小国士朗氏は、NHK入局後『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を中心に制作を行い、その後は“番組をつくらないディレクター”を名乗り、150万ダウンロードされた「プロフェッショナル 私の流儀」など、番組のプロモーションやデジタル施策を企画立案し、2018年に独立した。一方の澤田智洋氏は、誰もが楽しめる新しいスポーツ「ゆるスポーツ」や、ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」などの福祉領域におけるビジネスを推進。イベントでは企画を生業とする2人が企画する楽しさや、大切にしている姿勢などを語り合った。
スタンスは常に「素人」「あいだの専門家」
小国:僕は基本的に自分の中でやりたいことは何もないんです。お題をもらって考えることが多くて、逆に自分がアクティブに課題を捕まえに行くことができないから、それがずっとコンプレックスだったんです。特にNHKにいる時は、1つの分野に専門的な人がいっぱいいて、僕がやることは全部雑食だなと思ってたんですけど、そんな僕が考えるから意味があるんだなって最近すごく思い始めた。だからいまは常に素人で何の興味もない自分が起点で、そんな自分でも心が動いたかを大事にしています。
澤田:自分の心が動く瞬間を見逃さないということだよね。
小国:でも同じ分野を長くやっていると、だんだん素人でいられなくなる。だから意図的に詳しくならず、素人でとどまり続けることを意識していて。なぜかというと、一番タチが悪いのは“中途半端なプロ”だと思ってるから。何かやろうとする時に反対するのって、大体中途半端な人なんだよね。
実際、自分も過去に中途半端なプロになっていたことがあって。テレビ業界にいた時、YouTuberに対して「テレビのコンテンツの方が優れている」ってものすごく否定的だった。わかったつもりになって、新しく出てきたクリエイティブを否定することでしか自分を保てないって感覚は今思っても本当に恥ずかしい。それ以来、中途半端なプロにならないことを意識してます。
澤田:僕も今、福祉、スポーツ、広告、ファッション…って幅広いジャンルの仕事をしているけど、全て中途半端です。でもある時から、「あいだの専門家」になろうと決めたんですよ。中心に行き過ぎると権力争いも軋轢もすごいから、素人目線でなるべく中心にいかず、それぞれの業界や会社の魅力を冷静に抽出して、組み合わせていくのを意識してます。
もう一つ意識しているのが、「名前をつけようがない人」でいること。福祉現場に行くと当事者、福祉従事者みたいに名前や役割が固定されてるんだけど、上下関係がかなり固定化されてすごいバイアスがかかる状態になる。皆決められた役割を演じきってしまうから、その舞台に、名もなき人が絶対必要だと思いますね。
小国:それ面白いね。「あいだ」ね。
澤田:だから小国さんと使っている言葉は違うけど、“素人力”に極めて近いよね。
小国:その共通点もありつつ聞きたいことがあるんだけど、肩書きってどうしてる?役割があるとそこにとらわれるから、僕は会社を辞めて名刺を作る時に肩書きをなくしたんだよね。澤田さんは「コピーライター」を大事にしてると感じるけど、実際はどうなのかな。
澤田:コピーライターって、定義する仕事なんです。でも定義するということは、選ばれなかった言葉を捨てることでもある。捨てた言葉について考えなくなるから、すごく危険な行為だとも思っていて。「定義=死」への始まりだと思っているから、どう名乗りたいかはあまりないけど、自分が定義されることへの恐れがすごくあります。
『マイノリティデザイン』という本を出すと、「マイノリティデザインの人」になりそうになる。だから今度は「ホメ出し」の本を書いて、全然違う自分をキャッチして。
小国:わかる、めちゃくちゃ同感。でも昔は何者かになりたかったし、NHKに入ったら何者かになれる気がしてたんだよね。でもある時から、肩書きを追い求めていると、いつしか肩書きに追われているような感覚になっていることに気づいて。自分が手がけたプロフェッショナルのアプリがヒットした時は嬉しかったし、何者かになった気がしたんだけど、その途端に、「プロフェッショナルアプリの小国さん」と言われるようになってめちゃくちゃ怖くなった。「いつまで言われているんだろう」「すぐ次を作らなきゃ」って必死で新しいものを生み出すんだけど、その度に「〇〇の小国さん」って言われて…。
