本業は登山家だった!片山右京さんの「ゾーン」の入り方【前編】

「セナは、特別に違っていた……」

中村:素人にはわからないんですけど、いわゆるマシン性能なんですか、それとも、瞬時の見極め、みたいな?

片山:1994年にいい結果を出した時に、ミハエル・シューマッハのチームから「来季から来ないか?」って契約書とペンを渡されて。あそこで書いていれば、行けたんですよね。でも、断ったのには2つの理由があって。ひとつは「お世話になっている人に確認したい」という至極日本人的な部分。もう一方は、そんなにいい車に乗っかって勝っても、自分の天才の証明はできない、と思って。明らかにエンジンが何十馬力も劣っていたり、ダウンフォースがない車でまぐれでもいいから勝てば、「それこそが本当の世界一だ!」っていうね。そういう青さがありましたよね。

一同:(笑)。

片山:で、僕の代わりに入ったジョニー・ハーバートは2回優勝していますし、表彰台にも何回も登っているから。世の中っていうのは結果が全てだし、お金をもらうプロである以上、お前は甘いよ、と言われましたよね。でも、自分の価値観では本物と本物じゃない人をそういうところで見ていたので。今、後悔してます……。

一同:(爆笑)。

中村:後悔してるんですね?!(笑)カッコいいなぁって思いながら聞いてましたよ、さっきまで(笑)。

片山:そう、めっちゃかっこ悪い……(笑)。

澤本:今の話でいうと、シューマッハもプロストもセナも、近くで見ていらっしゃるじゃないですか?やっぱり何かが違うんですか?

片山:セナは、特別に違っていましたね……。「100%晴れ」と言われていても、雨を降らせますし(笑)。初めての世界チャンピオンも、初めての母国優勝でも、奇跡ばかり起こすんですよ。やっぱり、そういう天才は早く呼ばれちゃうよな、っていう感じがしますね。

それに比べると僕なんて、もうホントに平凡な人間がただ根性とかコンプレックスとかでやっているという感じで。貧乏だったし、卑屈だったから、ただ「見返してやるんだ!」ばっかりで。いつか金持ちになるんだ、とか、有名になりたいとか、女の子にモテたいとか。その「三種の神器」だけでやってましたね(笑)。

権八:あはははは!

澤本:でも、それは正しいよね(笑)。

中村:うん、正しい。男としてはカッコいいな〜、と思っちゃいますけどね。

「ゾーン」では色が消え、動きが止まる

澤本:色んな方に話をされているとは思いますけど。F1をやっていた人間にしか見られない景色について、二人に話してあげてもらえますか?

片山:これは「ゾーン」の話なんですけど。いわゆる、「動いているものがゆっくり見える」とか。

権八:おおー!

片山:よく言うんですけど、本当は誰にでもそういう集中力ってあるんですよ。F1レースの場合は、一番スピードが出ないモナコでさえ、トンネルを出る時は時速304キロ〜305キロで出てくるんですね。で、それから約70メートルで一旦止まっちゃうんですよ。そこからすぐに加速して、プルコーナーまで時速280キロぐらいの全開で行くんですけど。

でも、そういう時でも「もう5ミリ寄れるな」と考えていたり、景色がスローモーションで見える時があって。ぼくは、レース中になぜゾーンに入れるのか?というテーマを武道を追求するような感覚で追いかけていたんですね。まあ、結局のところ、答えは出なかったんですけど。

でも、さっき言ったみたいに自転車で転ぶ瞬間、道路の石ころがハッキリ見えたとか、極限まで集中するとそういうことが起きるじゃないですか。それって、実はコンピュータと一緒で、脳の処理能力と関係があると思うんです。集中力が極限に達した時、脳は余計な機能を停止する、というか。その結果、視界から色を消してしまうんですね。

権八:うーん!!

片山:それが、もっともっと集中してくると「スローモーション」が始まるんですよ。だけど、それは訓練ではできないことで……。

澤本:いやいやいや……。まず、色が白黒になるって凄いよね。

権八:うんうん。

澤本:本当に、見ている景色から色がなくなるんですか?

片山:そうですね。例えばですけど、ル・マン24時間の「ユノディエール」というストレートは、昔は6kmあったんですね。そこを全開で登って、下るところまで頑張ると、時速400キロ近いスピードで56秒間ぐらい走ることになるんですね。高速道路を走った後にパッとふつうの道を走ると、時速50キロぐらいで走ってもゆっくりに感じられますよね?

