2019年~2021年のPRアワードグランプリを振り返る
井口 2019年のPRアワードグランプリである「茶山台団地再生プロジェクト」(大阪府住宅供給公社)は、地域コミュニティがだんだん衰退していくなかで、住民の方々が住みやすい場所を、住民たちのコミュニケーションも含め、自分たちで活性化していこうとする努力が可視化された事例でした。
【関連記事】
リーディングプロジェクト団地で 高齢化をコミュニケーションで解決
エリア単位の活性化が波及して、さらに広い地方活性化につながっていくという可能性と期待感もあり、グランプリに選びました。時代の流れを背景に大きなうねりを創り出す、そんなPRパーソンが目指していくべき方向として、みんなが学ぶべき要素が具現化されていました。
2020年は「“上手な換気の方法”を伝えたい!『空気で答えを出す会社』の底力」(ダイキン工業)と「『新型コロナウイルスに関する危機管理広報初動マニュアル』無償提供でコロナ禍での本質的PR発想を最短最速で日本中に提供」(井之上パブリックリレーションズ)がWグランプリでした。
ダイキン工業さんはコーポレートコミュニケーションも10年来いろいろ頑張ってきている中、コロナ禍のタイミングで企業としての想いが花開いたと思います。その想いがコロナ禍においてうまく社会に伝わり存在感を高めた一方、マーケティング面でもうまくリターンを得た。まさにコーポレートコミュニケーションとマーケティングの両輪がうまく融合した理想的な活動を表彰できました。
【関連記事】
コロナ禍での適切な情報発信とメディア露出を実現した、ダイキン工業のブランド戦略
またPR業である井之上パブリックリレーションズさんの活動も、PR会社ながら一事業会社として、社会的存在意義をパブリックリレーションズの手法を使ってどう果たしていくかという、まさに自分たちも同じく企業としてどう振る舞うべきなのかを今一度考えさせてくれるきっかけを与えてくれました。
そして昨年(2021年)のPRアワードグランプリは国立研究開発法人 物質・材料研究機構の「『まてりある’s eye』~若者が人生を変える 物質科学広報プロジェクト~」。
昨年は京大が授業をオンラインで無償公開したり、東京藝大がコロナ禍の若手アーティストを支援したり、アカデミックな分野での取り組みも結構ありました。ただこの物質・材料研究機構さんは、PR会社の力には頼らず、長年のトライアンドエラーからマイウェイを導き出し実践するという姿勢で、地道ながらも一歩一歩正解に辿り着く道を切り拓きました。またそれを各研究機関にも移植していきたいという志もお聞きしていて素晴らしいと思いました。
実際の情報発信は「まてりある’s eye」というYouTubeチャンネルを通じて、科学の楽しさ、すなわち何かを発見する楽しさを伝えていくという手法です。シンプルながら目を離せないコンテンツを積みあげ、今後この領域に進みたいと思う学生や若者を虜にしていきました。それはJAXAなどよりも高いエンゲージメント率を獲得していたのです。
PR会社に頼らず自らやるという意気込みも評価する一方、我々が伝えていきたい「PRエッセンスさえ理解しておけば、誰でもPRにチャレンジできる、成功できる」ということをしっかり代弁してくれていました。これもグランプリに選べて良かったな、これで共有されみんなが同じくチャレンジ精神をもってくれるといいなというのが審査員長としての思いであり喜びでもありました。
3年の積み重ねではありますけど「PRのこれから」みたいなことや、あるいは「PRはここにも活きる」といったことを伝えることが少しはできたのではないかと思います。
2022年度はまだコロナ禍ではありますが、カンヌの事例や海外企業の最新の取り組み事例も含め、アフターコロナや経済/生活環境などの視点からPRアワードがどうアップデートされていくのか、本田さん「ならでは」の審査基準を期待しています。
生活者との接点をうまくつくるために重要なこと
本田 今年のカンヌライオンズのなかで個人的に好きだったクリエイティブが、ハインツの「HEINZ HOT DOG PACT」で、パンの数とソーセージの数が違うということに着目したPRで評判がいいんですよね。
この作品も別にふざけているわけではない。人々って毎日の生活があるわけで、「戦争やコロナも大変だけれど、いつもソーセージが余っちゃうんだよな」っていうのは、大袈裟に言えば、アメリカ社会のひとつの「?」(=社会にある疑問)なわけですよ。
なぜならハインツはケチャップだからねと。みんなにホットドッグを楽しんでもらうために、ブランドが存在するって話は、実はすごくパーパス起点のPRなんですよね。
SDGsみたいな話じゃなくてもパーパスはあるし、むしろこういう世の中だから、ちょっとクスっと笑えるもので、これは世界中の人が微笑ましく思ったわけですよ。その軽妙さは大事だと思います。
