花王
DX戦略推進センター
DXデザイン部
戦略企画室
廣澤 祐氏
2015年に花王に入社し、デジタルマーケティングを経験したのち化粧品ブランドのマーケティングに従事。2021年1月より現職。2021年4月より一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程に在籍。
サイカ
代表取締役CEO
平尾 喜昭氏
2012年慶應義塾大学総合政策学部卒業。自身の体験から「世の中にあるどうしようもない悲しみを無くしたい」と強く思うようになる。大学在学中に統計分析と出会い、卒業直前の2012年2月、サイカを創業し代表取締役CEOに就任。
個人に最適化しても全体最適は実現しない?
―廣澤さんは2021年1月から花王のDX戦略推進センターでコンシューマープロダクツ事業部門横断のDX推進役を担われています。
廣澤:当社には以前、デジタルマーケティングセンター(DMC)というデジタル関連の機能を集約させた組織がありました。機能を集約することでデジタル分野の連携は円滑になるのですが、その一方でDMC以外の部門はデジタルが他人事になってしまうという現象が起きました。社員一人ひとりがデジタルへの関心を高めるためにもDMCは解散したのですが、すると今度は知識が様々な部門に分散し個別に活動してしまうため実態が把握しにくいという課題が生まれ、再度、私が所属しているDX戦略推進センターが立ち上がりました。お客さまとの接点、技術、データの領域を全社で統合していこうとする方針です。
以前のセンターと大きく異なるのが、ECとCRMの重要性が増してきている点。実は私は2018年当時のセミナーで「メーカーに1st Partyデータは必要ない」といった趣旨の発言をしたことがありました。当時はメーカーがデータを保有したところで、顧客への価値提案の幅に対して、個人情報を保有することのリスクの方が大きいと考えたからです。しかし、昨今はメーカーにおいてもECとCRMの重要性が増す中で、データも活用してお客さまとのつながり方を設計する必要が生まれています。こうした流れも踏まえて、当社でも2021年にDXという名目で現在の組織設立に至っています。
平尾:1st Partyデータの取得に際しては、世界的なプライバシー保護意識の高まりで3rd Partyデータの利活用が難しくなったことも背景にありますよね。加えて、データ活用に際しても個人を捕捉していくような分析ではなく、推計が重用される流れにあります。米国では人をログで追うMTA(マルチタッチアトリビューション)が盛り上がった時期もありましたが、今は再びMMMに回帰していると感じます。個人に最適化したところで、全体最適が実現できなかったという理由もあると思いますが。
日本においても、この「全体最適」の課題は顕著になってきています。特に広告投資の全体最適に対する課題感が高まっています。顧客との接点があまりにも複雑化し、属性や嗜好性によって、顧客が接するメディアは多様化しているので、広告投資の最適化は、ますます難しくなってきていますよね。
廣澤:顧客接点は増えていますし、さらに接点とコンテンツの組み合わせも一層こまかく設計することが求められています。例えば、同じ化粧品に関するコンテンツであってもYoutTubeからしか情報を得ない人もいればTikTok中心の人もいる。その上で場の特性に合わせた情報提供の工夫が求められるため、キャッチアップが難しくなっています。
―組織内のあらゆる部門の連携が必要になっているとも思います。
廣澤:現代の環境に合わせた顧客起点の全体最適、そこにおける部門間連携がこれから必要だと考えています。ただ歴史を振り返ると、花王という会社には、その連携を実現しうる文化があると考えています。
当社には花王グループカスタマーマーケティングという卸売の機能を担う販売会社があり、販社を通じて小売業の方々と関係性を築いてきました。販社を内製化していることで、小売の現場の情報を営業がヒアリングを通じて収集し、それを商品開発に活かしていくという良い循環を生みだすことができてきたのです。つまり花王はお客さまを知り、良い商品を提供していくために、異なる機能の組織が連携しながら進んでいく、そのための文化も仕組みも歴史的に築いてきた会社です。高度経済成長期はその手段のひとつが販売会社の設立だったわけですが、次のチャレンジは、これまで花王が培ってきた文化を活かしながら、現在の社会の環境に合った新たな連携の形を生み出していくことだと考えています。
平尾:メディア接触も購買行動もオフラインだけでなく、オンラインも加わった時代。これまでにない部門間の連携が求められていますよね。そこで課題になるのが、オフラインチャネルとオンラインチャネルで異なる評価指標が存在しているということです。私は、顧客起点で連携された組織を円滑に動かしていくためには、評価指標を統合する必要性があると考えています。そこから連携に向けた体制づくりも始まるのではないでしょうか。
―マーケターは、例えばデータを用いて、まだ見ぬ未来の顧客に関する仮説を導き出せるものでしょうか。
平尾:この質問はどんなデータを使うかよりも、データから示唆を得て仮説を自ら構築できるマーケターの力にかかっているように思います。私たちのようなデータ分析会社が言うべきことではないかもしれませんが、私たちはデータから導かれる示唆は提供できますが、そこからどんな戦略を立てるかは、マーケターの方ご自身の意思があってできること。データの利活用が進む中で、本質的にマーケティングに必要な仮説設定力の重要性が浮き彫りになってきていると思います。
廣澤:仮説導出のプロセスについては出自や経験によって若干、異なるのではないかと感じます。データサイエンティストであればデータという素材に向き合ってきた経験が豊富なので、データを見比べた時の変化や違和感に気づきやすいかと思います。他方、彼らほど専門性がないマーケター側はデータ自体への感度よりも、データを解釈した先の意味レベルでの変化に対する感度の方が一般的に高いのではないかと思います。問題なのはこの意味レベルの変化への感度すら乏しいマーケターが多いことです。例えば、検索キーワードひとつとっても、マーケターならばキーワードのトレンドや定量的な共起キーワードの結果だけでなく、「このキーワードの検索者はなぜこんなことを調べているのか」と検索の背景や意図に普通は思いを巡らせるはずです。しかし、残念ながらこの普通すら考えない人が増えているように感じます。常に現象の背景や行為者の意図まで思案する人は、常に自分の中に「仮の答え」という仮説を持った状態でデータに接するため、意味の変化に気づきやすいのですが、「仮の答え」を持たずにただデータを眺めるだけの人が多いのではないかと危惧しています。
―外部パートナーは広告主をどうサポートすればよいでしょう。
廣澤:全ての分野に精通している広告主は存在しないと思います。そのために専門家のアドバイスは重要です。時として、専門家に丸投げしてしまう依頼主もいるかもしれません。しかし「ここから先は御社の領域」などと指摘してくれるパートナー企業の方が、ありがたいと思います。
平尾:ご指摘の通りですね。私たちパートナーとしては、広告主の方々が、コストの面や専門性で発揮できない部分をプロとして請け負うのが役割だと思っています。