それと同じで、時速400キロ近いスピードで走ってから車を降りると、人の動きが全員止まって見えるんですよ。ハエなんか、空中で止まっていて。それが大体10秒ぐらいしたら、元のスピードに戻ってくる。

中村:へえ~!凄い!!

片山:それくらい、物を見るために動体視力が追っかけているんですね。かといって、映画みたいにパッと移動して、誰かの椅子を引いて、みたいなことは出来ないですけどね。

一同:あはははは!

モナコの引退レースで流した、涙の理由

権八:でも、時速400キロって……。

片山:モナコのあの狭い市街地を走っていると、最後のアタックをしている時なんて、時速500キロぐらいに感じますよ。なにしろ狭いので。

権八:ああ~!

中村:レース中は速度計も結構見ているんですか?

片山:速度計はついてないんですけどね。メーター類にはいろんなものがあって。ぼくがF1に行った頃は、エッジパターンでギアチェンジするのに何千回も手を変えるから、グローブも穴だらけで。レース後は手が血だらけだったんですけどね。それが、最後の頃になると「パドルシフト」といって、ハンドルから手を離さなくてよくなりました。アクセル感度とかエンジンの燃調とか、スピードリミッターとか、すべてがハンドルにつくようになったので、本当に楽でしたね。

澤本:どこが運転しやすいとかはあったんですか?このコースいいなぁ、って。

片山:モナコはストレスが溜まりますよね。ミスすると一瞬でぶつかってしまうし。でも、「モナコで表彰台に上がりたい!」って、みんなが夢を見るじゃないですか。

中村:う〜ん!

片山:でも、いつも「あと、もうちょっと」という時に頑張りすぎて、結果として一度も完走したことがなかったんですよ。でも、引退を決めた最後のレースで「今日は守ってゴールまで行こう」と思っていたら、土砂降りで……。ゲリラ豪雨で前も見えないような状況の中、必死で耐えて。3速でも4速でもホイルスピンする状態で、カジノ前まで坂を上がって行く時にはもうまっすぐに走れなくて……。それでも我慢してゴールをくぐった時、船が一斉に汽笛を鳴らしたんですね。その時には、さすがに泣けましたね。初めてちゃんと守るレースもできて、F1を去れるんだな、と。

澤本:凄いな……。なんといっても、その経験がさ。日本人で何人もできない経験だよね。

権八:そうですよね。

片山:プレステでならできますよ。

一同:あはははは!

出勤前に、富士山に登っていた?!

澤本:F1の話を聞くだけでも、2時間あっても足りないぐらいだよね。

中村:そうそう、でも、登山家なんだ!と。

片山:まあ、ちょっと表現が間違っていますけど。

中村:はい……(笑)。

片山:やっぱり、「三つ子の魂百まで」って言いますけど、山登りをやっていたおやじの影響はありましたよね。うちのおやじは戦争帰りで、人を殺めてしまったことから、その後人助けをしようと医者になったんですね。でも、深酒をしたりすると記憶が蘇るみたいで、酔いつぶれちゃうんですよ。それで、下界の生活ができなくて山小屋で小屋番をするようになったんですね。

そうすると、僕も荷運びに駆り出されるんですね。「歩荷(ボッカ)」と呼ばれる山小屋に布団を運んだり、食料を運んだりする仕事があって。大人のボッカたちは、100kgを超える荷物とか、プロパンガスを3本も運んだりする。僕が見よう見まねで軽いものを運んでいると、彼らが「おう、坊主がんばってるな!」って言いながらバシッ!としてくれるんですね。そう言われると、子どもながらに強くなれたような感覚があって。それで、将来は周りのおっちゃんとか先輩みたいに世界の高峰に行きたいな、と。頭で考えれば、「危険だから」というのはあるけど、たった一度の人生を完全燃焼するには、本物のチャレンジをしてみたいと思ったんですね。

澤本:片山さんは、お仕事に行く前、ご自宅から富士山まで早朝に自転車で行かれて。富士山に登頂してから出社していたんだ、と。

権八:え?!どういうことですか?(笑)

片山:とにかく、体力が必要なので、そういうバカみたいなトレーニングをしていて……。富士山までは自転車で行って。そこから富士山を駆け足で登って。それから、頂上でパッて食事をして、走って降りてきて。で、自転車で帰ってきて「今日は健康診断だから、会社に行かなきゃ」と思って行ったら、「いやー、美味しいもの食べてますね。血液の数値があまり良くないからもっと運動してください」と言われて。さすがにこれ以上はムリです……と(笑)。

一同:あはははは!

〈END〉後編につづく


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すぐおわアドタイ出張所
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