井口 去年はソーシャルでグッドな感じを押し出したエントリーばかりだったじゃないですか。でも審査員としては、そこを共感づくりの接点としつつ、それを通じてのコーポレートコミュニケーション、あるいはマーケティング支援というのもあったから、なんで目的をきちんと書いてくれないかな、というのはありました。
ソーシャルグッドへの共感を活用したのならそれはそれでいい。いまはほぼそういう目線は多かれ少なかれ入っているし。全部が全部「善行」として書かなくてもいいんです。企業はリターンを得て当たり前。まあ今年はもうカテゴリも縦割りにならないと思うので、企業へのエンゲージメント率向上や、モノを売るためにどんな工夫をしたか、入口をどう設定したのかなど、アイデアももう少し強調して書いてみてもらってもいいかもしれないですね。
ハインツはマーケティング的施策で毎年カンヌライオンズに登場しますよね。マーケティング系では私も大好きな事例のひとつがハインツです。前回は、あのお馴染みのガラス瓶に入っていて、なんだか出しづらい不便さを、容器を変えるのではなくて、この角度だと1番出やすいよ!みたいなことを教えるためにラベルを良い角度で斜め貼りしたり(笑)。
あとはブランディング的なところでも、「ケチャップと聞いて思い浮かぶ絵を描いてください」と頼むとみんなハインツの瓶とあのラベルの形を描くよね、みたいな調査をしたり。すでにハインツの名前はみんなに知られているし、なかなか話題として浮上してはこないんだけど、そこにちょっとだけきっかけを与えてみんながまた話題にし出す、先のホットドッグの話も「あるよねー、あるある」というね。そういうお茶目なところを狙いたいなって、逆にエントリー側としては思いますね。
Authenticityがあるかどうかの視点で審査したい
井口 今年、本田さんが期待するのはどんなエントリーなのか、私もエントラントの一人として聞いておきたいです。先のお話だと生活者との新しい接点づくりとか、深刻な状況下でもちょっとクスっとするようなユーモアを併せ持つものなどを期待されていると感じたのですが、あとなにかひとつ、特別に私だけにヒントをくれませんか(笑)。
本田 もちろんパーパスが大事なのは、井口さんが審査員長の時代と同じで大幅な転換はありません。脈々と引き継ぐところもあると思いますが、個人的にはひとつ、今年のPRアワードの審査団に強調したいと思うのは、エントリーがオーセンティック(Authentic)かどうか。なぜその企業やブランドがそれをやるのか?の理由ですね。いいことをやっているとか、社会課題の解決は当たり前です。
マーケティングが目的であれ、コーポレートコミュニケーションであれ、オーセンティシティ(Authenticity)が弱いケースが少なくないと思っています。「何でそれを御社がやっているんですか?」って答えを誰も持っていないことが多い。
あるいは本当はあるんだけど、みんなが意識してないから、A社でもB社でもC社でも言えるような感じで打ち出していたり、活動していたりするケースも多いと思うんですよ。
ハインツのキャンペーンにはそれがあります。ハインツのカンヌライオンズでのエントリーは、やる意味があるよね、すごい納得だと。「なぜそのブランドか?」という納得の強さは審査の中で、ひとつの視点としてみたいと思っています。
井口 No.1企業は、発信しているメッセージの正当性や強さが基本的に見えていますが、2番手、3番手企業は、No.1企業と同じでは差異化できませんよね。かといって差異化だけを狙って奇をてらったところから攻めていっても、本来それらの活動を支える従業員含めた関係者の想いから乖離してくることもあるから難しいですね。
最近で言うと、パーパスの再確認と再設定みたいな話で、いろいろクライアント企業の話を聞きますが、社員全員の意見をまとめようとすると、すごく当たり前な、平坦な物言いに落ち着いてしまう。なんだかどこかで聞いたことあるなというものになってしまうことが多いんです。
本田 意見をまとめると網羅的になりすぎますが、そこが「落とし穴」だと思います。1番手じゃなくて、3番手、4番手の会社の方が多い。でも3番手の会社も「僕らなりにどうなんだっけ」とか「何を大事にしてきたんだっけ?」があるはずなんですよ。その部分をしっかり自分たちで探索していなかったりするケースも多いと思います。
だから何が言いたいかと言えば、エントリーの視点だと「これはエントリーするにはインパクトがなかった活動だ」とか「これでPRアワードにエントリーしていいんだろうか」と思ったときに、「自分たちらしい」要素がしっかりあれば、そこは評価されます。
