このコラムでは、競合を勝ち抜くための「もう片方のスキル」と題し、コンペで安定した結果を残すためのスキルをシェアします。これまで、勝つ環境を整えるための「アシストスキル」の重要性を説いてきましたが、第6回の今回は「企画書作成&プレゼン」にまつわるアシストスキルについて詳しく解説します。
【クイズ】どんなプレゼンで勝利を引き寄せた?
これは実際に私が経験したコンペの話です。今回は(珍しく!?)勝ったケースからです。どんなプレゼンの組み立て方で、勝利を引き寄せたのでしょうか?文章を読んで、A社のプレゼン構成(順序)を考えてみてください。
国内大手外食企業の競合のお話。年間10本以上のキャンペーンを実施する業態。代理店変更は実務上の混乱をきたすため、コンペは長らく実施されてこなかった。しかし少子高齢化の影響で、客数は減少する一方。そこで、抜本的なマーケティング/コミュニケーション改革を目的に、コンペを実施することに。
広告代理店A社は、様々なコネクションを駆使し、既存代理店の不満を徹底的にリサーチ。現場社員は面倒な引継ぎ業務の発生を懸念し、代理店変更に反対。一方の上層部は客数減少に課題意識を抱えていたが、それ以上の不満があることがわかった。それは、既存代理店のコストの肥大化と不透明さ。A社は自社の社長もプレゼンに引っ張り出し、会社をあげてコンペ獲得に動いた。結果は見事に勝利!
プレゼンの構成要素は次の通り。
社長挨拶/戦略/コアアイデア/エグゼキューション/メディア/体制/コスト
どんな順序でプレゼンを組み立てたでしょうか?
【答え】最大の関心事を最初に話した
社長挨拶=コスト透明性→戦略→コアアイデア→エグゼキューション→メディア→体制→コスト詳細
クライアントの最大の興味(=不満)が、既存代理店のコスト問題ということは事前にリサーチ済み。そこで作戦として、コストの話を「最初に」持ってくることにしました。
一般的にプレゼンでは、コストの話は最後にするのが、何となくの慣例になっています。しかしプレゼンの開口一番、A社社長に「弊社はコストの透明性を担保します」と宣言させたのです。その効果は抜群で、クライアント上層部の安心感と期待感が、一気に高まりました。その状態でプレゼンを聞いてもらうことで、戦略の話もアイデアの話も、好意的に受け止めてもらえたのです。
「相手の立場に立ったプレゼン」は基本にして奥義
コンペ仕事も終盤。いよいよプレゼンの組み立てを考える時期になってきました。「相手の立場に立つ」「聞く側の心理に寄り添う」のは、プレゼンの基本にして奥義です。どんな本にも書かれている真理ですが、突き詰めていくと本当に奥が深いと感じます。
そもそも人間は「知識の呪縛」というバイアスを抱えています。「自分が知っていることは、他人も知っているだろう」と思い込みがち、というものです。このバイアスのせいで、知識を持っている人は、知識を持たない人の立場から考えることが、そもそも難しいのです。相手の立場に立ったプレゼンが、いかに困難でハイレベルなものかを自覚するところから始めましょう。
「企画書の書き方」や「プレゼンテクニック」は、直接的にプレゼンの中身をつくるという意味で、私はキラースキルに分類しており、本コラムでは大きく扱ってきませんでしたが、いくつか重要なポイントをお伝えします。
PREP法とSDS法
プレゼンの構成には、大きく分けて2つの方法があります。「PREP法」と「SDS法」です。どちらを採用すべきかは、業界や状況、相手によります。
●PREP法
(1) Point(結論)
(2) Reason(理由)
(3) Example(具体例・事例)
(4) Point(結論を強調)
の順番で構成されるのが「PREP法」です。最初に(1)結論。次に(2)結論に至る理由。(3)理由に対する具体例や事例で説得力を高め、最後に(4)要点を繰り返して終わるというプレゼン方法です。
結論を最初に伝えるPREP法は、時間のない相手や、何よりも先に「結論」を知りたい相手にとっては、ストレスがなく、最適な話法です。結論や論理性が重視されるビジネスプレゼンの、基本型といっても良いでしょう。
●SDS法
(1) Summary(概要)
(2) Detail(詳細)
(3) Summary(まとめ)
の順番で構成されるのが「SDS法」です。最初に(1)これから伝えることの概要や目次。次に(2)各パートの詳細。最後に(3)結論やまとめを持ってくるというプレゼン方法です。
