにあります。そこで起きた出来事やコト、モノなどを記録として残していくことって大事だし、今後需要もあるんじゃないかなと思って。そういう意味で、それらを本としてまとめて残していくことの重要性を感じましたね。その時代の空気感も歴史の一つで、それも書いておかないと消えてしまうなあと。

巨大プラットフォームに一元化されていく中で日本が示した存在感

森永:本には書かなかったんですが、最近の面白い傾向としてYouTubeなどの動画サイトで「投げ銭」というシステムが活発化しているということがあります。この仕組みで実は、Youtubeでは日本人Vtuberが世界で一番稼いでいるんです。

:相撲のタニマチみたいな、人につくファンが増えてると。日本のお座敷文化を支えたシステムが突然ネット上で普及するって面白い動きだね。どういう欲望の元に成り立ってるの?

森永:自分の好きなモノや人が、より長く、面白いコンテンツを提供し続けてほしい、輝き続けていてほしいという欲望によるもので、コンテンツ提供側の生産力の延命につながっていますね。

安藤:それって日本のネット文化のどのあたりから発生したの?仮に、グローバル市場経済のシステムを等価交換の文化をベースとしたものだとすると、それってちょっと「不等価交換」の文化に見えるところが面白い。

森永:例えば、はてなでは掲示板に質問した人に対して回答したらポイントがもらえるというシステムがあります。ユーザーはそのポイントをサービス内の別の課金に使ったり。見返りはあるけど、それよりも自己肯定感が満たされるという方がふさわしいのかな。

特徴的なのは、日本や中国、韓国などアジア圏には「応援文化」が根付いていて、公式が用意した商品やメニューに対しての課金だけでなく、ファンによる勝手支援経済圏が大きいんですよね。まだその存在を知らない人向けに「簡単に魅力を知ることができるダイジェスト動画」を勝手に作ってシェアしてくれたりする。ファンが客であり、支援者であり、協力者なんです。そしてそのファンの気持にサービス側も対応していて、中国ではいい作家さんにプラットフォーム側がベーシックインカムをあげていたりします。日々の生活に安心した状態で存分に作品作りに集中する環境を提供するんです。で、その原資がどこからでているかをユーザーも理解しているので、月額使用料を払い続けます。他には、投げ銭をより楽しく、気持ちよく投げやすくなるようなシステムを提供することで、ファンもさらに盛り上がり応援しやすくなる環境を作り上げるという良い循環が構築できているんです。

さらに中国韓国においては、そういったプラットフォーム運営とIP管理が同じ会社なので、人気が出ればアニメ化、ゲーム化に向けて作品完成まで1社完結できるという点はビジネスにおいて有利ですよね。

:そういう作家を支援していくためにデジタルテクノロジーを活用する事例で、講談社さんの取り組みで最近すごいなと思ったのが、「ヤングマガジン」で新人作家さんのデビュー作をNFTで売るというもの。駆け出しの漫画家って、すごく大変なんですよね、お金もないし。これだと、連載料とは別に収益を得られるので、投げ銭のような、「応援文化」を体現している良いエコシステムだなと思って。

人々の欲望がネット経済にどんな変化を起こしているのか?

:インターネットが発達したおかげで、情報がタダになってしまったってよく言われるけど、これまでの話を聞くと、エンターテインメント系のコンテンツを中心に、「投げ銭」という新しいフォーマットの経済活動が生まれているような感じだね。

安藤:企画やネタの良さよりも人にファンがついてお金が払われているって、どういう現象かというと、自分の好きな作家さんから価値が生まれるプロセスに自分が関わっている、そのことが本当の価値なんだと僕は思っていて、だからお金を払う価値があると思うんだよね。ぼくは「価値」というのは揺れからおこる、というか「揺れからしかおこらない」とまで言いたい、という気分なんです。

広告についても、これまではそもそもすでに決まっている「価値がある」物を売り買いするに際しての補助的な役割を果たすものと捉えられていた。だけど、これからは「価値」を生じさせるプロセスにかかわることが広告なんだ、と定義し直したい。それを自分の著書では「Advertising as a Service」として記したんです。

:「投げ銭」はプロセス、作家の育成体験を買うってサービスなんだって視点はおもしろいですね。安藤さんは「Advertising as a Service」という概念を通して、広告業界の未来について提案している。それがこの『広告ビジネスは、変われるか? テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』にまとまっているわけですね。なぜ本を出そうと思ったんですか?

安藤:1年半くらい前に、「Advertising as a Service」という概念を博報堂DYグループで発表したんです。で、その詳細を宣伝も兼ねて本にしたらどうかなと思って、広告ビジネスの将来の話も交えて形にしようと。僕は30年近くこの業界にいて、広告ビジネスの変遷を見てきたけれど、変化が激しいこの時期に、こういう話をちゃんと世に伝えないといけないんじゃないかと思って。

:業界の課題と未来って、なかなか重いテーマで、分かっていてもなかなか手を出せなかった領域ですね。安藤さんから見て業界の課題とはどんなところです?

安藤:クライアントは別に広告枠が欲しいわけじゃない。敢えていうと広告を打ちたいわけじゃない。広告を打った結果、知って欲しいとか、いいと思ってもらうとか、買ってもらうとか、ターゲットに対して働きかけてなんらかの影響を与えたい。それが広告会社が広告を提供することの価値。そこでビジネスをしないといけないよねと。

:ものの消費からことの消費って言われていますが、購入する体験よりもプロセスを楽しむ方に価値が移行したのはなぜ?

