文・中町直太
2022年1月、『「なりわい」革新 事業×組織文化の変革で経営の旗印をつくる』を出版しました。多くの方から反響をいただく中、特に印象的なのは、東京をはじめとする大都市に本社を置く大企業のみならず、地域の企業の皆様から大きな共感をいただいていることです。
今、日本中の企業で進行する「なりわい」革新
「なりわい」革新とは何か、まず簡単に説明をさせてください。
本書では、「なりわい」を、「企業が近未来の『ありたい姿』=『ビジョン』を実現した時に提供したいと考えている体験的な価値をお客さまにもわかりやすい言葉で表現したもの」と定義しています。平たく言い換えれば、「お客様にとって何屋なのかを明確にする」ということです。「なりわい」革新とは、「お客様にとって何屋なのかをわかりやすく示す “旗印”を掲げた上で、事業変革と組織文化変革を同時並行で推進していくこと」となります。
本書で冒頭に紹介するのは、「自動車製造業」から「モビリティ・カンパニー」への「なりわい」革新を推進するトヨタ自動車の事例。
豊田章男社長は2018年に開催されたC E Sにおいて、「100年に1度」と言われている自動車業界の大変革期の中で業界を超えた競争が激化する近未来を見据え、トヨタを「クルマ会社を超え、人々のさまざまな移動を助ける会社」=「モビリティ・カンパニー」へと変革することを宣言し、さまざまな新領域への取り組みを推進しています。特に、2020年に発表された、モビリティサービスやスマートシティの実験都市「ウーブン・シティ(Woven City)」の取り組みは、「トヨタが街づくりに進出する」として大きな話題となりました。
しかしながらその一連の変革のポイントは、単なる「自動車製造の周辺領域への多角化」ではなく、「自動車製造業からモビリティ・カンパニーへの非連続な進化への挑戦」として打ち出しており、そのビジョンが内外のステークホルダーに対して明確であることだと考えます。グローバル化やデジタルトランスフォーメーション(D X)の進展が著しい中、日本を代表する大企業が次々と「なりわい」革新に取り組んでいます。
こうした「なりわい」革新に取り組む9つの日本企業の事業及び組織文化変革事例、およびその推進に向けたインターナル、エクスターナルコミュニケーションフレームワークを、本書では紹介しています。
地域企業にこそ求められる「なりわい」革新
それではなぜ今、地域の企業にこそ「なりわい」革新が必要とされるのでしょうか。その理由は、「単なる多角化や業態転換では未来に向けた持続的成長に暗雲が漂っており、自らが『何者であり、どこに行くのか』を再定義しなければいけない企業が増えている」ことにあります。
長い歴史を持ち、その地域で親しまれてきた多くの優良企業は、時代に応じてさまざまな事業を営みながら成長してきました。その多くはファミリー企業としての基盤を持ちながら、M&Aによって異なる文化の企業を吸収し、事業成長を実現させてきました。
しかしながら、少子高齢化の進展によるマーケットの縮小、およびコロナ禍の直撃は地域経済により深刻な打撃をもたらしており、スピード感を持った変革が不可欠な状況にあります。そのため、ホールディングス化によってグループ全体の経営を推進しようとする企業が増えています。
さらに言えば、上記のような経緯で成長してきた多くの企業には、グループ全体の一体感が不足しています。また、長く地域に親しまれてきた既存事業の存在感は、収益性に影を落としている状況であっても依然として大きく、これまでとは違うやり方での変革が困難な状況にあります。かつ、人手不足は地域企業においてはより深刻であり、社員の若返り、優秀な社員の採用に大きな課題を抱えています。目先の市場性を基準に、タコ足配線のように多角化を推進しても、持続的な成長を望めないことは明らかです。
今なすべきことは、これまでの長い歴史、さまざまな事業展開を総括しながら、未来を展望する骨太な方針を持つことです。「自分たちは、この地域においてどんな価値を提供してきたのか。そして、これからは何をもたらしていくのか」-つまり、新たな「なりわい」の再定義に他なりません。
新たな「なりわい」を定義する「PowerSession®︎」
では、新たな「なりわい」はどのように定義するのでしょうか。その手法として、電通オリジナルのワークショッププログラム「PowerSession®︎」を活用します。実施のプロセスは以下のようになります。
① 自社を取り巻くマクロ・ミクロの環境分析を行う
② 「未来キーワード」を抽出し、「変化へのドライバー」を特定する
③ 自社が所属する業界における「未来シナリオ」を作成する
④ 自社の「らしさ(D N A)」を抽出し、残すもの、捨てるもの、新たに加えるものに分類する
⑤ 近未来の「ありたい姿」を策定する
⑥ 「ありたい姿」をもとに「なりわいワード」を策定する
⑦ 具体的な事業・サービスアイデアを創出する
本書では、「PowerSession®︎」の詳細について惜しみなく記載しています。そして、このセッションは、自社(グループ)の未来を担う次世代リーダー社員によるタスクフォースによって推進することをお勧めします。
これまでのやり方では通用せず、非連続な進化が要求される時代において、経営と社員が一丸となって変革に向かっていくための「旗印」をつくること=「なりわい」革新が、次の時代をつくるための「一丁目一番地」なのです。
多くの雇用を創出し、その地域の経済・文化に長年貢献してきた地域企業の危機は、とりもなおさず日本経済の危機そのものです。地域企業の未来をつくる新たな「なりわい」は、独自の組織文化を育み、雇用を支えるドライバーとなるだけではなく、その企業が提供する新たな価値は、その地域独自の文化を創出することにも大きく貢献していくはずです。
中町直太
電通 PRソリューション局
シニア・コンサルティング・ディレクター
2001年、電通入社。マーケティングプロモーション局・営業局を経て、現在はPRソリューション局でコーポレートブランディング/広報コンサルティングを専門とする。数万人規模の大企業からスタートアップ企業まで幅広く支援。特にインターナルコミュニケーションによる組織文化変革が得意分野。PR領域では自治体の新条例の成立支援や、国際的なビッグイベントの広報戦略立案など、大型プロジェクトの経験も豊富。著書は『「なりわい」革新 事業×組織文化の変革で経営の旗印をつくる』(共著)。2022年にJAAA第51回懸賞論文 論文部門金賞受賞。