『流浪の月』 は踏み絵のような要素があるのかもしれない(映画監督・李 相日)【後編】

【前回コラム】『流浪の月』が観る人の心に残り続ける理由(映画監督・李相日)【前編】

今週のゲストは、先週に引き続き映画監督の李相日さん。今回は役者たちを風水の要素に当てはめていったエピソードや、「自分を絞り出すロケハン」など、映画ファンにはたまらない裏話をお届けします。

今回の登場人物紹介

左から、権八成裕(すぐおわパーソナリティ)、澤本嘉光(すぐおわパーソナリティ)、中村洋基、映画監督 李 相日。

映画を撮り始めると一転、「無表情」に!?

中村:李相日監督は、ラジオで話しているとめちゃくちゃ柔和で優しい方なんですけど……。役者さんたちのインタビューなどを見ると、演技指導を含めてとても厳しい方だと。でも、監督を慕っているといった内容が多くのインタビューに書かれていて。やっぱり監督は、映画を撮り始めるとキャラが変わるんですか?

:変わるというか……。無表情にはなってきますよね。

一同:(爆笑)。

:無表情というのは別に怒っているわけではなくて、観察してるんです。そんなに笑ってもいられないというか(笑)。その「観察している感じ」が、威圧的に見えちゃうのかもしれませんね。

権八:へえ~!

:見るのが仕事ですからね、やっぱり。

中村:元々カメラを回す前に、監督の中に「こうであるべき」という像がしっかりと結ばれていて、それを役者さんの動きで埋めていく感じなんですか?それとも、もっと自由に一緒につくっていく感じなんでしょうか。

:それで言うと、ふたつの掛け合わせ、ハイブリッドみたいな感じですね。自分のイメージはたとえば6合目、7合目ぐらいまでで、そこから先は空白があるという。そこから先は、役者さんとスタッフを含めて一緒につくっていく。やっぱり自分のイメージを超えるものができるのが一番いいじゃないですか。

一同:はい。

:その余地はいつも残したいな、と考えているんですけどね。

想像を超えた、撮影監督ホン・ギョンピョ氏の映像

権八:この2時間半の映画の中で、「ここは自分の中のイメージを超えられたな」みたいなシーンってありますか?

:そういう意味でのシーンはもちろんいくつかあるんですけど。今回、カメラマンがホン・ギョンピョさん(映画『パラサイト 半地下の家族』の撮影監督)ということもあって、映画のファーストショットも、自分の想像を超えたものでしたね。たとえば、ブランコにカメラを連結して、ハイスピードで撮るといったような。本当にシンプルなんですけど、こんなにも「詰まった画」になるんだな、と。情報量もそうだし、緊張感もそうだし。それでいて、何か色気があるというか……。そういった驚きが、ファーストショットにはありました。

権八:う~ん……。あれは本当に印象的なシーンでしたね。

澤本:映画『パラサイト 半地下の家族』を観られて、この映画はこの撮影監督に撮ってほしい、という気持ちになったんですか?

:『流浪の月』に関しては、それよりも『バーニング 劇場版』(2018年公開)の映像の影響のほうがちょっと強いかもしれないですね。撮り方もそちらに近いので。そもそも今回の『流浪の月』という小説は、『怒り』とか『悪人』のテイストとはちょっと違うんですよね。主人公の文と更紗の関係って、最初に小説を読んだ時に「理想的だけど、ちょっと寓話っぽいな」っていう感じがしていて。果たして本当にこういう関係ってあるのだろうか?と。

でも、あったとしたらそれはものすごく美しいものなんだろうな、という思いもあって。何かそんな浮遊感というか、美しさとこの世界の厳しさ、シビアさというものが両方必要な気がしていたんです。そういう意味では、『バーニング』の映像の質感というか、ホンさんの質感がどうしても欲しい。そう考えた時に、「ホンさんにやってほしい」と思ったんですよね。

澤本:言葉で言ってしまうと軽々しく聞こえると思うんだけど……。映像がさ、すごい綺麗じゃない?

