ラップはダメ出しとホメ出しのマリアージュ
澤田:ラップの、それもフリースタイルバトルの「ダメ出し」と「ホメ出し」のバランスって絶妙ですよね。フリースタイルは相手をディスるもののような印象がありますが、たまにリスペクトも入っていて。徹底的に相手をダメ出しするのではなく、ホメ出しとの「マリアージュ」のようなものを感じます。コピーライターは相手の魅力を肯定して、観察して、発見して、表現するという手法を常に使うんですが、そのスタイルと近いものをラッパーの方々も駆使しているのではないかと。まず単刀直入に聞きたいんですが、今の晋平太さんにとって「ラップ」ってどういう存在なんでしょう?
晋平太:ラップは、便利な「道具」だと思っています。音楽ではあるんですけど、僕にとっては言葉の要素の方が強い。音楽的であり、コピー的であり、リズミカルでもある伝わりやすい言葉です。だから使いやすい便利な道具なんです。最近ではラップを使ったCMも多いですよね。語呂がよかったり、普通に話すより想いが伝わりやすいからこそ、よく採用されているんだと思います。
澤田:短い言葉の中で情報を詰め込んでいるから、情報源としても豊かだし、記憶にも残りやすいですよね。晋平太さんは、ラップという表現手段を持っていることで、世界や人を見る目が変わったと感じることはありますか?コピーライターはコピーを作るときに、その商品の見方が変わることが往々にしてあります。「この商品は絶対に自分が気づいていない素晴らしい点があるはずだ」という視点で見るからです。
晋平太:ラップは「感情を発信する道具」という役割も担っているので、自分の感情を改めて見つめるようになると思います。さっき澤田さんは「見る」と言いましたが、ラップは実は「見る」よりも「聞く」ことが多いんですよ。フリースタイルバトルも、相手のラップを聞いていないと上手い返しはできない。だから、ラッパーは相手の言葉を聞いて、何を言おうとしているのか理解する能力が必要だと思います。相手のラップを聞きながら、常に会話の糸口のようなものを探していますし、どこのポイントをピックアップすれば自分のアンサーを返しやすくて、お客さんにも響くか、芯を食った返しができるかを考えている。それを反射的にやっている感じでしょうか。
澤田:私、晋平太さんの過去のフリースタイルバトルですごく好きな言葉があって。ヒール的なスタンスでラップをする呂布カルマさんとのバトルの中で「俺はヘイトじゃなくてラブ どっちか迷ったらそっちを選ぶ」っていうアンサーをされていて、それを聞いた時「ラブ」と「選(えら)ぶ」で素晴らしい韻を踏んでいて「うおお!」と鳥肌が立ちました。
晋平太:それがラップですから(笑)。ラップはコピーのように短く完結する文章ではないですし、目で読むものではないので、だからこそライム(韻)が効いてきます。韻を踏むことがシンプルだけど制約やマナーのようなものになっている。俳句の五七五のようなものです。
日本語ラップで「リスペクト」が大事にされる理由は?
澤田:晋平太さんはフリースタイルの中で、ディスりとリスペクトのバランスをどう考えているんですか?
晋平太:前提として、かなり人によります。全然ほめない人もいますし。その人のパーソナリティによる部分が大きいと思います。あとは対戦相手との関係値とか、いろんな要素が絡まってそのパーセンテージが決まってきます。ただ、フリースタイルバトルって単純に勝てばいいだけのものじゃないんです。自分のラップを聞いた時に聞いた人が好きになってくれるかどうかも大事ですし。ラップバトルには相手がいて、当然相手にも家族や仲間がいる。そういうことまでイメージしないといけないからこそ、大前提として相手へのリスペクトがないと成り立たないし、ディスるだけでは面白くならないのがバトルなんです。
澤田:そこですよね。フリースタイルバトルって緊張感が面白いから、ディスりみたいな要素も必要だけれど、ディスることが最終目的ではなくて、言葉を使ってお互いを引き出しあったり、高め合ったりするのが目的で。その手段としてディスりがある。その構造を理解していないと、ただ嫌な気持ちになっちゃうだけです。
晋平太:アメリカだと、どっちがえげつないディスを放てるかが重視されるんです。でも、日本はお国柄もあると思うんですが、あからさまなディスり合いにはならない。どこかで美しいというか、称え合っているバトルの方が多くなっている気がします。
DJもブレイクダンスも、ヒップホップってバトルの要素がすごく大切なんです。ではなぜバトルをするかというと、ディスりたいとか、相手が嫌いだからということではなくて、それがスキルの証明になるからです。自分の技術や自分のスタイルを優れたものだと表現することがヒップホップでは重要だから、その手段としてバトルがある。あと、ヒップホップの発祥をひもとくと、アメリカにおいてケンカや争いを解決する手段でもあったんです。銃で撃ち合ったり、殴り合ったりするんじゃなくて、それならラップで勝負しようと。自分たちの正当性を証明するため、という意味が元からあるんですよね。
澤田:スポーツの発祥も同じで、ある種の暴力性を逃すためと言われています。でも、そのスポーツが日本に入ってきた瞬間に、先ほどのフリースタイルバトルの話と通じますが、お互いをリスペクトするという意味が色濃くなってくる。例えば柔術はもともとブラジルのものですが、日本だとそれが柔道になる。「道」になるんです。諸説ありますが、柔術の目的は相手に勝つことですが、柔道の目的は試合前に比べて試合後自分と相手の人間性が高まっているかどうかがゴールになる。そう考えるとフリースタイルラップも、日本になると「フリースタイルラップ道」になっているのかもしれません。
誰しも「善人でありたい自分」と「何かを言いたい自分」の両面がある
澤田:ところが、ですよ?そこで不思議なのは、ラップも柔術も「道」に変えてしまう日本人が、Twitterだとなぜ世界一の攻撃性を持ってしまうのか。世界で一番匿名アカウント率が高いと言われ、それにひもづいてヘイトも多くなっています。なぜだと思いますか?