安藤:「プロセスを楽しむ」というより「プロセスの中にこそ『価値』が生じる」ということだと思っているんです。ぼくはそもそもそれこそが市場交換ということの本質だと思っているけど、そう考えることがより重要になってきた理由をいうなら、IT、情報技術の進化に尽きると思う。衣食住、物品が欠乏し、高品質なそれをつくりあげていかに流通させるか、が重要であった時代から、必需品はあふれコモディティ化し、出来上がったものの価値よりも、どういう文脈で使われるのか、そっちの方の価値が大きくなってしまったんじゃないかと。例えばあるビールがあるとして、物質、モノとしてはそれはもちろん固定的だけど、それを誰がどんな時にどんな風に飲むかで実は、常に価値が揺らいでいるんです。

そういう認識が売る側にも買う側にもできておらず、かつオペレーション的にもその価値の揺らぎを扱うことは事実上困難だった。そして流通とか小売の事情に消費者が合わせなくてはいけなかったという側面がこれまでにありました。ほんとうの価値というのは実際に取引されている条件、価格の裏側に隠れているんです。

森永:あるTikTokerが解説した、40年も前に出版された筒井康隆さんの本が急に売れ出すという現象が最近起きたんです。でも、中身をよく見ると「本の中身の紹介」ではなく、どちらかといえば「この本でどんな楽しみ方ができるか」という、楽しみ方指南なんですよね。作品そのものの評価ではなく、その本を読んでいる時間の価値を解説したことで、視聴者はこの本を読んだら豊かな時間が自分に得られそうだと考えた。こういうコミュニケーションってまさにプロセスの重要さを浮き彫りにしていると思います。

:その価値を作るのが、我々広告業界で活躍するクリエイターのクリエイティビティだよね。

広告業界が今後も生き残っていくために必要なこと

:二人は今、広告に携わる人たちにどんなことを伝えたいと思っています?

安藤:「一緒に自分たちの『事業』を作り直そうよ」と言いたいですね。最近の若い人は起業とかスタートアップで働くことを通じて社会にダイレクトに働きかけたい、という志向をもっているケースも多いようだけど、広告業界自身も、社会に対する課題やテーマを本当は持っているんです。この業界で仕事をすることが社会や人、自分もどう変えていくのか。ビジネスとしてもっと俯瞰する視点を持って、この業界って本当はこうなんじゃないかと本質を捉えていく、それが周囲からも求められている状況にあるんじゃないかなと思うんだよね。

:メディアバイイングの仕組みが巨大すぎて、その枠組みで動いている感があるかもしれない。

安藤:そういう考え方を変えていきたいよね。スタートアップに行けば、社長やCMOになれるチャンスが増えるかもしれない。でもそうしたステータスにとらわれず、自分の仕事を事業創造の切り口から捉えて関わることはできると思うし、望まれていると思う。広告に関わる一人一人がそういう考え方でないと広告は生き残っていけないとすら思うんです。

:森永さんはどうですか?

森永:安藤さんは著書の中で、マスを中心としたトラディショナルな広告とデジタル広告のマーケティングのマージについて述べられているんですが、デジタルマーケティングに従事する人たちももっと広くマーケティングを学んで視野を広くする必要があるのではないかなと思いました。

デジタルマーケティングに携わる人はデジタル広告しか経験がない人がほとんどなのですね。それで、計測できることが当たり前の文化の中で、クリックできないWEB 動画などが登場すると、どう扱って良いかわからなくなってしまうという傾向があるんです。それでクリックできないものを「ブランディングメニュー」と称してしまって。でもこちら側からすると意味がわからなくて、コミュニケーション齟齬が甚だしいなと。私の本でもそれについて触れているんですが、読者の反響が一番大きいところでしたね。

安藤:計測できないからといってマスを軽視するべきではないと思っていて、効果についてはむしろデジタルよりもはるかに研究の積み重ねがあるともいえる。それらをどう統合するかが業界の課題じゃないでしょうか。

:プロセスを含めた価値観をいかに打ち出していくかがこれからの広告に求められていくテーマということで。お二人とも今日はありがとうございました。

【参加者プロフィール】

博報堂DYホールディングス 常務執行役員
博報堂 常務執行役員
博報堂DYメディアパートナーズ 常務執行役員
安藤 元博氏

1988年博報堂入社。以来、数多くの企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事し、 “生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核組織を率いてきた。現在、博報堂DYグループのテクノロジー領域を統括する。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。ACCマーケティングエフェクティブネス、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル等の審査員を歴任。著書『マーケティング立国ニッポンへ−デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(日経BP社)『デジタルで変わる広報コミュニケーション基礎』(宣伝会議)ともに共著。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(社会情報学)。

 

定価:1,980円(本体1,800円+税)
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博報堂 執行役員 エグゼクティブクリエイティブディレクター
嶋浩一郎氏

1993年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局で企業の情報戦略にたずさわる。02~04年博報堂刊『広告』編集長。04年本屋大賞立ち上げに参画。06年博報堂ケトルを設立。雑誌『ケトル』も創刊。主な仕事、資生堂、KDDI、J-WAVEなど。2012年東京下北沢にブックコーディネーターの内沼晋太郎と『本屋B&B』開業。


 

博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所 上席研究員。
森永真弓氏

通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。共著に『グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか』(マガジンハウス)がある。

※肩書・役職などはイベント開催時のものです。


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