競合プレゼンは本当に不要なのか? コンペの功罪について真剣に考えた

コンペ不要論を唱えているのは誰か?

ここからはかなりの部分、憶測と偏見が入ることを承知の上で、話を進めさせてください。前提として、コンペの是非を考えるにあたり大事なことは、どの立場からの意見かを明確にすることです。クライアントvs代理店、新人vsベテラン、経営vs現場など、置かれている人の立場によって、コンペへの眼差しは全く変わります。

これはまったくの私見ですが、コンペ不要論を唱える中心は、代理店側の現場のベテラン層。つまり「現役で日々のクライアント課題解決に向き合っていながら、既にある程度の実績やネットワークを築き終えている人」ではないかと思っています。そして、業界全体への愛ある眼差しと、責任感からの発言であると感じています。

ある程度の実績を積み、社内外のネットワークも構築できている人にとって、コンペは確かに不要です。わざわざ競合に参加せずとも、食べていけるだけの土台を築き上げてしまっているからこそ、愛する業界に対し、あえて苦言を呈することができるのだと思います。そしてその声は、比較的広く届きやすい(それに、ちょっとカッコ良かったりもする)。

コンペは新陳代謝を促す

一方で、声が届きにくいけれど、確実にコンペを必要としている人々もいます。その一例が、代理店の、特に若手から中堅の方々です。

まだ明確な実績も、武器になるネットワークも築けていない人。これから「自分がやったと胸を張れる仕事」を作りたい人。そんな方々にとって、コンペはまさにチャンスです。上司や先輩の仕事を引き継いだのではなく、自分が勝ち取った。あれオレ詐欺がまかり通る業界の中で「私がコンペを獲りました」という事実は、重要な意味を持ちます。

もしコンペという制度がなかったら、ずっと「他人が作った仕事」を引き継ぐことになってしまいます。考えただけでもゾッとします。それに、たとえ負けたとしても、そこで得た知識、経験、仲間は、かけがえのない財産になります。しかも、比較的短い期間で得られる財産。共に戦った仲間とのつながりを大事にしていれば、数年後、その仲間から次のチャンスが舞い込んで来ます。こうやって、社会人としての実績やネットワークを蓄積していくのです。

コンペは、若手にチャンスを与えます。また、上位の代理店から仕事を奪うという意味でも、コンペには新陳代謝を促す効果があると言えるでしょう。でも、だからといって「やっぱりコンペは必要なのだ!」と、簡単に結論付けるつもりはありません。あくまで発言者の属性を見ておく必要がある、ということです。

余談ですが、コロナが流行し、在宅勤務が広がりだした頃、「リモートでも問題なく仕事できるね」という意見が目立ってきました。これには私も完全に同意だったのですが、実はその裏で、困っている人々がいました。まだ社会人としてのスキルも実績もネットワークも築けていない、新人たちです。これと似たような構造が、コンペを取り巻く論争にもあるのではないかというのが、私の視座です。

コンペが必要な理由:クライアントの視点

次に、クライアント側の視点で考えてみましょう。クライアントがコンペを必要としているのには、大きく3つの理由がありそうです。

(1) 競争原理を働かせることで、低コストで、たくさんの提案をもらって比較検討できる
(2) 頻繁に行われる人事異動のせいで、実務経験が不足しがちなクライアントにとって、多くの提案をもらえることが安心材料になる
(3) 取引先との癒着を防ぐために、ルールとして導入する必要がある

理由(2)(3)については、ある意味で仕方のないものとして、ここでは議論を棚上げします。ただ、理由(1)については、もしかしたら大きな誤解が潜んでいるかもしれません。

コストは下がるが、アイデアの質は上がらない

断言しますが、コンペにすることで、見積もりが下がることはあっても、提案やアイデアの質が上がることはありません。

見積もりは「高いか安いか」の1軸なので、競争原理を働かせることで、ライバル社よりも安い金額を提示しようという力学が働くことはあるでしょう。しかし、ライバル社と競い合ったらアイデアの質が上がるということは、決してありません。なぜならアイデアの質とは、インプット情報(オリエン)の質と量、および思考に与えられる時間によって決まるからです。そして、アイデアの善し悪しは、コストの高い/安いのように、単純なものではないからです。

まして、競わせたら代理店のモチベーションが上がるかといえば、それもほぼありません。逆に、コンペにされたからといった理由で、モチベーションが下がることも、ほぼありません。いや正確に言えば、モチベーションの上下はあるかもしれないけれど、提案の質に影響はない、ということでしょうか。

とはいえ実際問題、既存チームのマンネリ化に喝を入れる意味で、競合にされることは多いと感じます。また、指定業務でミスがあった場合に、ペナルティの意味合いでコンペにするなど、少し歪んだ使い方が散見されるのも事実です。ですが、私が申し上げたいのは、競争原理を働かせることは、提案・アイデアの質の向上には直結しないということです。

提案の幅は広がるが、広げること自体は目的ではない

厄介なのは「アイデアの幅が見たいからコンペを開く」という動機です。5社を集め、それぞれから3案の提案をもらえば、それだけで15案です。多くの案の中から選べれば、それだけ質の高い案が手に入りそうな気がします。

ただ前述の通り、アイデアの質に最も影響するのは、インプット情報の質と量、および思考時間なので、単に幅を広げれば良いアイデアが手に入るかどうかは、かなり微妙なところです。(もちろん確率は上がるでしょうが・・・)