晋平太:誰しも「善人でありたい自分」と「何かを言いたい自分」という面があると思います。その後者の部分がTwitterに出てしまっているんじゃないですか?ラッパーはいいことも悪いことも、思っていること全てをさらけ出す。ゆえに、表裏のバランスが取れているのかもしれません。一般社会で生きているとそれが難しいから、ネット上で誹謗中傷や炎上が起きたりするんじゃないかと。
澤田:確かに、コピーを考えるときに対象を観察していると、いいところが見えているときは同時に悪いところも見えてしまったりする。それのうちどちらを表現として採用するかが重要で。いいところにフォーカスすればホメ出しになるし、悪いところにフォーカスすればダメ出しになる。それを日常の中でやろうとすると、悪いところにばかり目が行ってしまって、しっかりとした洞察ができない。それが現実に起きていることだと思います。
晋平太:ダメ出しは普通にできるけど、ホメ出しは意識的にやらないとできない。そういうことですね。
澤田:フリースタイルのようなさりげない「ホメ」を、日常の中でなんとか増やしていきたいと思うんですよね。晋平太さんのようなラッパーや、私のようなコピーライターといった言葉の使い方に常に気を付けている人間が、言葉の取扱説明書みたいなものを出せたらいいと思うんです。この本も、そういう意図で書いています。
使う言語を変えると、普段と違う思考回路が手に入る
晋平太:僕も全国で日本語ラップの普及活動を行っていますが、それはもっとラップをハードルが低いものと感じてもらいたいからです。難しそうに見えるかもしれないですし、最初は下手くそかもしれないけれど、まずやってみるでいいんです。
澤田:新聞に俳句を投稿するような感覚で、日頃から日本語にちょっと向き合う時間や場が増えたらいいですよね。私の場合、コピーを書いている時って、もちろん日本語で考えてはいるんですが、全く別の言語——「コピー語」みたいなもので考えている感覚なんです。それで、コピーを書き終えて日常に戻ると、世の中の景色がすごくコピー的に見えることがある。使う言語を変えると普段と違う思考回路が手に入る。そんな機会が世の中に増やせたらいいなと思います。
晋平太:ライムのような言葉遊びって、子どもたちやシニアの方々も、誰でもできる遊びだと思います。年齢が違えば捉え方もつむぎ方も違う。いろんな年代の人に触れてもらいたいと思って活動しています。
澤田:コピーの世界でも韻を踏んだ名作は多いです。僕が尊敬するコピーライターの佐藤雅彦さんが考えた「バザールでござーる」。これもすごく踏んでますよね。
晋平太:確かにいい韻ですね。僕の好きなK DUB SHINEというラッパーのリリックに「ホントいつもしてた親不孝 そのうち連れて行くよオアフ島」という歌詞があります。一見全く関係ない「親不孝」と「オアフ島」みたいな言葉も、単語と単語の運命的な出会いによって、一つの世界観が生まれる。遠い言葉同士って使い道がなさそうで、でもつながる道筋があると、言葉の面白さの飛距離が断然長くなる。
澤田:コピーでも、全く異なる言葉の掛け合わせで飛距離が長くなるケースはよくあります。以前、とあるコピー講座で「白い恋人」というお題が出て、「蟹やイクラを買って帰るほどの上司ですか?」というコピーを考えた人がいた、という話を聞いて。商品名は出てこなくても、言葉のバックグラウンドにストーリーを感じる余白がある。商品が見えるか見えないかのぎりぎりのラインを攻めると、その飛距離がぐんと長くなるんだと思います。
コピーとラップでお互いを表現してみたら?