澤田:それでいうと、こんなイチローの話があって。イチローは何千本もヒットを打ってすごい記録を持っているけれど、毎回ちゃんと喜ぶ反面、次の打席では切り替えて忘れるようにしているんだって。つまり前の打席の自分を称えつつも、記録や結果にとらわれない。どれだけいい仕事や成果が出ても次の日には全然違うこと考えて、過去の栄光に浸らないのが大切なのかなと思います。
あらゆる企画は“公器”の性質を持っている
―お2人は「中途半端なプロになりたくない」部分などが共通している一方で、「企画の始め方」はそれぞれ違う気がするのですが。
小国:澤田さんって、「人生」と「企画」がすごく近いなって感じるんですよ。逆に僕は依頼されて始めて考えざるを得なくなるような、割と自分の人生と無関係なものと向き合うことが多い。最初は正直、面倒くさいって感情を抱くこともあります(笑)。
コロナ禍に入ってマスクが不足した時、澤田さんと「おすそわけしマスク」という福祉現場にマスクを届けるプロジェクトを企画したんです。始まりは僕の知り合いの社長からの相談で、その時も最初は「え、ちょっと面倒くさい」と思った。けれど、「55枚分のマスクを買って、そのうち50枚が自分のもとに、残りの5枚分は福祉現場に“おすそわけ”される」というアイデアを思い付いた瞬間に、急に自分ごとになった。たぶん、「無関心」が「関心」になるギャップに燃えるんですよ。
澤田:僕は広告会社でいろいろなクライアントのCM制作をしてきて、自分の人生からかけ離れすぎていて途中からすごい疲れちゃったんです。そこからクラフトワークがしたいと思うようになりました。僕が福祉業界がめちゃくちゃ好きな理由もそこで、福祉業界は人の話ばかりしていて、手触り感がすごいんです。でも同時に「共感しすぎない」ことを大切にしています。
小国:ああ、そこの距離感ね。
澤田:シンパシーは抱きすぎないで、エンパシーを抱くようにしてます。僕の息子は視覚障害者なんですけど、無条件に「力になりたい」って思うんじゃなくて、1人のマジョリティという立場から何か力になれないかなと考えるようにしています。一見人生と密にリンクしているように見えるかもしれないけど距離は取っているし、息子のためのプロジェクトは一部しかやってないですね。
小国:わかる。企画は誰かのためのものにした瞬間、企画じゃなくなるっていうのはあるよね。delateCというプロジェクトは僕の友人で、がんのステージ4だった中島ナオさんの「私は、がんを治せる病気にしたい」という言葉がきっかけでアイデアを考え、生まれました。プロジェクトを作り上げていく過程で、彼女は「私のがんを治したい」って一度も言わなかったんですよね。自分の病気を治したい気持ちは当然あったと思うんですけど、その言葉を口にすることはなかった。そういう中島さんの姿を見て、僕は心からアイデアを形にしようと思った。企画っていうのは、特定の誰かのためではなく、どんな立場の人であれ、いいと思えば誰もが参加できた方がいいと思っていたので。
澤田:小国さんの企画は、皆が器に何でも入れられる状態で、フラットな立ち位置で参加できるよね。やっぱり社会の公器としての企画を意識しているの?
小国:元をたどればNHKにいたことが大きいと思う。そもそも番組制作は公平性を求められるし、それが「今、なぜ、必要か?」「社会にとってどういう意味があるのか?」ってことをひたすら聞かれるの。そういう訓練を15年ぐらいやってたから、「注文をまちがえる料理店」を始める時も、ある企業から出資すると言われたんだけど断ったんです。みんながいいと思うものを作りたかったから、クラウドファンディングにこだわりたくて。実際、1社が独占してたらこんなに世の中に広まってなかったと思う。企画は社会の公器であるという感覚は、確かに当たり前のように持っているかも。
澤田:僕はクリエイターのエゴみたいなものが実は昔からすごく苦手で…それこそ自分の経験を先輩に潰されたみたいな経験もしてきたし(笑)。今は広告業界に限らず、「社会のために」と言うクリエイターは多くいるけれど、自分のためにやっていると感じることもたくさんあります。
小国:そういう人と話した経験はある?
澤田:もちろん。やろうとしていることは間違ってないんだけど、結局途中から噛み合わなくなって…。でも小国さんは社会の公器のポジションを保っているから、それがめちゃくちゃヘルシーだなと思っていて。
小国:嬉しいな、ありがとう。
「本物、本当、本気」の仕事か?を自分に問う
―次の話題は「楽しく仕事をし続けるにはどうしたらいいか?(クリエイターのウェルビーイング)」です。
澤田:小国さんは企画のホームラン率も、本人が楽しそうな率も高いよね。それは仕事を選んでいるから?それとも面白くない仕事を面白くしているから?あるいは面白くない仕事も面白く振る舞っているの?