今までも「なぜPRか」はエントリーシートで聞いていますが、「なぜ自分たちなのか」はもうそのままパーパスにも直結するので、パーパスを適当に設定していると、そこに答えられなくなるはずなんですよ。
たとえば「我が社のパーパスは」とエントリーシートにサラっと書いてある場合があるじゃないですか。そこにはそれっぽく書いてあるから、パーパスに沿ったPRキャンペーンなんだなと、一旦みんなそう見るわけです。でも本当の質問は「なぜ、これをやるのがあなた方なんですか?」ということであるはず。そこまで掘り下げられてないと、その問いには答えられないはずなんですよね。
キャンペーンの規模やかけた予算、露出が多いとか、ものすごいキレキレのアイデアがあったかどうかだけじゃなくて、「私たちらしい活動をしました」と自分たちで思えるものだったら、ぜひ自信を持ってエントリーしてください。なぜならオーセンティシティの観点で評価されるわけですから。
エントリーを目指す人たちへ
本田 パブリックリレーションズはもともと広い概念で、日本ではパブリシティみたいに狭義の意味に思われてきました。でも最近理解が進んできた結果、いろんなことがパブリックリレーションズの活動だと見なすことはできるようになりました。特に今回のアワードでは是非「こういうこともPRで評価されるんだ」とか、「こういう活動もパブリックリレーションズの未来と見てくれるんだ」と思わせる受賞エントリーを生み出したいと思っています。
だから、「これは違うだろう」とか「これはPRアワードではないんじゃないか」と思わずに、ぜひ応募してください。それが評価されたときに、PRアワードの未来に向けてもそうだし、他の皆さんに「このエントリーが評価されるんだったら、うちのこれもエントリーできる」と感じてもらえる。まさにパブリックリレーションズの定義が進化するチャンスなので、自分で決めつけないでほしいです。
井口 コロナ禍でソーシャルグッドやパーパスを言いすぎたからか、去年はソーシャルグッドカテゴリーにエントリーがかなり偏ってしまいました。でも大事なのは、自分たちが何を目指して何をやってきたか、その信じる道がエントリーシートに反映されていることです。
僕らもPRプロフェッショナルですし、審査員団はいい意味できちんとそれを理解しようと前向きに評価しています。審査団の顔色を見たり、海外含めての各種アワードのトレンドに変に近づけようとして、エントリーシートを脚色しすぎるとあっと言う間にバランスが悪くなる。エントリーは信じてやってきたことをそのまま書いてくれれば、審査員はきちんといい部分を見出していきます。審査団を信じてくださいってところをお伝えしたいと思います。
ちなみに、エントリーシートの書き方については井之上パブリックリレーションズの横田和明さんが懇切丁寧に解説している記事があるので、そちらを見てくださいね!
【関連記事】
「課題設定にこそ、クリエイティビティがある」PRアワード〆切迫る
本田哲也(ほんだ・てつや)
「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出された日本を代表するPR専門家。世界的なアワード「PRWeek Awards 2015」にて「PR Professional of the Year」を受賞している。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年、スピンオフのかたちでブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』など著作多数。国連機関や外務省のアドバイザー、Jリーグのマーケティング委員などを歴任。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。 今年度よりPRアワードグランプリ審査員長。
井口理(いのくち・ただし)
電通PRコンサルティング
執行役員/チーフPRプランナー
企業のコーポレートコミュニケーションから、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体広報まで、幅広く手がける。PR会社プロパーで32年目に突入。 「世界のPRプロジェクト50選」、「Cannes Lions グランプリ」「Asia Pacific Innovator 25」「Gunn Report Top Campaigns 100」「グッドデザイン賞」「Red Dot Awards Best of the Best」など受賞多数。「Cannes Lions」「Spikes Asia」「SABRE AWARDS ASIA PACIFIC」「PR Awards Asia」など審査員を歴任。2019~2021年日本PR協会PRアワードグランプリ審査員長。著書『戦略PRの本質~実践のための5つの視点~』ほか多数。