澤田:ちょっとマニアックな話が多くなりましたが、最後に来場者の皆さんから質問をお受けしたいと思います。
——無茶ぶりかもしれませんが、澤田さんにはキャッチコピーで、晋平太さんにはラップでお互いを表現してもらいたいです。
澤田:ホントに無茶ぶりですね(笑)。今日は韻の話をたくさん聞いたので、私もチャレンジしてみたくなってしまいます。
晋平太:澤田さん、下のお名前なんでしたっけ?
澤田:智洋(ともひろ)です。
晋平太:オーケー。
澤田:……できました!今日お話しして、晋平太さんの魅力って、つかめそうでつかめないところだと感じたんです。いろんな質問をして晋平太さんの実態や輪郭を掴もうとしているんですけど、絶妙にスルスルと逃げられてしまう。だからこそ、また捕獲したくなるというか。なので、私の考えた晋平太さんのキャッチコピーは「晋平太、See you later.」です。つかめないから、また会おうって感じで、韻も踏んでいます。どうでしょう?
(会場拍手)
晋平太:僕の場合は、言葉でライムを探していって文章を成立させていくスタイルなんで、例えば「彼の名前は澤田智洋 話して感じる無限の伸びしろ」。もう一つ増やすなら「職業はコピーライター 言葉で心の扉を開いた」という感じですかね。
澤田:おお〜!ライムって最後の1、2文字じゃなくて「ライター」「(ひ)らいた」みたいに長く重ねてもいいんですね。ありがとうございます。この言葉大事にします。
(会場拍手)
——ラップの楽曲を作るときに気をつけていることや、フリースタイルとの違い、コピーと通じる点をお聞きしたいです。
晋平太:フリースタイルラップはその場で発散しないといけないけれど、ラップの楽曲にするときは、耐久性があるパンチラインや耳障りのいいフックを重視してます。楽曲の方がコピーライティング的なんだと思います。あと、楽曲にするときは一回聴いて情景が浮かんだり、説明が要らずにストーリーが入ってくるものを作ろうと常に意識してはいます。
澤田:「耐久性のあるパンチライン」ってすごいパンチラインですね。耐久性ってつまり余白があるっていうことでしょうか? 一回ですんなり理解できてしまう言葉より、何回も聞くことで味が出てきたり、新鮮に感じるような…。
晋平太:どちらかというと利便性です。僕は自己紹介のときに「俺の名前は晋平太 ラップは俺の人生だ」と言うんですけど、それはライムもしてるし、わかりやすいし、便利じゃないですか。だから耐久性のあるパンチラインというのは、使い勝手がいい言葉と言うか。決して難しい言葉がいいわけではなくて。
澤田:なるほど。コピーも耐久性のあるパンチライン勝負という側面はありますね。特に80年代90年代に生まれたコピーって、いまだに色褪せていないものもたくさんある。私が好きなコピーで新潮文庫の「想像力と数百円」というコピーがあるんですけど、それだけでご飯何杯でも食べられる。それに通じるものがあります。
晋平太:そう考えると、ラッパーとコピーライターは実は相当近いってことですね。
構成・執筆:田代くるみ(Qurumu)
澤田智洋(さわだ・ともひろ)
コピーライター
1981年生まれ。言葉とスポーツと福祉が専門。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳で帰国。2004年、広告会社入社。アミューズメントメディア総合学院、映画『ダークナイト・ライジング』、高知県などのコピーを手掛ける。2015年に誰もが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで100以上の新しいスポーツを開発し、20万人以上が体験。また、一般社団法人障害攻略課理事として、ひとりを起点に服を開発する「041 FASHION」、ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスを推進。著書に 『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房) 、『マイノリティデザイン』(ライツ社)、『コピーライター式ホメ出しの技術』(宣伝会議)がある。
晋平太(しんぺいた)
ラッパー
フリースタイル(即興)でのラップバトルを得意とし、数々の大会で王座を獲得。 伝統ある「B-BOY PARK MC BATTLE」を始め日本最大規模のラップバトル「ULTIMATE MC BATTLE」で2連覇を達成するなど、その功績は快挙にいとまがない。HIP HOP界の活動に留らず、フリースタイルの伝道師として内閣府や自治体、企業等と組み全国各地でラップ講座を開催。 日本語ラップを通じての子供を対象とした自己啓発など、社会貢献を意識した普及活動を行っている。
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