世界がむつかしくなればなるほど、creativityが決定的な能力になる。~2022年カンヌライオンズを振り返って

アイデアとアクションの間に存在するキモチを動かすという機能

2022年フィルム部門のグランプリは、Channel4「Super. Human.」とApple「Escape From The Office」の2本。フィルム・クラフト部門のグランプリが、ドイツのPennyという百貨店の「The Wish」。

Channel4「Super. Human.」| Tokyo 2020 Paralympic Games Trailer
Escape from the Office | Apple at Work
PENNY 「The Wish」

それぞれ見ていただければですけれど、フィルム的に衝撃的だったのは「Penny」。
完全にアフターコロナ・ムードの中、ほぼ唯一コロナ禍と人間の関係を描いている。失恋してしっかり落ち込むとか、夜中に家を抜け出して友達と騒ぐとか、思春期に体験すべきことがコロナ禍でできなかった息子を心配する母親との心理劇。冒頭 “So, what do you actually want for Christmas?” と、クリスマス・プレゼントに欲しいものを息子に問われ、およそ2分半後、終わり近く、「I wish for you to get your youth back(あなたが思春期を取り戻すこと)」と答える。ある状況に放り出された個人の心理を、つまり世界と個人との関係を描いている。要は、サイコロジーの映像化である。これがたいていの映画やドラマの基本作業だ。今、気が付いたのだけれど、CMでそれがちゃんと行われることはめったにない。
このフィルムを見ると、コロナ禍が残したよい点が唯一あるとするなら、自分以外の人に対する理解と愛情が深まったことではないかと仮説したくなる。もしこの仮説がほんとなら、そのあたりから世界を再構築していけるといいのだけれど。
毎秒毎秒油断できない濃密な演出、つまり時間の創りかた。見ていてときどき呼吸が止まる。

このフィルムが果たしているのは、ブランドのカルチャーをつくることだ。企業活動によってこういうカルチャーを創りたいという意思を、この場合はフィルムによって表明し共有している。要は、どういうことをたいせつだと思っているのか、どういう人生観をたいせつだと思っているのか、どういう人たちをたいせつだと思っているのか。これは同業のJohn Lewisがクリスマス・キャンペーンを通して時間をかけて達成したことでもある。

パーパスがともすると、こういうふうに世の中の役にたちます、間違ってないけど退屈、ということになりがちだとすると、そこに欠けているのは、自らカルチャーを創り共有するという視座だろう。長く愛されリスペクトされるブランドには必ずそれがある。そもそもパーパス・ブランディングなるものは、もっと楽しくチャーミングなものであって、そこにたどり着いて初めて意味と効果があるのである。うまくいっている具体名がいくつか浮かぶけれど、共通しているのは、独自のカルチャーがあり、それをみんなに支持されることによって、どのように世界に貢献するかという方程式になっていることだ。パーパスとは、実はカルチャーの問題なのである。

グランプリ3本。まるでちがうフィルムが並んでいた。他にも多様かつ圧倒的な表現が20本くらいあって、見ていてシアワセになりました。

他に印象に残ったものをいくつか。

3つのグランプリを獲得した
Vice 「The Unfiltered History Tour」
大英博物館は植民地から略奪した美術品を多く所蔵していて、本来の所有国への返還を拒否しているというのがモチーフ。ロゼッタストーンやモアイ像などの展示品にスマートフォンをかざすと、大英帝国視点ではなく、植民地視点、つまり略奪された側からの歴史を、ARを駆使した館内ガイドが語りだし、当時の収奪を証明する映像が流れるというもの。みなさんが習った歴史は間違っていますと言っている。今の価値観から過去を振り返ってことさら断罪するのは反則だけれど、だいぶ野蛮な考え方からできあがったことが定着してしまって、まだそれが残っていることは世界に多い。「これってこういうことでいいんだっけ」が多くのアイデアの出発点である以上、社会のみならず歴史に異議を申し立てることには意味がある。ま、盗んだものは返した方がいいし。
企画制作がインドのクリエイティブというところも、ちょっとキモチがいい。

The Unfiltered History Tour with VICE World News

Change The Ref「The Lost Class」
今年、他のアワードでグランプリを総なめにしていた、全米銃規制を求めるキャンペーン。
2021年に卒業するはずだった高校生が銃によって3044人も亡くなったという事実がモチーフ。彼らのために3044の椅子を卒業式のように並べて、そのリハーサルだと騙して、全米ライフル協会の元会長と銃の保持を擁護する本「More Guns, Less Crime」の著者に、誰も座ってない3044個の椅子に向かって祝福のスピーチをさせるというアイデア。要は、だまし討ちである。
グラフィカルで美しくもあるのだけれど、その本質は腕力にある。
敵の正体を、敵がいかに偽善かを、敵がいかに危険かを、ドラマツルギーの基本、対立構造によって開示してみせる。敵も味方も引きずりこむアイデアとチカラ。このテーマには、劇的効果と同時にリアリティが必要だったことがよくわかる。どっきりカメラのようなありえないアイデアによって、誰もそこから逃げることができない強力な説得力をもつことになった。