一番良くないのは「アイデアの幅が見たい」という理由で、いわゆる「ゆるいオリエン」をしてしまうことです。「代理店の自由な発想を縛りたくないので、あまり前提条件を決めすぎないことにしました」という茫洋としたオリエンを受けることがあるのですが、これだと、良い提案は上がってきません。なぜなら、インプット情報としての質も量も低いからです。

大事なのは、どんな幅で広げて見たいのか、そこに意思があることです。そして、しっかりと情報(仮説や戦略)をインプットすること。これに尽きます。自分が何を食べたいのかわからないから、とりあえず和洋中が揃ったファミレスに入ってメニューを広げるのではなく、せめて「カレーが食べたい」ところまでは絞って、カレーの幅の中で、どんなカレーが理想なのかを注文すべき。例えるならそんなイメージです。

制度としては必要だが、運用に大きな問題がある

参加社がコンペに勝つためにスキルが必要なのと同様に、クライアントが良いコンペを開くにもスキルが必要です。誤解を恐れず、摩擦を恐れず申し上げれば、今、安易に開かれるコンペが多いと感じます。制度としては必要とされているが、その運用が良くないので、残念なコンペの数が増えすぎている。それが「コンペ不要論」の背景にあるものです。同時に、不要論を唱えただけでは、この制度がなくならない理由でもあると感じています。

私自身、これまで百を超えるコンペに参加してきました。こう言ってはなんですが、残念なコンペが大半だったと思います。でも、素晴らしいコンペもあるのです。クライアント企業のビジネスを飛躍的に成長させた、素晴らしいコンペ。勝っても負けても納得がいく、争点がはっきりしたコンペ。体感で言えば、十分の一にも満たない数です。3年に1回出会えるかどうか。でも、こういった成功体験は実際にあり、クライアントはそこを目指して努力している。うまく運用すれば素晴らしい結果をもたらしてくれるものだと、私は感じています。

一歩ずつ、良いコンペを増やしていこう

ただ声高にコンペ不要論を唱えるだけでは、この制度は無くなりませんし、状況が良くなることもありません。であれば、どうすれば素晴らしいコンペが増えるのかを考え、運用面での改善に向けて努力するのが、建設的な態度だと思うのです。

良いコンペは、クライアントと代理店の双方でつくりあげるものです。代理店の能力を引き出し、正しく競わせること。これはクライアントの責任。参加するからには必死に勝利を目指すこと。これは代理店の義務。

だったら私にできることは、代理店が必死に勝利を目指すサポートだろう。そう思って、本コラムを連載することに決めました。まぁ、数だけは人一倍こなしてきたので。クライアント側に「どうやったら良いコンペが開けるか」を直接的に指南するのは、他の方にお任せして(笑)。と、元々のコラムの趣旨にうまく話を戻せたところで、そろそろお開きです。

そもそもコンペとは、豊富な労働人口に支えられてきた制度なのでは? というのが、私が最近立てた仮説です。1つの案件に複数の企業が参加し、多くの労働力を費やして、採用されるものはたった1つ。解決すべき問題が山積みで、しかも労働人口が減少する日本において、もしかしたら、これまでのコンペは成立しなくなるのでは? とも思ったりします。

コンペのあり方そのものも、変わっていくタイミングなのかもしれません。そんなテーマでも、皆さんと議論できたら嬉しいです。

連載を終えて

全7回の連載、いかがでしたでしょうか?
まだまだご紹介できていないアシストスキルはたくさんありますが、ひとまずこれで最後です。

コンペは、DXやサステナビリティのような、目新しいテーマではありません。しかし、今後もずっとなくならない商習慣です。だからこそ、力強くコンペを勝ち抜き、接戦をモノにできる人材は、企業において重宝されます。

勝てない日々が続いても、チャンスはまた巡ってきます。ここでご紹介したアシストスキルが、皆さまの勝利に貢献できるなら、こんなに嬉しいことはありません。明日からの実務ですぐにご活用、お役立ていただけたら幸いです。次の勝利を心から祈っています。


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鈴木大輔(FACT/戦略プランナー)
鈴木大輔(FACT/戦略プランナー)

2006年ADK入社。競合プレゼンの存在すら知らなかった営業時代を経て、2010年より戦略プランナーとして大阪へ。一転して競合プレゼン三昧の3年間を過ごし、勝率5割を達成。ところが東京に戻ってからは、思うように勝てない日々が続く。業界3位の広告会社で苦しみながら戦い抜いた10年以上に及ぶ経験と、百を超える競合プレゼンで溜め込んだ知見を、競合に勝つための方法論として体系化。2023年、著書『競合プレゼンの教科書 勝つ環境を整えるメソッド100』を上梓。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。

鈴木大輔(FACT/戦略プランナー)

2006年ADK入社。競合プレゼンの存在すら知らなかった営業時代を経て、2010年より戦略プランナーとして大阪へ。一転して競合プレゼン三昧の3年間を過ごし、勝率5割を達成。ところが東京に戻ってからは、思うように勝てない日々が続く。業界3位の広告会社で苦しみながら戦い抜いた10年以上に及ぶ経験と、百を超える競合プレゼンで溜め込んだ知見を、競合に勝つための方法論として体系化。2023年、著書『競合プレゼンの教科書 勝つ環境を整えるメソッド100』を上梓。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。

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