権八:はい。

澤本:映像もそうだし、役者さんの表情がすごかったな、と思っていて。これは、本人に直接言えるタイミングがあったから言ったんだけど、広瀬すずちゃん史上、一番綺麗だったのが、川で上を見上げて松坂桃李くんと会う時のシーンだったんですね。あの時のすずちゃんの顔がむちゃくちゃ綺麗で……。

あれって結構、壮絶な感じの場面なんだけど、この子、こんなに綺麗なんだな……って思えたのがショックですらあったんですよ。

権八:あそこは本当に、素晴らしいシーンですよね。

澤本:すごかったよね……。

権八:桃李くんに対して「うん」って言うじゃないですか?その瞬間に、顔が子どもに返るというか。あのダイナミズムというかね。一瞬で変わる表情に僕もすごい美しさを感じました。

澤本:タイトルが“月”だからさ。「あ、これは月の明かりでこうなっているのかな?」と思ったりして。

:あれは取り戻した瞬間ですよね、自分を。本来の自分というものが自然に出てきた瞬間。

権八:そういう芝居をしてくれって監督がお話したということではなく?

:そうですね、言ってないと思いますね。言うとたぶん、違うことになっちゃう……(笑)。

一同:う〜ん!!

中村:松坂桃李さんは、今回初めてですか?

:初めてですね。

中村:いかがでしたか?めちゃくちゃ難しい役だったと思うんですけど。

:彼はずーっと「掴みきれない……」って言ってましたね。僕も「説明できない、ごめん!」って。

一同:ははははは!

:でも、なんか探していこう!みたいな。

澤本:松坂くんがいい、というのは早い段階から決めていたんですか?

:そうですね、すずと桃李くんに関しては最初に決めていました。桃李くんに最初お会いした時、何をやるか彼は全然わかっていなかった。なぜなら、何も渡していなかったので。「一度お会いさせてください」と。ただ会って、人となりを聞いたり……まあ、雑談ですよね、雑談しながら様子を見ているんですけど。

前もって「彼しかいないな」とは思っていたんですけど、2人で向かい合って正面から彼の姿を見ている時に「やっぱり、間違いない」という感じを受けたんですよね。その後に改めて小説をお渡しして、「この役です」と。後日、本人が読んだ時に「むっちゃヤバい」と思ったらしい。

一同:あはははは!

:「これは大変だ!」というところから始まったんですよ。

一同:ふう~ん……。

「出演者を、風水の要素に当てはめていった」

権八:松坂桃李さんのどういうところに「文」という役の要素を見ているんですか?

:なんですかねぇ……。ホント、説明できないことばかりで申し訳ないんですけど。

権八:いえいえ(笑)。

:他の人が喋っているのを、ただ聞いている時の感じとか。自分が直接話していないで、隣の人の話にうなずいている時の空気感みたいなね。なんですかね……。わざとらしさもなければ、なんですかね……。「なんですかね」しか言っていないな(笑)。

一同:あはははは!

:ちょっとどこか、ドラえもんのように浮いているようにも見えるというか。

権八:へえ~!!

:「土くささ」がないんです。でも、ちゃんとあったかみがあるという。だから今回、いろいろロケハンしたり作業しながら勝手に風水に当てはめていたんですけど、桃李くんはやっぱり「水」なんですよ。すずと桃李は「水」で、横浜流星くんの役は「火」で、多部未華子さんが「土」みたいな。そういうイメージで、桃李くんは大人になるとブルーの衣装が多いですし、横浜くんは一人暮らしの部屋に赤いものを配置したりだとか。部屋の最初のショットは、ガスコンロの火から入っているんですけど。

一同:ああ~!

