動物映画の撮影は、ある種の「修行」
権八:皆さん、犬好きなんですよね。演者の方々も。
犬童:そうですね。田中圭さんが子どもの頃から飼っていたということで。田中さんは撮影前、ベックと一緒にいる時間が長く取れなかったんですね。でも、最初に会った日に、一カ月一緒にいたぐらいのテンションで。田中さん自身、犬を飼っていたおかげで完全に犬に心を開いている人でしたね。そこにすごく助けられましたね。長澤樹さんは、訓練に通ってもらわないといけないという演技上の問題があったので、ずっとベックのもとに通ってもらって。
権八:先ほど、犬童さんがおっしゃったように、現場が殺伐としていると、ベックも影響を受けちゃうと思うんですけど。でも、現場ではみんなが朗らかに待っていた、みたいなことが書かれていましたね。
犬童:そうですね。動物がNGを出した時に、雰囲気が悪くならないような人たちが集まってつくるのも、ある種のコツですよね。ただ、そこは一種の修行の場というか……。動物にどんなにうまくいかないことがあっても、それが普通だと思えるように自分を持っていく。それをどれだけできるかで現場が違ってくると思うんですよね。ベックみたいに優秀な犬だと、計算してコンテを描けば、ある程度のことはちゃんとこなしていけますし。あとは、犬の持っている性格や雰囲気が画面に映り込んでいきますよね。ただ、猫の場合は「そこにいて」と言っても聞かないので、その前提ですべてが始まります。そういう意味では、物語を語っていく場合、本当は犬の方がフィットするんですよね。
一同:うんうん。
犬童:ふつうは動物が演技した後に、餌をあげたりするじゃないですか?でも、宮さんはそういうことをあまりしないんですよね。終わったら「やったな!」っていう顔をして終わり、というか(笑)。
宮:僕らの場合、それが当たり前だと思っているんですよ。なぜかと言えば、僕らが訓練士として修業していた時代、犬に餌をあげてトレーニングをするというのは恥だったんですね。
一同:へえ~!!
宮:あくまでも、自分の腕で教えるんだと。多分、その辺が僕の中に残っているんじゃないですかね。もう教えたことだから、できて当たり前だと。ヨシヨシって褒めてやれば、それで十分だと。そういう考え方が、今でもあると思います。だから僕は、トレーナーが何かをやるたびに餌をあげる、というのが好きじゃないんですよ。
犬童:撮っていても、その「餌をあげない」というのがすごく良いんですよね。「お前は、餌をもらうためにやっているのか?」みたいな感じに全然ならないから(笑)。はたから見たら、もっと違う関係性でやっているように見えるじゃないですか。やるたびに餌をやっていると、それはそれで、なんだか殺伐としたものがあるというか……。
一同:はははは!
きちんとし過ぎない方が、逆にいい
犬童:犬って、訓練するとさらにできるようになるじゃないですか?宮さんが言っていたことで「そうだよな」と思ったのは、逆にきちんとし過ぎない方がいいんだ、ということですね。こう指示したらこう動く、というのがいき過ぎると、システマティックな動きに見えてしまうんです。逆に、合図は送ったけど、ちょっとずれてなんとなく立っちゃった、みたいな方がシーンのニュアンスを生みやすい。それが積み重なっていくと、犬のキャラクターがいきいきと伝わるんですよ。実際に撮っていても、予定はそうじゃないのに、こうなっちゃった、っていうのがすごく良かったりするんですね。でも、きちんと指示に従う犬もいるんですよね?
宮:それは例えば警察犬とか、競技会に出る場合ですね。そこでは、いかにはやく、いかにきちんと敏感に動くかが採点対象になるわけです。でも、こういう仕事でそれをしちゃうと、見ていてせわしなくなっちゃうんですよね。
犬童:そうなんですよね……。
中村:じゃあ、警察犬を訓練していた時とは、ちょっと違う育て方をされている、ということですね?
宮:ええ。それは画を見ることで「こういうふうに動かさなくちゃいけないな」って思いましたよね。最初の頃は、犬が現場で指示通り「ピッ」と動いた方が気持ちよかったんですよね。でも、出来上がったものを見ると、やっぱり画的にあまり良くないんですよ。いかに指示を出しているか、全部画に出ちゃうんですよ。
一同:う〜ん!!
宮:だから、なるべく見ている人には訓練士の目線が気付かれないようにしていますね。犬が自然にやっているように見せることは、この仕事ではすごく大事だと思っています。
犬童:言ったとおりにしない方が、結果がいいという(笑)。
宮:その加減ですよね。だから、同じ言葉でも声のかけ方を全部変えているんですよ。「座れ!」と言うこともあれば、「す~わ~れ」みたいに、全部変えていく。命令を出す時でも、犬は口調によって感じ方がかなり違ってくるんですよね。
澤本:うーん、面白いですね!でも、さっきのずれみたいな話で言えばさ。これから先は、CGの精度がどんどん上がっていくから。つくろうと思えば演技をするリアルな犬はCGでつくれるんだよね。でも、それは言うことしか聞かないわけで。ちょっと行き過ぎてから戻ったり、なんて、僕らでも計算できないですからね。
中村:CGだと、そういう余白の部分は生まれないかもしれないですね。
澤本:これは、宮さんにご質問なんですけど。例えばこの映画を見て、「私は将来、トレーナーになりたい!」って思う人が出てきたら、どうするんですか?