小国:ケースバイケースです。断ることもあります。でも退職してからは自分の心が本気で動くものをするようにしているかな。相手に本当にこの世界を変えたいっていう気持ちとか、届けたいものがあるか。そういう「本物、本当、本気」を見ています。虚構もけっこう多いから。
僕は父親に言われた「自分の心にだけは嘘をつけない」っていう言葉をすごく大事にしてるんです。口では何とでも言えても、自分だけは本当の気持ちを知ってるじゃないですか。だから、自分の心にだけは嘘つかず本当に良いと思ったものしかやらない。
澤田:心が冷めているのに嘘をつくことを積み重ねていくと、本当に心が動いた時も気づかなくなってしまう。その瞬間を見逃すのは、生きる上でめちゃくちゃ損失だよね。
—澤田さんは幸せに働くために意識していることはありますか。
澤田:僕は人生をスポーツとして捉えるようにしていて。
小国:そうなの?スポーツ苦手なのに?(笑)
澤田:そう(笑)。苦手なのに好きなんですよ。スポーツは先がどうなるかわからないじゃないですか。仕事には最初から結末が決まっている「八百長仕事」があって、それは本当につまらないと思う。今自分がやってる仕事は、全部結果がどうなるかわからない。でもそういうスポーツ的な人生が自分は好きだから、全く結末がわからない仕事だけをやってるし、楽しくて幸せなんですよ。
小国:僕も同じで、先がわからないのが好きだから、NHK時代はドキュメンタリーが好きだったんです。でも先が読めないのがストレスって人もいるよね。
澤田:それって企画をどう捉えるかという話な気がしていて、いい企画は複雑な感情の複合体なんですよ。ゆるスポーツには、スポーツから阻害されてきた悲しみも、怒りも、寂しさもあるし、はたまた基本的には変なスポーツなので、楽しさも、笑いもある。様々な感情がミックスされている。そうすると振れ幅があるからいろんな人と接点が持てるんですよね。その企画に内在する感情が多様で複雑であればあるほどいい企画で、社会の公器になると僕は思っていて。その前提で捉えると、トラブルさえも1つの要素になって複雑性が出て深みにつながると思う。
小国:さっき結論ありきはつまらないって話をしてたけど、澤田さんの企画はある種の「問い」なんじゃないかな。例えば、ゆるスポーツなら澤田さんが「スポーツってゆるくてもいいじゃない?」っていう問いを世の中に投げた途端、「確かにそうかも」ってみんなが考え始める。だから問いを作ると豊かだなと思うんだよね。僕も企画をする時は、ゴールを言わない方が企画が広がるなと思う。
—辛いことや失敗に対する予防線って張られているんですか?
澤田:してないですよ。でも企画の何がいいかというと、嫌だった経験も企画にできるんですよね。僕、10年前に幻の本を書いてるんですけど、実は以前自分の下についていた後輩の話なんです。その子がとんでもない子でテレビのリモコンの使い方がわからなかったり、急に上司に告白したりと、一時期すごいストレスを感じていたんですよ。でもある時「これを企画にしよう」と思って彼の行動を1年間メモして出版社に持って行って本にしたんです。だから苦しい経験だったんですけど、それすらも企画にできるというのが企画の面白さだと思います。
執筆:藤井美帆(Qurumu)、構成:田代くるみ(Qurumu)
(左)澤田智洋(さわだ・ともひろ)
コピーライター。1981年生まれ。言葉とスポーツと福祉が専門。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳で帰国。2004年、広告会社入社。アミューズメントメディア総合学院、映画『ダークナイト・ライジング』、高知県などのコピーを手掛ける。2015年に誰もが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで100以上の新しいスポーツを開発し、20万人以上が体験。また、一般社団法人障害攻略課理事として、ひとりを起点に服を開発する「041 FASHION」、ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスを推進。著書に 『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房) 、『マイノリティデザイン』(ライツ社)、『コピーライター式ホメ出しの技術』(宣伝会議)がある。
(中)小国士朗(おぐに・しろう)
株式会社小国士朗事務所 代表取締役/プロデューサー。2003年NHK入局。『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を中心に制作。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の他、個人的なプロジェクトとして、世界150カ国に配信された、認知症の人がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」なども手がける。2018年6月NHKを退局、現職。携わるプロジェクトは「deleteC」「丸の内15丁目プロジェクト」をはじめ他多数。2022年3月に新刊『笑える革命』を上梓。
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