:衣装にもオレンジの差し色を入れたりとか。やっぱり多部さんはベージュとか茶系の衣装なんですよね。まあ、こじつけではあるんですけど、そういう要素というのはその人が持っている雰囲気からイメージが湧いてきますよね。

「横浜流星くんの演技には驚いた……」

澤本:僕は、横浜流星くんに一番ビックリしました。「この人、こんな役できるんだ?」ということに初めて気がついたというか。「今まで誤解してきてごめんなさい」って、ちょっと思いました。

:ものすごい綺麗な顔というのは、武器でもありますけど、ある意味、「表情に乏しい」という欠点にもなりうるので……。

彼も桃李くんの時と同じように一回面談して話をして。その中でどんどん作中の「中瀬亮」に見えてくるんですよね。やっぱり空手をやっていたせいなのか、すごく「漢!」みたいな、鍛錬する人生を歩んできているからかもしれません。

たとえば、「女性には支えてほしい」とか、マインドがちょっと「昭和」なんですよ。そういったところに、亮と近しいものを感じるという。もちろん、DVするような部分はないですけどね。本人の中にそういった温度感を感じ取れたので、逆に「面白そうだな」と思えたんです。

澤本:いや、面白かったどころか、すごかったなと思って。

権八:ホント、意外というか「流星くんて、こんな人なんだ?!」って。

澤本:今までコマーシャルの現場で「横浜流星」の名前が出てくる時って、“女性に大人気で”っていうことから入っていくんだけど。今回は全然違ったから。本当に「顔と名前で判断しちゃいけないな」って。

:本人も、そういうイメージは自覚していたらしいので、やっぱり変えたいというか、違う自分にチャレンジしたいという思いは強かったですね。

権八:全然一筋縄ではいかない役ですからね、「亮」っていうのは。「こう見えて、実は何かを抱えている」という緊張感というか……。彼が出てくると、画面に緊張感が出ますよね。ちゃんとできている、といったらおこがましいんだけど、“怖さ”がちゃんとあって。

すべては「偶然見つけた喫茶店」から始まった

澤本:事前の資料を読むと、ロケーションの喫茶店が見つかるまでが大変で、「やっと見つかった」みたいにおっしゃっていましたけど。僕がお願いしたCMの時もそうでしたけど、あの喫茶店が見つかった時に「できる!」と感じられたんですか?

:そうですね、本当にあそこがキーだと思っていたので。あの場所が決まらないと撮影のベースが決められないんですよ。それに付随してマンションとかいろんなものを探していかなきゃならないので。まずは、あそこを決めるのに数カ月かかったんですけど……。長野県なんですが、たまたま湖を見に行ったんですね。その帰りにどうしても松本に寄りたくなって。川沿いを車でずっと走っていた時に偶然見つけたんです。

澤本:そうなんですね。

:そこを見た時は、僕だけじゃなくてスタッフも「やっと見つかったかもしれない……」と(笑)。条件的な話だけをすると難しいんですけど、合わない条件を潰しまくると、「ああ、ここにたどり着いたな」という実感があるんですよね。あの橋とか、川とか、建物の感じ……。ちょっとレンガっぽくもあり、ふつうに通りには面しているんですけど、でも目立たないという。 

あれが、あんまり入り組んだ路地裏に入っちゃうと、ちょっと隠れ過ぎかな?という気がするし。人目にはつくんだけど、目立たない。でも、画の中ではちゃんと存在してくれるという。なんか……わかります!?(笑)。

一同:(笑)。

権八:いや、わかるんですけど、あの喫茶店が不思議過ぎて……。もしかしたらCGとか使っているのかな、って思うぐらいシンボリックで寓話的な感じがあるじゃないですか?

:あります、あります。

権八:あれは、そのまんまなんですか?

:そのまんまです。もちろん、中は全部変えているんですけど。

権八:いや、すごいですよね、あの存在感が面白くて。

次ページ 『映画づくりは「自分を絞り出すロケハン」から始まる』へ続く

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