宮:生き物を相手に仕事をするというのは、簡単にいえば365日、休みがないですよね。ただ、そういう生活に入っていかないと、やっぱりこういう仕事はできないですから。「ただ好き」というだけでは、絶対に続かないと思います。僕は、他に能がなかったからこの世界に残っていたんですけど、やっぱり「我慢してよかったな」というのは確かにあります。でも、これから「なりたい!」って言う子がいたら、「大変だからやめなさい」って言いたいですね(笑)。
犬童:でも、やっぱり、いてもらわないと困るんですよ……(笑)。
一同:ははははは!
「次回は“犬の映画の決定版”を撮ります」
中村:映画『ハウ』が出来上がったばかりではありますけど。犬童監督は、今後チャレンジしてみたいことや撮ってみたい分野があったりしますか?
犬童:今回、ベックと一緒に撮影してみて、動物作品、特に犬の出る映画はもう一度撮りたいな、と思いました。
一同:ほぉ~!!
犬童:「犬は、演技をするのか否か?」という議論がありまして。演技じゃなくて、場面ごとのモンタージュ効果でそう見えているんじゃないか、という意見ですね。だけど、僕ははっきりと演技していると思う。なぜなら、演者がみんなでその場面をつくろうとしている時にベックみたいな犬がいると、そのシーンにちゃんと情緒が生まれるんですよ。つまり、ベックはちゃんと情緒を伴ってリアクションしているんです。長澤さんとのシーンだったら、彼女の本気の目つきにちゃんとリアクションしているんだな、ということがよくわかった。以前『いぬのえいが』を撮った時は、確かにモンタージュ的に動物が演技しているように見せている感覚が強かったんですけどね。ただ、ちゃんとやればやるほど、犬も映画の場面ごとに気持ちがハマっていく。それがちゃんと肉体に出てくるし、目つきにも出てくるのがわかったような気がして。だから、もう一回、そういう確信を持って犬の映画を撮りたいですね。今回は、やり続けていく中で「本当に演技しているんだな」と気づかされた場面が多かったので。『グーグーだって猫である』の時も、映画を撮り終わってから逆にドラマをやりたくなって。だから、ドラマの方は僕の企画なんですよ。
澤本:そうだったんですね!
犬童:映画版は角川歴彦さんの企画なんです。でも、撮り終わった時に「なんか猫って本当に可能性があるぞ」って思ったんですよね。だから、動物の立ち位置というか、物語の中でどういう存在としてその動物を置くのか?ということをハッキリさせることが必要だな、と。『ハウ』だったら“聖犬”にしましょう、と言いましたよね?
澤本:はい。
犬童:で、『グーグーだって猫である』の場合は、映画化の時はハッキリと言語化はできていなかったんですけど、終わった時に「猫はやっぱり、自然とかスピリチュアルな世界の境界線上の動物として置くと、うまくいくんだな」と思ったんですよ。ただ、それは撮り終わった時に思ったことなんですよね。だから、それをはっきりさせて撮ろうとしたのがドラマ版なんですよ。
澤本:なるほど!
犬童:だから、この『ハウ』を撮ったことで、次の段階の犬の映画が撮れそうな気がしましたね。「決定的な犬の映画を撮るぞ!」みたいな。もちろん、宮さんに手伝ってもらって。
一同:あはははは!
澤本:また、大変な作品になりそうですね……(笑)。そういえば、宮本信子さんとのシーンでも、非常に情緒的な雰囲気の中、ベックがお芝居をしている感じがありましたよね。
犬童:それは、ストーリー上の雰囲気にちゃんとマッチしているからですね。宮本さんのリアクションにもだんだんマッチしていくというか。だから動物の演技というのは、モンタージュだけではないと思うんですよね。
中村:ぜひ見てみたいですね。もう一歩踏み込んだ……。
権八:決定的な犬の映画を、ですね。
中村:というわけで、そろそろお別れのお時間が近づいております。改めまして、8月19日から公開になりました映画『ハウ』。犬童監督からも、リスナーに向けて一言よろしいでしょうか。
犬童:ハウという犬が持っている、「人を癒やしていく力」みたいなものを、映画を見ることで感じていただけたらな、と思います……。というふうに、宣伝部の人が言えっていうんですけど(笑)。
一同:あはははは!
犬童:でも、“癒やす”ということだけじゃなくて、物語としてもすごく波乱万丈で面白いものになっていますので。ぜひ、エンターテインメントとしてのストーリーも楽しんでいただけたらと思います。
中村:ありがとうございます。よろしかったら、ドッグトレーナーの宮忠臣さんからも一言ください。
宮:今回は、ハウがすごく頑張っていると思います。きっと、犬好きの人たちにはたまらないぐらい頑張っているハウの姿を、ぜひ劇場で見てください。
中村:ありがとうございました。というわけで、今夜のゲストは、映画『ハウ』の監督の犬童一心さん、ドッグトレーナーの宮忠臣さんでした。ありがとうございました~!
犬童:ありがとうございました。
宮:ありがとうございました。
一同:(拍手)
〈END〉