「お前、適当な文章を書くなよ」とたしなめられている
父の本が、いつも私の道標である。……こんな出だしだと、やや感動的なストーリー展開を予想されるかもしれないが、「ボディコピー」という視点で岩崎俊一というその人を見たとき、それは父というより、もはや秘伝の技を極めた歴史上人物のようであり、いい意味で距離がある。だから私は堂々と、1冊目にまず父の本をご紹介したい。
父のもとで働いた3年ほどの間は、ひたすら原稿用紙に大量の赤字を入れられる日々だった。ボディコピーは、難しい。そもそも広告の文章というのは、読み手に無視されるかもしれない、という前提で書かれる。しかし、お金を払うクライアントとしては、自分たちの良いところをたくさん書いて欲しい。その文章の力でもっと好きになってもらい、購買意欲を膨らませてほしい、と願っている。コピーライターはその思いを受け止めつつ、読んでもらうための知恵を絞る。そんな制約の中で、岩崎俊一という人の文章は、クライアントはもちろん、無視されて当然の読み手の涙まで誘ってしまう。恐ろしい技である。
近年、“ステートメント”という言葉が市民権を得たが、世の中を見渡すと、やはり制約を制約のままで終わらせてしまっている文章が多い。クライアントと読み手への鮮やかな裏切りを果たしたいと切に願う一人である私は、どうすればもっと良いコピーになるかと頭を回転させる。そんなとき、父の本をパラパラと眺めるとそのたびに発見があり、「お前、適当な文章を書くなよ」とたしなめられる気持ちにもなり、エンドレス推敲ジャーニーは締め切り直前まで続いてゆく。
ボディコピー好きによる、ボディコピーの楽しさが広がる本
「自分好みのボディコピーを集めた本があれば」の思いが形になった一冊。新しめのコピーとご本人の解説と共に、過去の名作コピーもセレクト。そちらには思いの丈をたっぷりと綴らせてもらった。ボディコピーが好きな私だからこそ、妥協なくボディコピーの楽しさが広がる本をつくりたかった。
広告コピーは時代の空気をまとう
広告とは、売るためのもの。つまり、金の匂いが同時に存在する。だからこそ負の感情も含め、その時代の様々な空気を一挙にまとうことができる。そんな目線で過去のコピー年鑑を見ると、これほどエキサイティングな読み物はないということを知る。特に私のお気に入りは、90年代から2000年代初頭にかけての時代(後半はタグボートの強さが爽快で猛烈)。
広告制作の裏側にある、作り手たちの熱い感情
1964−2002年までのサン・アドが凝縮された一冊。制作会社や代理店、クライアントなど、そこで働く一人ひとりの汗や地団駄、歯軋りや熱意が時代をつくっていたことが露わになる。きっといつか、今日かいた私たちの汗も、この時代の空気の一部となり、未来の誰かに振り返られるのだろう。コピー年鑑とセットで見るとより面白さUP。
岩崎亜矢(いわさき・あや)
サン・アド コピーライター/クリエイティブディレクター。主な仕事に、GINZA SIXネーミング、JINS「私は、軽い女/男です」他、TOTO「止まるなTOTO」、ツインバード「ぜんぶはない。だから、ある。」、村田製作所「この奥さんは、介護ロボットかもしれません」他、ハンバートハンバートのクリエイティブディレクションなど。『心ゆさぶる広告コピー』、『僕はウォーホル』、『僕はダリ』(すべてパイインターナショナル)など様々な書籍も手がける。TCC会員。
次回は中村禎さんのおすすめ本をご紹介します。
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