結論もさることながら、そこに至るまでのストーリー(過程や話自体)に重きを置く場合に適した話法です。講演、研修、製品発表など、最初にネタ(結論)を明かさない方が良い場合に用いられます。
実は広告業界に限って言えば、プレゼン構成はほとんどがSDS法です。この業界しか経験のない人は、意外と気づいていない点かもしれません。例えば戦略パートなど、各パート内ではPREP法で組み立てることもありますが、提案の中核が広告アイデアの場合、いきなりそこからプレゼンすることは稀でしょう。そういう意味では、提案全体で言えばSDS法に分類されます。
結論ファーストのPREP法に比べると、ネタ(結論)を最後まで引っ張るSDS法は、実は難易度が高くなります。相手の興味を維持したり、疑問を挟ませないように先回りしたりと、何かとケアすることが多くなるからです。
一番かゆい場所を最初に掻く
これはあまり巷のプレゼン本には書かれていないのですが、SDS法のプレゼンの際に、私がいつも意識しているのは「相手の一番かゆい場所を最初に掻く」ということです。もし事前のリサーチで「一番かゆい場所=最大の興味」がわかっているのなら、そこを真っ先に掻きましょう。そうしないと、ムズムズさせたままプレゼンを聞かせることになるからです。
結論ファーストのPREP法なら、「結論=最大の興味」のはずなので、こんな心配をする必要はありません。しかし、SDS法が通例となっている業界のプレゼンでは「ネタ(結論)=最大の興味」ではない場合が多々あります。だからこそ「相手の一番かゆい場所を最初に掻く」ことが必要になるのです。
自分が提案を聞く立場になればわかりますが、聞き手の頭の中(興味や思考)を、話し手がコントロールすることは、基本的には難しいものです。冒頭のケースのように、相手の最大の興味がコストである場合に、一般的な順番でプレゼンをしていたら、頭の中はきっとこんな風になることでしょう。
話し手「戦略はカクカクしかじかで・・・」
聞き手(いや、コストが心配なんだよね)
話し手「ゆえに、アイデアはこれこれで・・・」
聞き手(だから、コストどうなのよ)
話し手「具体の表現はこうなります・・・」
聞き手(コスト気になって頭に入ってこないわ)
一度気になり出したら、それが頭から離れなくなるのが人の性です。戦略やアイデアももちろん大事ですが、もしも、それ以外に「一番かゆい場所=最大の興味」があるのなら、まずはそこに言及することで、相手の安心や期待感を高めることができます。
「わかりやすい」は大正義
プレゼンにおいて何が一番重要かと問われれば、私は間違いなく「わかりやすさ」だと答えます。ときに「正確性」や「面白さ」よりも優先すべきくらいの重要度です。いくらこだわっても、こだわりすぎることはありません。それくらい「わかりやすい」は正義です。逆に言うと「わかりにくい」は悪です。悪どころか、最悪です。ではなぜ「わかりにくい」は最悪なのか、その理由を突き詰めて考えたことはありますか?
商品のことをきちんと理解しないと、人は商品を買わないから。高額な買い物ならなおのこと。そんな説明をよく聞きます。もっともらしい説明な気がします。でも、本当にそれだけでしょうか? 意外と知られていない理由をご説明します。
提案の印象は、話し手と聞き手の関係性次第
聞き手の立場で、話し手の言っている内容が「わかりにくい」と感じたとします。その時に働く心理には、相手(話し手)と、自分(聞き手)との関係性によって、2パターンの違いが生じます。
●話し手が目上の場合
例えば、相手(話し手)が、社長や上司、あるいは弁護士、医者、恩師、総理大臣など、明らかに自分より知識や教養があって、立場的に「目上」の人だとします。その人の話が、いまいち理解できない自分がいる。そのとき自分(聞き手)はこう思います。「話が理解できないのは、自分の理解力が足りないからだ。きっと相手は、崇高な話をしているに違いない」と。間違っても、相手の話の内容(質)が悪いとは思いません。つまり、理解できない原因を「自分(聞き手)」の方に求めます。
●話し手が目下の場合
一方、相手(話し手)が子どもや、後輩、部下など、立場的に「目下」の人だとします。その人の話が、いまいち理解できない自分がいる。そのとき自分(聞き手)はこう思います。「話が理解できないのは、自分の理解力が足りないからではない。相手が取るに足らない話をしているからだ」と。間違っても、相手は何か崇高な話をしているに違いない、とは思いません。つまり、理解できない原因を「相手(話し手)」の方に求めます。
自分が理解できない内容=質の悪い内容