Lost Class(ムービー3本のうちの1本)

ソーシャル・イシューの仕事は増え続けるだろうけれど、これからは、「強制力」が重要になっていくと思われる。それを初めて行使したのが、2018年の「Palau Pledge」ということになる。ひとつの国全体の環境保全など、立ち向かうべきは、どれもこれも、長く続く深くて困難なイシューなのだ。アワードのように1年単位での評価は限界にきている。ほんとのソリューションはそれでは不可能だからだ。と同時に、実効性、そのための腕力、強制力がないものは、ほとんど意味を失っていくだろう。

※海の環境保護を目的として、パラオでは入国するすべての旅行者に、世界初の環境保護誓約である「Palau Pledge(パラオ誓約)」への署名を義務づけた(Agency:Host/Havas)

“The Unfiltered History Tour”にも快感を伴った腕力がある。むかし偉かった国に証拠を突き付け、楽しく鮮やかに暴いて見せたわけだから。
このふたつの仕事は、ここ数年僕たちに突き付けられているふたつの問題、クリエイティブにほんとにソリューションは可能なのか、と、クリエイティブにジャーナリズムの能力はあるのかに対する2022的回答でもあったと思う。

僕たちには、「Think Different.」や「Thank You, Mom」のようなずっと残る仕事もあれば、今やらなければ意味がないような仕事もある。“今この辺がきてる”とか言ってきょろきょろするのは見苦しいけれど、ジャーナリスティックな感覚、つまり今何がヤバいのかに鈍感なのもだめなのである。もう40年くらい前に糸井重里さんが唱えたクリエイティブの仕事をやるときに取るべき態度の定義、「時代に痴漢される程度の覚悟」を思い出す。

AB in BEV/Corona Beer「Plastic fishing tournament」

 
プラスチックごみが多すぎて漁に行けないという漁師たちのために、コロナビールがプラスチックごみの獲得量を競う釣りのトーナメント大会を開催。優勝チームには懸賞金を与え、ごみをリサイクル業者に売却する仕組みをつくった。
シリアスな問題をスケール大きく楽しくおおらかにという方式がいかに有効かを証明した。要は、ソリューションが「大会」というところ。今では世界数か国で開催されているらしい。課題解決のために、ワールドカップを発明するようなものかしら。ゲータレードの「Replay」をちょっと思い出すけれど、あれはプロダクトのブランディング・プロモーション。これは、社会意義のある目的のための解決手段が広告でもなく、PRでもなく、「プラスチック釣り大会」。いい意味でくだらない。プラスチックごみを捨てるべきではないことはみんなよくわかっている。けれど、それを実行段階に移行することがむつかしい。それを突破する腕力があると思った。

※高校アメリカン・フットボールの引き分け決勝戦の、再試合(REPLAY)の実現に向けて、ゲータレードが選手たちをサポート。再試合に向けて準備する様子を5部構成のドキュメンタリーとして制作。

参加すること。つまりカラダを使うこと。そのために大きくて楽しい何か、要はセンス・オブ・ヒューモアこそが重要ということを再認識させてくれた。なぜなら、ヒトは、楽しい時、笑っている時にいちばん健全に他者の意見を受容するから。哲学者 ジャック・ラカンは「心の清い者ほどよく笑う」とまで言っている。何が正しいかまでは到達するんだけれど、じゃ具体的にどうすれば人を動かすのかが提示できて、ちゃんとエンターテインメントになっているものは少ない。確信犯的な人の動かし方がすばらしい。

クリエイティブがいちばん力を発揮するのは、アイデアとアクションの間に必ず存在する、キモチが動くという機能。これを果たせなければ僕たちの仕事は無意味だ。
最初の方、クラフトの話でも触れたけれど、理屈抜きに「持っていかれました」という感覚を創り出すこと。つまり、キモチを動かすこと。
この力こそが、ソーシャルであれ、ビジネスであれ、プロモーションであれ、クラフトであれ、クリエイティブだけが持つ固有の能力なのである。
キモチを動かすために、大英博物館、卒業式、プラスチックごみが共通してもっているのは、ある種のCrazinessだ。一定以上のレベルの仕事には、ほぼ確実にこれがある。歴史の虚偽を暴いたり、だまし討ちしたり、へんな大会を創ったりですからね。ふつう踏み込まないところまで到達した仕事だけが効果を上げ高く評価されるのである。

次ページ 「読み解かれることを待っている巨大なテクスト」へ続く

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