イソップ物語の「酸っぱいブドウ」の話が有名です。キツネがおいしそうなブドウを見つけるが、高いところにありどうしても手が届かない。しまいには「あのブドウはきっと酸っぱくてまずいに違いない」と言って去る、というものです。これは心理学的に「認知的不協和の解消」と呼ばれます。「ブドウに手が届かない」という不快な事実を突きつけられたときに「あのブドウは酸っぱい=自分は最初から欲しくなかった」と態度を変えて、その不快感を解消する、というものです。
提案が理解できない(わかりにくい)という認知的不協和を「それは提案内容が取るに足らないからだ」と思うことで解消する。これが、プレゼンの現場で起こっています。もしあなたが、業界を代表する大御所なら話は別です。でも残念ながら、受発注というビジネスの上下関係がある中では、この心理現象は止められません。
これは、クライアントが参加社を見下している、という意味ではありません。話し手と聞き手の関係性次第で、ごくごく自然に、誰もが無意識に抱いてしまう感覚なのです。
だからプレゼンでは「自分が理解できない内容=質の悪い内容」と無意識に判断されます。間違っても「相手の言っていることは、実は自分が理解できないだけで、本当は素晴らしいものなのかも?」とは思ってくれません。「プレゼンはわかりにくかったですが、御社を採用することに決めました」なんて返事をもらった人は、恐らく誰もいないと思います。
面白くないプレゼンや、正確性に欠けるプレゼンでも、勝つことはあります。でも、わかりにくいプレゼンで勝つことはありません。だから「わかりにくい」は最悪なのです。もしプレゼン後、クライアントから「とてもわかりやすかったです」とお褒めの言葉をいただいたら、それは最大級の賛辞です。
話し手が話しやすい≠聞き手が理解しやすい
よく、チームメンバーが集まって企画書を詰めている中で、ある程度の議論が終わった後に、こういったセリフが出てきます。「あとはスピーカーが話しやすいように仕上げてもらえれば大丈夫」というもの。実はこれ、典型的な負けパターンです。なぜなら、話し手が話しやすいことと、聞き手が理解しやすいことは、本質的に別物だからです。ここに気づいていない人が実に多い。大きな勘違い、おごりといっても良いでしょう。聞き手が理解しやすいプレゼンで勝利することはあっても、話し手が気持ち良くしゃべったら勝てるなんてことは、絶対にありません。
もちろん、たまたま「話し手が話しやすい」プレゼン構成と「聞き手が理解しやすい」プレゼン構成が、重なることはあります。でも、本質的には別物です。企画書を詰める際の視点として「話し手が話しやすい」ことなど、考える必要はないのです。それはただ、本番で流暢に喋れないのを怖がっているだけ。流暢でなくても良いので、しっかりと理解できるプレゼンを、クライアントは聞きたがっています。
精神論に聞こえたら本意ではないのですが「あとはスピーカーが話しやすいように」と言った瞬間に、チームは思考を放棄しています。最後の最後まで「聞き手が理解しやすい」ことを追求しましょう。
流暢なプレゼンが不安を与える
実は聞き手はプレゼンを聞きながら、心のどこかで「チェリーピッキング」を疑っています。チェリーピッキングとは、話し手にとって都合の良い情報だけを提示し、不都合な情報はテーブルに乗せないという議論の進め方を意味します。
おそらく、理路整然と流暢にプレゼンできるビジネスパーソンは多いと思いますが、必ずしも相手がそれを望んでいるわけではありません。その裏には「語られていない不都合な真実がありやしないか」「だまされてなるものか」と身構える、聞き手の心理があるのです。
ここに気づけるかどうかが、良きプレゼンターとして、一歩抜け出せるポイントになると思います。そして気づいたならば、対策が打てます。あえて自分に不都合な情報も提示して、相手が納得する説明を加えることで、かえって好印象を与えるというのが、その代表的な対策テクニックです。
いかがでしたでしょうか?
やはり最後は、企画書とプレゼンが物を言います。相手の立場に立ったわかりやすいプレゼンで、勝利を引き寄せましょう、というお話でした。
おかげさまで、この連載も次回が最終回となりました。実はもともと全6回の予定でしたが、こっそり1回追加となっています(笑)。
「コンペ」というテーマを掲げ、約1カ月の連載させていただきましたが、大変ありがたいことに、読者の皆様から様々なご意見やご感想をいただきました。そこで次回(7月19日掲載)は特別編と位置づけ、多くの方々が気になっていると思われる「あのテーマ」を取り上げたいと思います。お楽しみに。